Case.49 寝過ぎた場合


「──おとうさんおかあさん!」

「おかえりなさい。どうしたの歩美?」

「きょうがっこうのたいいくでね、かけっこでまた1ばんとったよ!」

「すごいわー! 歩美は本当に何でもできるわね〜。こっちにいらっしゃい!」


 女の子は母に抱き付くと、そのまま頭を撫でてもらった。

 喜ぶ愛娘に、普段は無愛想な父親も思わず笑みが溢れる。


「えへへ。つぎも、1ばんになるね!」



   ***



「──おかあさん! テストでまた1ばんとった! はなまるまんてん!」

「……歩美は本当に賢いわね〜……。将来は何になるのかなー。楽しみだなぁ……」

「うん! ……おかあさんげんきない? だいじょうぶ?」

「ええ、大丈夫よ。少し休んだらよくなるからね」



   ***



「──おとうさんおかあさん! また一──」

「歩美。大きな声を出すな。分かったから少し部屋を出てなさい」

「……うん」



   **



「──おとうさん……学校のテストで一番だった。……ねぇ、おかあさんは? わたし、また一番取ったよって伝えたいのに」

「そんなことで……いちいち報告しに来るな」

「そんなこと、なんだね……分かったよ、おとうさん」





 ──アタシは、幼い頃、母を病気で亡くした。


 父は名医と呼ばれるほど優秀な医者だったけど、難病の母は救えなかった。

 厳しい父親だったけど、母がいなくなってから時折、部屋で一人泣いていたことは子供ながらに覚えている。


 それからアタシは勉強をもっと頑張った。

 医者になって、人の命を多く救うことで、アタシたちと同じ気持ちになる人が減らせると思ったからだ。


 テストは当然満点で一番。元々物覚えは良かった。

 所詮は公立の小学校だしと、中学では難関私立校に入学したけど、そこでも簡単に一番になってしまった。

 気晴らしにしてみたスポーツや芸術でも一番だと評価されて、誰にもどんな分野でも負けなくなった。

 アタシは何者にでもなれる。自由気ままに好きなことができる!


 ……でも、何者になろうとも、大好きだった母が帰ってくることは叶わない。

 そう考えたら何をするにも熱がなくなってしまって……。


 いつの間にかアタシは中学に行かなくなった。

 登校すると嘘ついて、制服のまま街を出歩くようになった。

 平日真っ昼間に女子中学生が一人でいることを珍しがって、色んなやつが話しかけてきた。

 大体は無視してたけど、それでもしつこく付いてくる輩をつい殴ってしまった。

 そのまま裏路地に連れて行かれて──まぁ、全員ぶっ飛ばしたんだけど。


 おぉ、アタシは喧嘩も一番強いのか。

 なんて思っていたら、関西中の喧嘩自慢がわざわざ来たので、みんな返り討ちにした。

 そしたら百鬼炎獄とか呼ばれ出し、中学でもアタシの戻る場所はなくなって、孤独ひとりになった。


 高校生になり、どこへ行くにも面倒だったから一番家から近いとこに入学したけども、当然そこでも喧嘩を売られて、買って勝ったら、二週間停学になって。

 まぁ復学しても周囲の目は今までと変わらないからもう気にしない。そもそも自業自得だし。

 けれどまぁ、すぐあった中間テストで学年一位でも取って、偉そうに全ての頂点に君臨してやろうと思ったのに……。


 あいつがいた。

 大した高校じゃないのに一番取れなかったことにムカついて、こいつに勝って今度こそ一番になってやろうと思ったのにまだ勝てないし。

 あいつは一切振り向いてくれないし。

 興味すらも持ってくれない。


 何で一番になれないんだよ。

 一番にならないとアタシは……!


 ……あれ、結局アタシって何のために一番を目指してるんだっけ。



   ◇ ◇ ◇



「──寝過ぎた」


 ある休日の昼下がり。

 アタシはやっと起きた。

 実は寝ることが好きだ。無限に寝てられる。

 いっつも遅刻してるわ、授業中も机に突っ伏すか抜け出しては適当なとこで昼寝してるから、周りから不良だと余計に言われるようになっちまったけど。

 まぁ、別に教師に何か言われることももうない。成績だって別に良いしな。


 ……何の夢を見ていたか忘れたな。

 普段から内容は覚えていないけど、今日はなんだかいい気がしなかった。


「ふわぁぁ……──あー、ニャンコに会おう」


 アタシはそう決心し、着替えて町へと繰り出した。

 趣味は野良猫たちに会いに行くこと。いくつか猫スポットを巡って癒されに行く。


「にゃんにゃんー、ネコちゃんん……、か、かわいいなぁ……。きょ、今日こそ触らせて──いニャッ!?」


 あぁ、行ってしまった……。

 ま、まぁ猫はマイペースだから、機嫌悪い日だってある。そういう振り向いてくれそうでツンケンしているところも可愛いからな。

 けど、また腕を引っかかられてしまった。

 まぁ一瞬でも触れられたから嬉しいんだけど、この傷のせいで周りから余計ビビられるんだよな。

 あとシンプルに痛い。



 色々と適当に街を巡ったあと、遅過ぎる朝ご飯を買うためにスーパーへと立ち寄った。


「えーっと、ツナマヨツナマヨ……おっ、あった。うしっ、行くかー──あ」


 目先の向こうに雪浦がいた。

 店員と同じ格好をしている。てことは店員か。

 ここでバイトしてたのかよ。

 うちの高校はバイト禁止だぞ。……別に誰にも言わんけど。


 陳列の仕事をしている彼を先に見つけたので、向こうにはバレていない。って、アタシがいても気にしないか。

 相変わらずの無表情で、淡々と仕事をこなしている。多分優秀。

 レジの仕事も年季の入ったおばちゃんよりも手際がいいし、礼儀もしっかりしている。無表情だけど。

 ……あ、これはアタシが暇だったからって、物陰から少し観察していただけであって、別につきまとっていたわけじゃないぞ!?



 ──はぁ、アホらし。帰ろ。

 昼飯を食べて出たゴミはゴミ箱に捨て、アタシは帰路についた。

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