Case.41 実行委員を決める場合


「じゃあ、あとは自分たちで話し合って決めてくれ」


 担任がそう言い、金曜六限は生徒たちに明け渡された。

 教室隅に移動した五十代男性の担任はまだ五月だと言うのに、まるまると太った体型のせいで顔や体をハンカチで汗拭いている。


 今日は文化祭実行委員をクラスから男女一人ずつ選ぶ。

 そして、最初の仕事としてクラスの出し物を決める司会進行を務めねばなるまい。

 今はその司会進行決めの司会進行としてクラス委員長が前で話を進めている。


「じゃあ、実行委員やる人いる? 立候補した人を優先したいと思ってるけど」


 ただ誰も手を上げるわけがない。

 文化祭実行委員なんて青春できそうな肩書きだが、実際のところは雑用係だ。

 やる気も能力もバラバラのクラスをまとめ上げ、他の実行委員との足並みを揃えて、生徒会や教師の指示に従い、実務はクラスの誰よりも率先してやらなければならない。

 時間も体力も使う仕事だからクラス委員長含めて誰もやりたがらない。みんな適当に部活や塾を言い訳にして避けるだろう。


 ただ、告白前の俺ならそれらも分かった上でやっていた気がする。部活も塾もないうえに、

 みんなから頼られる俺? 

 みんなと仲良く楽しんでいる俺? 

 みんなをまとめ上げられるリーダーな俺? 

 みたいなのに憧れて立候補していたかもしれない。


 だけど、今の俺は知ってのとおりクラスからハブられた存在だ。

 昔はこの場を取り仕切る委員長とも仲良く話していたし、この時間にも前後左右の奴らと「どうするー?」「お前やれよ〜」みたいな会話に参加していた。

 去年の文化祭みたいにグループで回ったりすることはもうないんだろうな。今年はあいつらと失恋した奴を片っ端から更生しに行かされるんだろうし。

 ちゃんとした文化祭はもう楽しめそうにないみたいだ。


「じゃあ、推薦はあるか?」

「委員長がやったらいいんじゃないのー」

「俺は部活とかで忙しいんだよ。もうすぐ大会だし」


 委員長はサッカー部の次期主将だ。うちはスポーツが公立にしては強いから結構ガチで取り組んでいる人も多い。

 みんなそれを分かっているから無下にはしない。


「じゃあ、文化部の人がする?」「いや、文化祭が本番なんだから余計に無理だって」「帰宅部誰だっけ?」「俺は無理かな。毎日塾があるし」「心木さんはどう? 暇じゃないの?」「じ、自分はできない……そんな、人をまとめるなんて自分には無理だし……」「えーできるよ。うちらも助けるし」「そうそう! 手伝えることなら手伝うよ」「ぁわ……えっと……」


 会議とは言えない会議で、一人都合がつきそうなやつが炙り出された。みんなそいつらを囃し立てて実行委員にしようとしている。

 まぁ、気持ちは分からなくもない。昔も今もそれでいいと思ってる──はずなんだけど……なんか、なぁ……。

 男女で一人ずつだから、俺が代わってやるなんて言っても意味はない。そんなことは分かっている。


 ──だけど、ダメだな。あいつに毒されている。

 このままじゃいけない気がしている自分がいる。意見を言い返せないことをいいことに、責任を誰かに押し付けるのは間違っている気がしたんだ。

 あいつならどうするのか。


「俺が実行委員やるよ」


 選択肢を間違えた。いつもこうだ。俺がこんなことをする義理はない。

 ただ、どこかの誰かならここで手を上げるはずだ。

 誰かが困っていたら助けてあげるトラブルメイカー。いつの間にかこんなに影響を受けていたなんて。


「えっと、立候補ってこと、だよな」

「そう……だな、立候補になるな」


 一応盛り上がっていたクラスは静まった。

 本当にこいつでいいのか……だが、自分が実行委員になりたくないから反対意見は出ることがなかった。


「じゃ、じゃあ、男子の方は七海でいいか。あとは女子を決めたいんだが」

「──じゃ、私がするよ」


 このままの流れなら、囃し立てられた子が実行委員になるんだろうと思っていた。

 だが、手を挙げたのは別の人物だった。


「お、奏音かのんがやるのか。えっと、大丈夫なのか……?」

「うん。部活やってるけど、私マネージャーだし。みんなよりは忙しくはないよー」


 奏音──彼女のフルネームは雲名奏音くもな かのん

 俺が一年の頃から好きだった人。

 そして告白してきた俺のことをフッたわけだが……一体どういうつもりだ!?

 

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