Case.43 クッキーを作る場合

 

 物心がついた時には既に、俺と氷水は幼馴染だった。

 ラブコメでよくある関係性と言われても、今までこれといったことは何も起きてこなかった。


 しかし、あの一件があってからというものの俺たちの距離は縮まった。縮まったというよりバグった。物理的距離が。

 どうして俺は、氷水を背後から抱きしめているんだ……!?


「ん……ちょっと強い」

「す、すまん……!」


 や、柔らかい……なにこれヨ⚪︎ボー? 女子の身体ってこんなにも細くて小さいのか。

 耳元で囁けと言ったから目の前に頭があるわけだが、めちゃくちゃいい匂いする!! どこのシャンプーを使っているんだ。それとも本人の汗はアロマオイルの成分でも入ってるのか。

 って、氷水の身体が段々と湿ってきている。

 部屋はそんなに暑くはないが、これだけ密着していたら体温とさすがの羞恥で熱くなったのかもしれない。


「ねぇ、ま、まだ……?」


 恍惚とした表情で振り返るな! 

焦らされてるせいかなんかエロく見えるんだけど!?


「分かったよ……! じゃあ……いいな?」

「うん、優しくして……」


 彼女は指先だけで俺の手をそっと握る。

 求める声で、俺は甘い言葉を放ち続けた。



   **



「マ、マシャムネェ……フヘヘ」


 表現規制のかかった氷水を見下ろしながら、どうしてこんなことになったのか顧みる……まぁ、ある意味見返りみたいなのは貰っているからよしとしよう。よし。


「……よし、チャージできた。さ、もう帰っていいわよ」

「ドライだな」


 身体はびっちゃりウェッティのくせに。

 そのまま生徒会に戻って大丈夫なのかよ。


「はいはい、励ましてくれてありがとう。これからもよろしく」


 いつもの凛(?)とした姿で適当にお礼を言った氷水は、鍵を開けた。

 そりゃ、氷水は苦労するだろうけど、俺もまたこれから頑張らなきゃいけない。むしろ励まされたいのは俺の方だ。



   **



「悪い、遅れた」

「もー遅いよ七海くん! 先に始めちゃったよ。はいこれ」

「──何これ」

「クッキーだよ♪」

「溶岩で焼いたんか!?」


 黒く焼け爛れた炭でしかないクッキーを、日向はニコニコしながらトレイに乗せて見せてくる。


「ささっ! 七海くん食べてみて〜」

「殺す気か! てか、なんでクッキー!?」


 調理実習室に集められた俺たち。

 ここの使用許可は三人で取りに行ったと聞いたが、取れるものなのか? 火炎寺が教師でも脅した?

 そんなみんなは、エプロンと三角巾を付けている。


「分かってないな〜。相手の気を引くのにクッキーは定番だよ!」

「いや、定番っちゃ定番だけどさ」

「『手作りクッキーくれるなんて、俺のこと好きなのか!? あぁ、もう好きだ! 付き合ってくれ! チュッチュー』ってなるよきっと」

「男ナメてんのか!」


 でも、実際そうだ。男とは女の子からプレゼントを貰うだけで好きになっちゃうバカな生き物である。

 かくいう俺もそう。

 昔、雲名からシャーペンを貰った……それだけで嬉しかった。嬉しかったけど、今思えばなんかの参加賞で貰ったやつを処分したかっただけだよなぁ……。


「だから、味の感想教えてよー」

「お前が食わせようとするのは石炭だ!」

「しゅぽぽ〜」


 日向から「あーん」の代わりに汽笛音で食わされた。

 憧れるような甘い甘いシチュエーションではなく、口を無理矢理開けさせられて入れ込まれて──


「うぐっ、うぉえぇえぇぇ……」


 吐いた。

 苦い。

 もう二度とクッキーなんて食わない。



「だ、だぃじょぅぶですか……?」


 這いつくばる俺を心配して、初月がコップに入れた水道水をくれた。

 ほんと、天使みたいだ……。


「あ、あの……」

「ん? どうした?」

「わたしもクッキー作ったので、よかったら……」


 うん、悪魔かな?

 けれど、そんな潤んだ瞳で見られたら断れるはずがない。

 初月の作ったクッキーは、形が不揃いかつ味もなんだか塩っぽかった。

 日向の分の口直しにはなったけど、まぁなんというか……うん……。

 俺に続けて食べた初月は心底落ち込んでいた。


「普通に不味ぃですよね、ごめんなさぃ。せめてひなたちゃんみたく個性溢れるものだったらよかったんですけど……」

「あれは目指すものじゃないぞ」


 あんな料理をされたら先に調理器具がどうにかなってしまいそうだ。それに材料がゴミになるだけ。環境に悪い。


「よし、アタシもできた! おい、食わなきゃ逆から食わせんぞ」

「直腸は嫌だ!」


 奇妙な脅迫と共に持ってきた火炎寺のクッキー。

 何度食わされるんだと思ったけど、一人だけ桁違いの代物が出てきた。

 クッキーが……光り輝いて見える!!

 俺たちは違う意味で恐る恐る火炎寺のクッキーを試食した。


「どうだ? 一番美味しいか?」

「……うまい。美味すぎる!! なんだこのクッキーは!? 最高級の味と最高級の匂い、最高級の見た目と……最高級しか思いつかないけどとにかく美味い!!」

「んんんんんん!! おいしいー! こんなの食べたことないよー!」


 ハムスターみたいに小さい口で食べる初月も思わず笑顔がニッコリ。

 三者三様の反応に、火炎寺も誇らしげだ。


「あゆゆクッキー完璧だよー! これなら行ける! 絶対に告られるよ!!」

「いや、まだだな。このクッキーだとあの雪浦は満足しない。一番美味くなるには……はっ、そうだ、フランスに行こう……!」

「そこまではいいだろ!」

「雪浦は一番の男だぞ! こんな味じゃまだ……!」

「目的が変わってるぞ。大丈夫だから。クッキーの味なんて大した問題じゃねーよ。男ってのはどんな奴でも、自分のために作ってくれただけで嬉しいんだからさ。美味かろうが不味かろうがどっちでもいい。気持ち入ってたらいいんだよ」

「そ、そういうものなのか……」


 最強主義者の火炎寺はあまりピンと来てないようだ。

 全てを一番ピンにしなきゃいけないと思い込んでいたようだが、世の中全てがそういうわけではない。


「ナンバーワンよりオンリーワンになれってことだよ」

「ほぉん。腹立つけど一理あるな」

「なんでっ!?」


 まだまだ俺には心を開く気配すらない火炎寺だった。










「──そっか……気持ちが込もってたらなんでもよかったんだ……」

「ん? ういちゃん何か言った?」

「い、いえ! 別に……」



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