Case.52 恋を諦める場合


「──ぁ、ぃた……」

「し、師匠……すまん、夜遅いのに」

「ぃ、ぃぇ、泣ぃてぃたので心配しました……」


 高校の最寄り駅である明谷みょうだに駅の一つ隣の運動公園駅で待ち合わせた二人。

 呼び出した火炎寺はベンチに項垂れるようにして座って待っていた。

 初月は隣にちょこんと座った。


「──アタシさ、この恋諦めるよ」

「ぇ……!? ど、どぅしてですか?」


 火炎寺は今日、ひょんなことから雪浦に出会ったこと。

 文化祭デートにフラれたこと。

 家に行くも、そこで彼について家族から聞いたこと。

 全てを話した。



「──そぅ、だったんですね……」

「悔しいな。アタシは一番が好きだ。勝つことが好きだ。けど、あいつには何一つとして勝てない。アタシの負け。あいつの笑顔を見た時さ、思ったんだよ。あー、アタシは雪浦のことがやっぱ好きなんだなーって」

「火炎寺さん……じゃ、じゃぁもぅ告白しましょぅ……! タィミングは、わたし思ぃ付ぃたんですけど、後夜祭のキャンプファィャー……! ぁ、でもバイトでぃなぃんでしたっけ。でしたら──」


「いや、アタシは告白しないよ」


「……そ、そんな、火炎寺さんの気持ち、伝ぇなぃと……。ま、まだ諦めちゃダメですよ。負けっぱなしで終わってしまぃますよ、ぃぃんですか……!? このままじゃ火炎寺さんが苦しぃままですよ……!」

「それでもいい。アタシは雪浦のことが好きだから、あいつの邪魔をしたくないんだ。あいつにとって家族が一番だ。アタシなんかが割り込んじゃダメなんだよ」

「けど、気持ちを伝えることは……!」


「もうこれ以上嫌われたくない……傷付きたくないんだよ! アタシは失恋する。分かってる。どれだけ近付こうとしても、雪浦の心にアタシは入り込めない。どうして痛いことが分かっているのに、告白しないとダメなんだよっ!」

「……っ」

「……失恋って、言葉にして伝えないと失恋と言えないのか……? アタシはこのまま失恋更生できないままなのかな……」


 恋は実らない。

 そのことは薄々勘付いてはいた。

 けど、火炎寺よりも初月がこの事実を受け入れたくなかった。


 最初は気持ちを素直に伝えられない火炎寺に自分を重ねていた。

 だから、告白されようと言いつつも、〝好き〟を認めて、火炎寺から想いを告白できたならいいなと思っていた。

 けれども、自分も叶わぬ恋をしてきた人間だ。


 失恋は自分を傷付けるだけ。


 自分が火炎寺にさせようとしていることは、過去に自身を罰そうとしたあの時と同じ。

 しかも今回は他人に強要しようとしていた。

 日向に頼ってばかりの自分の存在理由をただ見出したくて、火炎寺のためだと言って彼女を傷付けてしまった。


「……ごめんなさぃ」

「あっ、ごめん。別に師匠を責めてるわけじゃないんだ。ただアタシがビビって言い訳してるだけだからさ……」

「……ぅぅん。悪ぃのはわたしです。ごめんなさぃ……火炎寺さんを傷付けてぃたのはわたしだったんですよね……」


 失恋更生委員会が励ます組織であっても、誰かを死地に送ることを初月にはできそうにない。

 今、目の前でまた泣きそうになっている人がいる。

 最恐の女番長、百鬼炎獄として恐れられる強い人でも、恋を前にしたら誰だって一人の女の子だ。


 彼女を励ましたい。

 何か気の利く言葉を投げて安心させたい。

 何か画期的な方法を考えついてこの状況を打開したい。

 だが、何も思いつかなかった。

 日向に頼りたいが、今頼られているのは目の前にいる自分だ。

 何をしてあげたらいい──わたしなら何をされたいか。


 ──ただ、そばにいてほしい。


 初月はギュッと火炎寺のことを抱きしめた。



「……師匠?」

「ごめんなさい。わたしにはこんなことしかできません。けど、泣きたい人に寄り添ってあげられるのがわたしたち失恋更生委員会なんです、だがら──」

「師匠……泣き過ぎじゃね?」

「うぅ、ごべんなざい……!!」


 初月の泣き顔を見て、火炎寺は思わず笑ってしまった。


「師匠は優しいよ。アタシを喜ばせようとしたり、アタシのために泣いてくれたり。今までそんな奴いなかった。こんなにボロボロ泣く人も見たことないし」


 火炎寺は持っていたハンカチで初月の涙を拭いてあげる。


「ありがとう師匠。一緒にいてくれるだけでアタシは嬉しいよ。だからもう泣くなって」


 初月の頬に触れた火炎寺の手のひらは、とても温かった。

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