5章 【文化祭】
Case.55 文化祭が始まった場合
一日目
友出居高校の文化祭は二日間行われる。初日は在校生のみ。二日目である土曜日に外部から人を招き入れる。
この日の俺はずっとお化け屋敷の受付と誘導係だ。
絶えず客は訪れるが、在校生のみなので混み具合も知れてる。
教室内ではお化け役になった奴らが驚かし、客(主に女子)をキャーキャー言わせている。
「いやー、反応は上々だな! これは俺たちが最優秀賞取ったようなもんだろ!」
「あー、そだな。いらっしゃいませー!」
だが、俺に対してのクラスの反応は薄い。
今日は朝からこんな調子で、溝を感じる。昨日の騒動が尾を引いているのか……。
いや、大丈夫だ。今度こそ上手くやれるはず。
「──七海くん」
「お、初月さん。と、火炎寺か」
キリ良く、いや悪く列の最前に来た二人。
金券と交換して手に入れる入場券を握りしめているので、お化け屋敷を体験しに来たのだろう。
「今は失恋更生中か。てことは、初月さん責任重大だな」
「ぅ、ぅん……。その、ひなたちゃんと喧嘩したって本当ですか?」
火炎寺から聞いたであろう初月は、不安そうにこちらを見ている。
「あー、全然全然。そんな大したことじゃないよ。いつもの気まぐれだから」
「でも、ひなたちゃん、ぃつもの感じじゃなかったです。ゎたしたちさっき一組の焼きそば屋に行ったんですけど、元気なくて……」
「道草でも食って、腹でも痛いんじゃねーか?」
「おい、てめぇ──」
「はい、じゃあ次の十人お入りくださーい」
火炎寺が何かを言う前に、俺は二人を教室の中に入れた。半ば強引に。
「──後でちゃんと話し合った方がいいと思います」
初月は遺言のように言葉を残していった。
声が小さくて周りもうるさいのに、やけにハッキリ聞き取れた。
……話し合うって何を。
俺はあいつが焼きそば屋で、一組であることすらも知らなかったんだが。自分のことを話さない奴と何を話せる。
俺が聞かなかったからか? 聞けば話してくれたのか?
あいつがやったことは散々許してきた。仕方なしに付き合ってきた。
けれど、今回は違う。俺がせっかく築き上げてきたものを壊そうとした。
今さらどう謝っても許す気はない。
◇ ◇ ◇
「何だよあいつ、ムカつくなぁ……」
憤る火炎寺に対し、初月は俯くことしかできなかった。
自分の失恋更生の時からずっと二人と共に行動してきて、言い合うことはあれど、あそこまで仲違いするのは初めてだった。
「わたしたちに何かできることってぁりますかね……」
「あの男が聞く耳ねぇからなー。さっき委員長のとこ行った時も忙しそうで話できそうになかったし」
「ひなたちゃん、笑顔で接客してたけど……笑ってただけだったな……」
もっと項垂れてしまった初月。
「きゃっ!?」
そんな彼女を奮い立たせるように、火炎寺は背中を叩く。
まだ演出が始まっていないというのに、初月の悲鳴で周囲の生徒は何人かビビって振り返ってしまう。
「なーにしょげてんだよユウキ。アタシたちも失恋更生委員会。落ち込んだ時は励ますもんなんだろ。恋愛じゃねーけど、男女のいざこざも同じようなもんだ。ゆっくり考えよーぜ、何ができるか」
「そぅですね、わたしたちまで落ち込んだらダメですよね……! ありがとぅあゆみちゃん」
「おうよ!」
「それに、まずはあゆみちゃんの失恋更生、わたしが頑張らなくちゃ……!」
「頼りにしてるぜ……! ……すーっ、ところでなんだけどさ──」
火炎寺が何か言おうとしたところで、黒板前に吊るされたスクリーンにプロジェクターで映像が映し出される。
学校の七不思議と題して作られた、かなり凝った手作りの恐怖映像に、女子生徒の悲鳴があがる。
「ふぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」
一番声量が大きいのは火炎寺歩美である。
初月もビビりはするが、自分よりも怖がる人がいると冷静になるタイプ。
「ぁ、ぁの、ぁゆみちゃん。歩けます……? もぅ、次の教室に行く番で……」
「むりむりむりむり! オバケは一番苦手なんだよっ!!」
◇ ◇ ◇
よく悲鳴が聴こえるな。
初月さんは結構ビビってそうだなー。でも、声量的に教室の外まで届かないか。
今も受付でお客と会話し続けているが、そんなことが気になるくらいに辺りは静かなような気がした。
──雲行きが怪しくなってきた。雨が降りそうだ。
目の前の窓に映る空を見て、そんなことを思っていたら予感は的中。
突如、雷鳴が轟き、大粒の雨が降ってきた。
ゲリラ豪雨だ。当たりすぎだ。
外にいた生徒はみんな校舎に避難。一時、文化祭が中止となった。
やがて、ずぶ濡れになった生徒たちが次々と上ってくる中に混じって、日向もいることに俺は気付いた。
七組と六組の教室を使っているお化け屋敷の受付は階段側にあるために向こうもすぐに俺の存在に気付く。
文化祭用のクラスTシャツを着た日向は髪から足まで全身濡れていた。店の物を撤退するのに長時間雨中に晒されていたのだろう。
立ち止まった彼女の足下にはもう水溜りができていた。
「………………」
俺が声もかけずに目を逸らせば、日向は何も言わず消えていった。向こうにも話す気がないらしい。
結局、豪雨がおさまることはなく、大雨警報が出されたために文化祭一日目は中止となった。
学校中から文句が上がる中、俺は文化祭をあんなに楽しみにしていたはずなのに、早く帰れることが少し嬉しく思った。
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