Case.40 心を圧迫する場合


「……その、無駄じゃなぃと思ぃます……!」

「あ?」

「ひぃっ!?」


 凄む火炎寺に初月は戦慄する。ハムスターが猫科最強のライオンに挑むようなものだ。

 しかし、彼女は諦めなかった。


「……っ、その気持ちはすごく、火炎寺さんにとってとても大切なことだと思ぅんです……! その恋、わたしが手伝ってもぃぃですか!?」

「こ、恋って……だからそんな大それたもんじゃ……」

「でも好きですよね。雪浦くんのこと」

「す、好き!? アタシが……そんなわけないだろ!」

「ぃぃぇ、そぅだと思います。だって日が経つにつれて、心が苦しくなるんですよね。それは──絶対好きになってますよ!』


 途中から初月は、常に持ち歩いている拡声器を使用し始めた。


『想いってどんどん膨らんで、心を圧迫するんです。言葉にするのは早い方がいいんです』


 この言葉は経験した初月じゃないと出ない。

 彼女もまた一人で長い間苦しみ続けていた。

 きっと火炎寺も自分と同じようになってしまうのではないかと、心配しての言葉だろう。


『好きになったら負けなんです。火炎寺さんは雪浦くんにもう負けているんですよ』

「ま、負けだと……。じゃあ、どうしたら勝てるんだよ!?」

『そ、それは……』

「ふっふっふっ〜そんなの簡単だよ! その学年一位から逆に告白されればいいのさ!」


 日向が自信満々に答えた。

 好きになったら負けなのであれば、相手にも自分のことを好きになってもらえればいい。そしたら引き分けには持ち込める。

 さらにそこから、告白されてOKと返事。

 晴れてカップル成立の大勝利ウィンウィンとなる。


 全国模試一桁台の天才たちが織りなす恋愛頭脳戦ってか。

 ま、俺らが後ろ盾にいる時点で偏差値低そうだけど。主にそこで「ワハハッ」と笑う委員長が。


『ど、どうですか……?』


 火炎寺は少し悩んでいたが、


「──分かったよ。アタシは、もう負けたくない。恋愛だけでもあいつに勝って告白させてやる! だから頼む、手伝ってくれ!」

『は、はい……!』


 火炎寺は初月の手を取り正式に依頼した。



『ひなたちゃん、七海くんごめんなさい。失恋更生委員会の方針とは少し違うけど、これはわたしが火炎寺さんを個人的に手伝いたいと思ったんです。せめて補習が終わるまで許してくれませんか?』

「うん! 許さない!」

『ふぇっ!?』

「失恋更生委員会としてじゃなくて、ういちゃんがしたいと思ったことをするべきだよ! それならワタシたちも手伝うよ! あゆゆの恋をワタシも応援する! だって、ワタシたちは友達だからね!」

『ひなたちゃん……ありがとうございます』


 初月が感謝を述べると、日向は「ふふーんっ!」と鼻高々に笑った。


『七海くんは、どうかな……?』

「ま、まぁ、俺も可能な限り手伝うよ」

『ありがとう……!』


 ここまで付き合わされたもんだし、今さら何をしようとも手伝おう。

 氷水の一件で初月には申し訳ないことをしたから、その罪滅ぼしともいえるし、なくてもそうさせてほしい。


 初月が火炎寺に色々と聞いている間、俺は日向に尋ねた。

 内容は失恋センサーについてだ。


「お前の鼻が反応したけど、告白はまだってことは、既に諦めてるとかそういう感じか?」

「うーん、それとは違うかな。ムズムズっていうより、ムギュって感じだから」

「いや分からんけど」

「あゆゆは恋したことを今も認めたくないんだよ。だから、アプローチしていく上で、自分の気持ちに気付いて、それから失恋する感じだね!」

「結局フラれんのか……」

「まぁね~、ワタシの失恋センサーは確信したものだけ匂うからね。つまり匂った時点で失恋確定なのだっ!」

「最悪な能力だなそれ!」

「ま、最後までどうなるかは分かんないよ。ワタシはみんながハッピーになってくれるならそれでいいから!」

「ハッピーにって……失恋するのを喜んで待つお前がか?」

「も〜七海くんったらー! ワタシがそんな鬼みたいなことするわけないじゃん!」


 現にしてたろ! しかも俺らにやってたんだよ! 

「滅殺滅殺〜」って物騒な言葉で俺の頬を何度も刺すな!


「ワタシにできることは失恋更生だけじゃないよ。恋愛あっての失恋だからね。ふっふっふっ〜、ならば今回証明してみせようじゃないか!」


 すると日向は行儀の悪いことに、机の上に立って音頭を取る。


「さぁ諸君! 失恋更生番外編! あゆゆの恋を実らせるよー!」

「そうやって言葉にされると恥ずいな……」


 照れる火炎寺。百鬼炎獄とか物騒な二つ名は付いていても、彼女も女の子だ。

 ギャップ萌えが好きな人なんて老若男女問わずいるわけだし、案外簡単に落とせたりな。


「あ? 何見てんだ。あらゆる首を縄跳びで縛って意識落とすぞごらぁ?」


 前言撤回! 落とされるのは俺でした!!


「それじゃ明日授業が終わったらすぐに本部で集合ね! いや〜、楽しみだなぁ〜♪」

「いや、お前は補習行けよ」

「……え?」


 日向はゆっくりと机から降りる。


「……嫌だけど。代わりに出てよね七海くん!」

「現実を見ろ!」

「いやだぁぁぁ!!!」

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