Case.39 女番長が入会する場合
──火炎寺歩美は昔からなんでもできた。
氷水沙希が努力型なら、彼女は天才型である。
かけっこが一位に始まり、部活の助っ人ではどの大会でも優勝に導くMVP。書道も芸術も金賞が最低ライン。勉強だって教科書を一読すれば難関大学の受験問題まで解けてしまう。
どの道に進もうとも無敗の伝説を残すような存在に彼女はなっただろうが……一度も勝てない相手が現れてしまった。
「
火炎寺は燃えさかる焔くらい顔を真っ赤にしてそう話す。
高校生になってからずっと学年二位。
高校偏差値が60を超える自称進学校ではそれでもかなりすごいのだが、毎回全教科満点、さらには全国模試一位である雪浦に完敗していることが悔しいらしい。
「最初はただ負けたくなかっただけだ。どうしても勝ちたくて、アイツも出ている補習全部に出てやって、寝首を搔いてやろうと思ったんだけどよ! ……けどよ、なんか時間が経つにつれて、こう、心がふわぁ、ってなってよ……」
「それで好きになっちゃったというわけか〜」
「ちちちげぇよ!? アタシは雪浦に負けたくないだけだ!」
「と、まぁ、こんな感じであゆゆは好きになったことを認めないんだよー。生徒カイチョーとはまた違った自覚のなさだね〜」
「はぁ!? だからお前がそう勝手に言ってるだけだろ!」
火炎寺の圧は強いが、声は微かに震えている。
全力で否定しているつもりだが、やっぱ気にしている内に気になってしまったんだろうな。
実は赤点獲得者以外でも自由参加できる補習に、雪浦がいるから出席するとは勉強熱心なこった。うちの委員長も見習ってほしい。
「火炎寺さんは、その雪浦くんのことを考ぇるとどぅぃぅ気持ちになりますか?」
「えっ、そ、それは、こう、蕁麻疹みたいにむず痒くなるというか、心拍数も上がって、どんどん呼吸も浅くなるし。寝たくても寝れなかったりさ……あぁ、うまく表現できないな」
「……恋ですね」
「恋だな」
「あゆゆのそれは紛うことなき恋だね!」
初月も俺も、日向も続けて確信した。
その症状は間違いなく恋だ。それも初恋に近しい。
病気と疑い、医者に同じことを話しても「うん、初恋ですね」と診断されるだろ。
「うっ……そ、そうじゃなくて、これを治す方法があるって聞いたんだよ」
「それで日向に唆されて失恋更生委員会に入ったってことか」
「そうだよ……ん、失恋、更生? いやアタシはこの部活に入ったら悩みがスッキリするからって聞いてだな……」
なにその麻薬勧めるみたいなやり方は。
俺と初月が目線を向けると、あからさまに目を逸らす日向。
「おい、嘘ついて入部させようとしたのか」
「だ、だって! 新メンバーが欲しかったんだもん!! これも委員会のためだよっ!」
どんだけ必死だったんだよ。そんなに焦らずとも幽霊部員くらいは入れられただろ。
とにかく失恋更生委員会について改めてちゃんと火炎寺に説明をした。
「──失恋した人を応援する? 全然そんな話聞いてないし、アタシはもう失恋してんのか?」
「うぅ、騙してごめん……あゆゆからは焼け焦げたクッキーの匂いがしたから……」
珍しく反省の色を見せる日向。
さすがに火炎寺の眼力で見られて怖気付いたかと思ったら、さらっと失礼なことを言っているので、怖がっているわけではなさそう。
「クッキー……は分かんないけどよ、別にいいよ。怒ってはないから」
の割には顔が不動明王ですけど!?
「よかった〜。じゃあ怒ってないなら入ってくれるよね! ね!」
こいつやっぱり反省してねぇ!
「いいよ。入ってやるよ。その委員会」
「ほんとー!」
「えぇ!? マジかよ!?」
「あぁ。なんか人手足りてないんだろ? アタシも部活とか興味あったし。それともなんだ、アタシがいて不味いことでもあんのか? 味覚破壊すんぞ」
「い、いや別に……」
一匹狼として有名な火炎寺がこうも簡単に入部を承諾するなんて。
これで、生徒会にはあっさり部活として認められそうだ。
てか、さっきから俺にだけ当たり強すぎない!?
日向は大喜びで、「あゆゆは力持ちだから太鼓持ちね!」とさっそく役職を決める。
「じゃぁ、わたしが書類まとめときますね」
「ありがと〜ういちゃーん!」
「ぅぎゅっ……」
日向は初月に抱きついた。
これももう見慣れた光景になったな。
「よぉし! じゃあ生徒カイチョー公認となった
「おー。んあ? あー別にアタシはいいよ、そんなの。他の失恋してる奴とかいないのか?」
「えぇー、委員の失恋更生だって立派な活動だよー?」
「いらねぇって言ってるだろ。……アタシにとって、この感情は無駄でしかないから」
「…………ぁ、ぁの……ま、待ってくださぃ!」
少し空気がヒリつき出した中、初月が振り絞った声で呼び止めた。
失恋を覚悟したあの時と同じ目をしている。
あの日体育館で起きた時同様にみんなが注目する中、初月は慎重に話し始めた。
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