Case.54 すれ違った場合


 文化祭前日。

 準備には最後まで追われ続けていた。

 俺は文化祭実行委員として、指示出し、作業管理に雑用、もちろん自分も作業をしての大忙し。

 お化け屋敷の壁や装飾を教室に飾り付けただけでなく、部活組に頼んでいた仕事ができていなかったので、その作業も補った。

 正直かなりヘトヘトだ。ここまで活動するとは思ってなかった。


 けれど、こうやってクラスのために働いたおかげでみんなと話せるようになった。なんなら前よりも仲良くなった。

 名誉挽回したい、みんなのために活躍したい、もっと仲良くなりたい。

 俺が動く理由にはこれで十分だ。


「あれ、暗幕足りなくない? どうする? これじゃ光漏れるけど」

「なら俺が生徒会に行って、暗幕まだ借りれるか確認してくるよ」

「お、七海あざーす」

「俺に任せとけって」


 確か備品を管理してるのは生徒会のあの人だったよな。生徒会室にいるはずだから急ごう。時間が惜しい。



   **



 けれども、思ったより時間がかかってしまった。

 備品担当の生徒会役員が別クラスで起こったトラブルに駆り出されており、いなかったのだ。

 偶然にも氷水が戻ってきたが、さすがの完璧彼女でも勝手な判断で渡してはいけないとして、結局その人から連絡が来るのを待っていた。

 クラスのみんなが待ってると思い、暗幕を受け取ったらすぐに走って戻った。


 ──教室が少し騒がしい。

 多くの生徒が廊下から中の様子を伺っている。

 群衆を掻き分けて入ると、ある女子生徒が憤り叫んでいたのだ。

 その様子を見て、俺は絶望に近い感情を抱いた。


「──日向、お前何してんだよ」

「……あ、七海くん」


 日向は俺に気付くと、さっきまでの怒号は急に弱々しくなった。


「…………騒いでるのはお前か?」

「あ、そ、そうだけど、そうじゃなくて! ねぇ聞いてよ七海くん!」

「……なんだよお前。せっかくここまで戻れたのに、俺のことそんなに邪魔したいのか」

「ち、ちがうよ! だって、みんなおかしいもん!!」

「おかしいのはお前だろ!!」

「……っ」


 静かになった。騒がしかった日向が黙ったから。

 こいつは、俺がクラスで上手くいこうとしていたのを騒ぎ散らすことで邪魔しようとしたのか。

 ……どこまで人を振り回すつもりだ。


「こいつ俺を突き飛ばしやがって……! こっち来いよ!!」


 一人の男子が日向に掴み掛かろうした。止めるべきだろうが、俺の足は動けなかった。

 だが、その手は飛び入りしてきた女子生徒の手によっていとも簡単に止められる。


「うぐっ!? 火炎寺……!?」

「男が女の子に手を出すな。なんだ、相手だったらアタシがしてやろう。左右の手でも入れ替えてやろうか?」

「チッ、ぅるせぇな、お、おい、行くぞ……」


 火炎寺を振り払った男子生徒と、半笑いを浮かべた仲良い数人が、教室を出て行った。

 それを皮切りに廊下にいた生徒も自然と解散していく。


「………………」


 そして、日向も何も言わずに走って逃げて行った。

 俺が、俺が今するべきなのは──


「……さ、作業しようぜ、みんな。あいつらどっか行ってサボりやがってー。ま、残った俺らで続きしよう。暗幕借りてきたから──」

「追わねーのか?」


 火炎寺が問いかけてくる。


「……別にいいだろ。あいつはどうせケロッとした顔で戻るから」

「それ、本気で言ってんのか? 今、追いかけないと後悔するんじゃ──」

「俺にとったら、文化祭を成功することが一番優先事項なんだ。ここを離れた方が後悔する。それよりも火炎寺はこれから失恋更生するんだろ。自分のこと考えたらどうだ」

「……そうか。同じ委員会の仲間だと思ったが、お前は違うんだな」


 火炎寺はこれ以上何も言うことなく、立ち去った。

 俺はやらされていただけだ。どこにも行けないからいただけなんだよ。

 今は戻る場所ができた。俺がそこにいる必要はもうない。


 それにあいつは大丈夫だ。

 日向は明るくて元気な奴だ。ずっとドヤ顔で笑ってて、すぐ元通りになる。

 けれど、そういや、静かになったところは初めて見た。


「……そうか、あいつはあんな顔もするんだな」


 日向とはそれ以降会うことも、連絡を取ることもなく、お互いギスギスしたまま文化祭本番を迎えることになった。

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