Case.56 つい口にした場合


 二日目


 昨日の豪雨とは打って変わり、快晴。

 六月中旬の湿気と日差しに加え、文化祭の熱で学校中が暑い。


 初月が店番のため、火炎寺の午前は、模擬店もない誰もいない校舎四階の教室で一人、休憩をしていた。

 というより惰眠を貪りサボっていた。

 ただ、クラスメイトとは誰一人として打ち解けていないため火炎寺に役割を入れないようにと、お互い空気を読んでいた。


 彼女が在籍する二年三組の出し物は演劇『ロミオとジュリエット』

 午後の本番に向けてどこかの空き教室で最終調整が行われているが、火炎寺は場所すら知らない。興味もない。

 机に突っ伏しながらスマホを適当にイジっては寝ての繰り返し。

 初月たちとは13時に待ち合わせている。それまでは暇だ。


「……大丈夫かよ」


 ただ、昨日一昨日の一件で、日向との連絡は疎遠になっていた。

 グループでの発言量は明らかに減っているし、何より文面がうるさくない。今日はまだ何の連絡もない。


 実質初めての文化祭。今日のために張り切り過ぎて金券を多く買ってしまった。全部の模擬店を回っても余ってしまうかもしれない。

 小腹も空いたし金券を少し使っておこうかと思い、廊下に出たら、隣の教室に人がいることに今気付いた。


「んんっ!?」


 雪浦一真だ。彼は文化祭という特別な時間であるにもかかわらず、一人で勉強をしていた。

 その弛まぬ努力への尊敬とふいに訪れた二人きりの状況に心が締め付けられる思いになる。

 もう自分は失恋していると決めた。

 だからこれ以上関わる必要はない。

 その場を離れようとしたが、教室の前方扉から見ていたので視界に入ってしまい、今回は雪浦に気付かれてしまった。


「何」

「あ、あぁ、いや。バイトはどうしたんだよ」

「今朝、臨時休業になったって連絡があった。個人経営のカフェだからたまにある」


(カフェ店員……!? ぜ、絶対似合ってるな! 散歩がてら今度探そっ……!)


「どうした?」

「あ、いやこっちの勝手な妄想だ。で、せっかく文化祭に来れたのに一人勉強かよ。シフトは?」

「昨日、裏方で終わっている。元々当日の仕事はない」

「あ、そうだよな、バイトしようとしたもんな。……じゃあ、勉強だけしに来たのかよ」

「三葉と四郎が来たいってうるさかったから、仕方なく登校した。勉強は家族が来るまでの暇潰しだ」


 どんな時も家族が最優先。

 やはり雪浦にとって一番大切な人たちは家族──火炎寺もまた、彼と同じく幼い頃に片親になった身だ。

 だから大切な家族の時間を邪魔しちゃいけないことは頭では分かっていた。



「暇つぶしか。アタシと一緒だな……じゃ、」


 ここは去るべきはずだった。

 けれども──


「じゃあさ。家族が来るまでアタシと回らないか?」


 火炎寺は残り、再びデートのお誘いをした。


「……何故?」

「えっ!? ほ、ほら、先に模擬店何があるか色々知っておいたら、家族を案内しやすいだろ……!」

「別に文化祭ごときにいらなくないか?」

「そ、そうだけどよ……いや、忘れてくれ。邪魔して悪かったな」

「──最近、どうして俺に構うようになった」


 失恋更生委員会に加入してからはほぼ毎日、何かしらの接触を図ってくる火炎寺のことが純粋に気になっていた雪浦。


「それは、だな……」


 どう答えようか彼女は考える。

 友達になりたいから。

 一位に勉強を教えてもらいたいから。

 一人でいる者同士、気が合いそうだから。

 そんな嘘ばかりが思い付く。



 ──けど、それを言ったところで何の意味があるんだ。



「そんなの、お前が好きだからに決まってるだろ」

「………………」

「はぁ!? アタシ何言ってんだ!?」

「好きだと言った」

「はぁ!? 分かってんだよそんなことは!? そのシャーペンでダーツして心臓ハートブルにするぞ!」

「怖いな」


 言ってしまった。つい、告白をしてしまった。

 もう、失恋したつもりでいたのに。何を淡い希望を抱いているのか。



 ──けど、いまさら想いは止められない。



「いや、もう言うよ。アタシは雪浦が好きだ。ずっと、前から、本当は好きで好きで大好きで……悔しかった。テストでは勝てないし、アタシになんて目もくれないし。雪浦にとっての一番は家族だから……アタシはまた一番になれなかった」


 ずっと認めなかった自分の感情。


「あ、アタシは、雪浦の一番になりたい……お前の心を射止めたいんだ……!!」


 火炎寺は雪浦の胸へと指差す。

 どんなことにも一番になりたい。それは恋も同じ。


「……そうか」


 さすがに雪浦も勉強していた手を止めていた。

 だが、彼の返事は簡素なものだった。


「しかし俺は──」

「だからさ!」


 続けて言おうとしていた言葉を勢いで遮られたので、さすがに雪浦も驚いた。


「アタシの、デートの練習として、一緒に文化祭を回らないか……!?」


 これ以上の言葉は分かっているし、聞きたくない。

 火炎寺はこの勢いのまま再三デートに誘う。


「さっきは家族が来た時用の練習って──」

「それは嘘! アタシが恥ずかしくてついた嘘だ! 本音は好きな人と一緒に文化祭を回りたい。それは友達とか家族とか、雪浦、とか。だから告白の答えはその後にしてくれ!」

「…………分かった」

「だ、だよな〜。すまん、全部忘れて、えっ?」

「昼までなら。俺は空いている。今日はバイトが休みになったから」

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