Case.51 お邪魔した場合


「ありがとう。子供たちを助けていただいて。どうぞゆっくりしてって」


 雪浦の母、零奈れいなさんは歓迎してくれた。

 雪浦家に訪れたアタシは、晩御飯をご一緒させてもらうことに。

 遠慮したけど、欲望に負けちまったな。がめつい女だと思われたらどうすんだ、アタシのバカ! 

 ……まぁ偵察ってことにすれば……うん、そだな。


 漕ぐたびに軋む自転車を押す雪浦に案内された家は、狭い空き地に建った一軒のあばら家だった。

 外壁は木の枝で覆われ、むしろ支えているのは植物であるかには建物が少し歪んでいる。トタンの屋根はボロボロで微風で吹き飛んでしまいそうだ。

 ここに5人で暮らすのはかなり狭いけど、それ以上に幸せが家に収まりきらないほどたくさん随所に感じられた。


「「それじゃあ手をあわせて、いただきます!」」


 三葉と四郎(この二人は双子らしい)の号令で晩御飯を食べ始めた。


「……美味しい」

「どうも……」

「二美の料理はとっても美味しいの。じゃんじゃん食べて♪」


 まだ中学生なのにこの腕前は、中々のものだな。

 雪浦が毎日食べている味か……アタシ好みだな。

 誰かとこうしてご飯を囲んで食べるのは久しぶりだ。

 いつも一人だったから、今日のご飯がとても美味しく温かく感じた。



   **



「ごちそうさま」

「え、雪浦どっかに行くのか?」

「バイト。好きに帰って大丈夫だから」


 食後、アタシが双子たちと遊んでいると、雪浦は外出の支度をする。もう外は暗い。


「一真、いつもありがとう。でも、無理しないでね」

「母さんこそ」

「「お兄ちゃんいってらっしゃーい!」」

「あぁ、行ってくる」


 見たことない優しい顔で、雪浦は家を出た。

 その表情に、アタシ今──


「歩美さん、でいいかしら?」

「は、はい!」

「一真のお友達?」

「あーいや、友達でも、クラスメイトでもなくて、えっとライバルみたいな感じですかね……」

「なるほどなるほど……もしかして一真に〝ほの字〟かしら?」

「「なっ!?」」


 アタシと、なぜか雪浦家の長女も同じように驚いた。


「「えー! やっぱりお兄ちゃんの彼女なのー!?」」

「だ、だから違うって……!」


 双子の言葉に戸惑ってしまう。

 その二人を抱き寄せた零奈さんも興味津々だ。


「あら、違うの? 私の見る目も衰えたかしら。好意の矢印はとても向いていたけども」

「ち、違います! 彼女どころか、好きというわけでも……!」

「粗茶です」


 机に強めに置かれた。さっきから二美の当たりが強い。

 最初は恩人として感謝してたのに、雪浦の話になると警戒心丸出しでこちらを見定める。

 水より薄いお茶は熱すぎずぬるすぎず、ちょうどいい温度ではあった。


「じゃあライバルならどのような感じで一真と競ってるのかしらっ! こうお互いに力を認めあうような関けッホッケホッ」

「ちょっとお母さん、興奮しすぎ」


 零奈さんが咳き込むと、二美が母の背中をそっとさすってあげる。

 もう六月。夜は快適に過ごせる気温だけど、雪浦母は真冬のような格好をしている。

 その後も時々、喘息の症状が。病欠というより普段から体調が悪そうだ。


「大丈夫ですか……?」

「ええ、大丈夫。おっほん、ところで学校での一真について聞いてもいいかしら」

「あぁ、はい……あいつは寡黙で頭良くて、ライバルどころか、アタシなんて眼中にないみたいで。それは少しムカつくけど」

「まぁ……! なんと可愛らしい! そっかぁ。一真もモテるようになったかー。お母さんとして嬉しいなー」

「い、いや、だからそういうのじゃ……」

「いいえ、それはLOVEよ」

「らっ、らぶぅ!?」

「あら、初心うぶね。お母さんそういう子好きよ。一真は恋人はおろか友達もいないのよー。だから一真のこと、よろしくね」


 ある意味母親の許可が出た。しかも雪浦に彼女はいないと知り、少しだけ嬉しくなった。

 だが、妹の二美はそうはいかない。


「騙されないでお母さん! 女子高生なんて信じちゃダメなんだから!」

「あなたも来年は女子高生よ。それに恩人でしょ」


 雪浦と同じこと言われてんな。


「うっ……それはそうだけど……けど、お兄ちゃん忙しいから。あなたに構ってられるほど暇じゃないのよ!」

「バイト、ですよね……」


 友出居高校はバイトが校則で禁止されている。

 けれども家庭が経済的困窮をしている場合、許可されることがある。これ以上の説明はいらないな。


「一真は私たち家族のために働いてくれてる。お父さんがいなくなっちゃって、私は病気で働けなくて。もちろん自治体からの補助金はちゃんと貰っているわ! あの子そういうのも詳しいから!」

「あいつらしいですね」

「けれど、それでも足りない。一真は弟たちが不自由なく暮らせるように、バイトをいくつも掛け持ちしているの。高校も徒歩通学できるところを選んで、大学も行かずに就職すると言って聞かないし……」


 どんなに偏差値の高い大学に行こうとも、お金を得るなら早く就職した方がいいと考えている雪浦。

 勉強しているのも少しでも就活のアピールになるからと、弟妹たちの勉強を自分が見てあげるため。


「本当は私が何とかしないといけないのに、情けないわ……」

「お母さんは悪くないよ! 悪いのは全部あいつだし……。とにかくお兄ちゃんは忙しいの。邪魔しないでくれる」

「二美」

「うぅ……でも、助けてくれてありがとうございました……」

「別に大丈夫。こっちこそお邪魔しました。もう帰ります」


 雪浦の気持ちがどうとかじゃない。

 そもそも恋愛する環境じゃない。


 二美たちは小学生の弟妹と一緒にお風呂に入ってくることなので、零奈さんが玄関先まで見送ってくれることになった。


「さっきはごめんなさいね。二美が失礼なことを言って」

「いえ、全然平気ですよ」

「あの子は昔からお兄ちゃんっ子で。いつも一緒だったから。きっとお兄ちゃんを取られたくないのね」

「アタシはそんな、妹さんの言うように雪浦くんと釣り合わないですよ……」

「そんなことないわよ。私が気に入ったもの! だから一真もきっとタイプよ! 同じDNAですから!」


 清々しいほど謎の自信。


「一真には青春してほしい。あの子には色々と苦労をかけてきたから。もし、うちの息子でよかったらよろしくね。お母さん応援してます!」

「は、はい……」


 アタシは曖昧な返事をした。



 ──一人彼を想いながら帰宅していると、スマホが鳴った。

 師匠からだ。


『あ、もしもし……火炎寺さん。あの、一つ思いついて電話したんですけど、今──』

「……うぅ、シショー!」

『えぇ、どうされたんですか!?』

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