4章 《火炎寺歩美》

Case.38 女番長を勧誘する場合


「あれ、二人してどうしたのー? もしかして知り合い?」


 火炎寺を前に固まる俺たち。

 またしても何も知らない日向は呑気に質問してくる。


「知り合いもなにも学校の超有名人だろ……! 火炎寺歩美……ヤクザと繋がってるとか噂があった先輩を、入学してたった一ヶ月、単独で組織ごと壊滅させたっていうあの火炎寺だぞ……!?」

「……おい」


 火炎寺に声かけられ「はぃ!!」と腑抜けた声が出てしまう。


「それは尾ひれがつきすぎだぞ。ヤクザはただのハッタリだったよ」


 聞こえていましたか、いやそりゃ目の前にいれば聞こえるよな……。


「……まぁ、懲らしめたのはほんとだけどな」

「それ以外ほんとかよ!?」

「あぁ?」

「す、すごいですねぇ……」


 怖すぎる……。

 やはり火炎寺の異名こと〝百鬼炎獄ひゃっきえんごく〟の名に相応しい気迫だ──カッコいいなおい。


「へー、あゆゆ強いんだねー!」

「まあな。アタシは一番になりたいからな」


 日向は臆することなく、火炎寺の腰あたりをバンバン叩く。

 殺されるんじゃないかと思って、気が気でなかった。


 火炎寺の身長は170cmを超えていて女性の中ではかなり背が高く、俺よりも若干高い。

 人差し指を立てた彼女の手や腕には無数の傷があった。きっと争いの果てに付いた勲章であろう。

 男性にも負けず劣らずな筋肉があるが、ただガチムチ! ってわけではなく、最近のモデルみたいに引き締まっている。

 同じ学年だがクラスは違うので、こんな間近で見たのは今日が初めてだが、結構いいプロポーションをしている。氷水といい勝負だ。


「一番……ですか?」


 初月は勇気を振り絞り、火炎寺の発言について詳しく聞いた。


「そう。アタシは何でも一番になりたいんだよ。勉強も運動も誰にも負けたくねぇ」


 火炎寺は〝怖い〟というイメージが先行していたけど、案外話してみたら普通だな。


「だから手始めにこの学校で一番喧嘩が強いやつをシメた」


 前言撤回! やっぱ怖いわ!?


「あっ、そういえば火炎寺さんって頭もいいですよね。テストでいつも上位だったと思います」


 中間や期末テストの結果は後日、上位三十人が貼り出されている。

 俺はいつも平均点なのでわざわざ見ることはないが、実は成績良い初月が言うならそうなのだろう。


「ふぇー! すごいじゃーん!」

「まぁな! つってもずっと二位だけどな……」

「十分すごいだろ、氷水よりも上じゃねぇか。……ん? あれ補習で会ったんだよな?」

「あ? 出ちゃ悪いのかよ。脊髄引き抜くぞ」


 怖っ!? 脅し文句が独特で怖っ!?

 すると、日向が横で不敵に笑いだした。


「ふっふっふっー、よくぞその頭で気付いたね七海くん」

「赤点取った奴が何言ってんだ」

「あゆゆが補習に来た理由……それは〜そこに好きな人がいるからだよー」

「ちょ、はぁっ!? だ、だからそうじゃないって何度も言ってるだろ……!! べ、別に好きじゃねぇって……!」


 赤く染まる頬を両手で押さえて、必死に否定する火炎寺。

 それはまさに恋する乙女でしかなかった。

 普段怖い人が照れ隠そうとするギャップ萌えに、思わず「かわいい」と言ってしまいそうになった。


「可愛いだと? てめぇ、舐めてんのか?」

「やっぱ口に出てた!? そうだと思ったよすみませんでした!!」

「でも、あゆゆかわいいよ。ねぇーういちゃん?」

「ぅ、ぅん。わたしも思います」


 女子たちの〝かわいい〟に再び顔を赤くする火炎寺。

 どうやら男には強気な態度を取るが、女子には素直でいられるみたいだ。


「ああ、もう。わ、わかったからやめろ……! ここではなんだし場所を変えようぜ……!」

「じゃあさっき補習した教室に行こう!」


 と、日向を先頭に階段を上っていく。

 まだ部活として承認されていないので本部は使用できない。

 こうして失恋更生委員会は、新たなメンバー(?)兼依頼者(??)の火炎寺歩美を迎え入れることとなったのである。

 


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