Case.53 友達を誘う場合
「……すみません。なんか恥ずかしぃですね」
「そ、そうだな」
初月の涙が枯れるまでは結構な時間がかかった。
夜遅くに屋外で、女の子二人が抱き合って泣いていたことを考えると気恥ずかしくて、今ではベンチの端にそれぞれ座っている。
火炎寺が気分転換にと新しい話題を振る。
「そ、そうだ、もうすぐ文化祭だよな。師匠は誰かと回ったりするのか?」
「ぃぇ、わたしはまだ……」
「あ、ああーそうなんだ。へー、あ、アタシも、いなくてさ。まぁ、今年だけじゃないんだけど。だからいつも文化祭は休んでた。一人で騒がしいとこにいるのは寂しいからな」
彼女の周りには誰もいなかった。
怖がられているのは分かっていたから敢えて近付くことはなく、改めて友達を作ることもしなかった。
「だから、そのさ、文化祭、一緒に回らないか!? 本当はあいつとしたかったけど、まぁフラれちゃったからさ! これがアタシの失恋更生ってことで、ど、どうかな……?」
「も、もちろんです……! こちらこそ、ぉ願ぃします……!」
「だよなー……え!?」
「ふぇっ!?」
「ほ、本当か!? よ、よかった〜。またフラれたらどうしようかと思ってたよ」
「そんなことしなぃですよ。わたしは失恋更生委員会ですから」
「ははっ、そういやそうだった。それがアタシらの仕事だもんな」
「……そぅじゃなくても、わたしだって友達みんなと回りたかったですから」
「……友達、アタシが?」
初月は何度も強く頷いた。
「ひなたちゃんも七海くんも、もちろん火炎寺さんも。最初から誘ぉぅと思ってぃたので」
「し、師匠!!」
「ゎゎ、その呼び名やっぱり恥ずかしぃですょ……!」
それから二人は駅へと向かう。
お互い反対方向の電車に乗るので、改札過ぎてすぐ「じゃあまた明日! ユウキ!」「はぃ、あゆみちゃん……!」と別れた。
ホームへ下りると電車がちょうど来たためそのまま乗り込む。
すると、反対路線も同じタイミングだったことで二つの電車の扉越しに相手がいた。
お互いむず痒くなりながらも、発車して見えなくなるまで笑顔で手を振り続けた。
◇ ◇ ◇
「おつかれ〜」の言葉が方々に飛び交う教室。
『焼きそば屋』を開く一組は、仮設テントに貼り付ける装飾品を完成させた。
明日は材料を買って、放課後に調理室で調理の練習を行う。生徒会と保健委員の指導の下、美味しくかつ安全であるものを提供できるように。
「日向さんも部活だったのに手伝ってくれてありがとう」
「ううん! 最近ワタシの出番なくてヒマだったからね! これくらい大丈夫だよ!」
日向日向は一組である。
彼女の文化祭当日のシフトは、一日目は全日働くことになったが、二日目は全休を勝ち取っていた。
作業も終わり帰宅しようとした時、スマホを見ると初月から『文化祭、みんなで一緒に回りませんか?』と?を浮かべる絵文字付きでグループRINEに連絡が来ていた。
「ういちゃんったらー、いつのまにかあゆゆと仲良くなって、お姉さん妬けちゃうよ!」
ただ、火炎寺の中で一区切りついたらしく、これから本格的な失恋更生となることを知って、日向は一安心していた。
好きを認めず、想いの熱を発散できずに心の中でずっと燻っていた火炎寺が、自分の気持ちを整理できたのは失恋更生への大きな進歩だと言えた。
『一日目はお店でお出迎えするよ〜。二日目はみんなで回ろうね!』と返事しておいた。
ただ七海から『シフトに加えて実行委員もあるから一緒には回れない』と淡白な返事があり、ちょっと残念だな、と日向は思った。
一組のクラスメイトに「また明日ねー!」と告げて夜の教室を出て行った。
「日向さんって可愛いよな」「明るくて元気だし、何気にポイント高くね?」「けど、確か日向さんって──」のところで男子の声は聞こえなくなったが、彼女は気にしなかった。
「あ、そうだ。七海くんはまだいるかなー」と校舎反対側にある七組まで、真っ暗な廊下を早歩きして向かう。
もうすぐ完全下校時間である。多くのクラスが準備に追われてギリギリまで作業しており、七海のクラスも例外ではなかった。
数人のクラスメイトと一緒に、ブルーシートの上で段ボールを黒色に塗っていた七海。
制服が汚れないように着替えた体操ジャージにはところどころペンキが付着している。
けれど、そんなことは気にも留めず、七海はただただ自分の作業に集中し、没頭していた。
大変そうだけど、楽しんでいそうだった。
七海にちょっかいでもかけようかと考えていた日向だったが、邪魔しちゃ悪いかなと思い、こっそり一人で帰った。
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