Case.35 手口が非常に卑劣な場合


 俺がハンカチと思って渡したのは……氷水のパンツだった!

 んんんどういうこと!?


「先週から一つ組み合わせがないなと思ってた下着があったけど。もしかしてうちに来た時に私の部屋から盗んだ?」

「そんなことできるわけないだろっ……! なぁ日向!?」

「う、うん! そ、そんな七海くんが囮になってる間にワタシが部屋に忍び込んで生徒カイチョーの失恋原因探そうと思ってたら、生徒カイチョーが帰ってきちゃって、つい持ってたパンツをそのまま持ち出しちゃったなーんてことするわけないじゃーん!」

「うぉい!? 全部ペラペラ喋りやがった!!」

「あ、ヤベ……ピューピュルル〜♪」


 汗ダラダラで口笛吹いてる場合か! 嘘下手かっ!!


「部屋、入ったのね? 勝手に。だから私が声優好きってのも分かったんでしょ? 完璧に隠してたはずなのに」

「そ、それはぁ……」

「はぁ……危ないところでした。私は騙されたのね。こんな人たちに私の失恋更生を任せられないわ」


 不溶の女帝に戻った彼女は一人で立ち上がり、冷たい目で俺たちを見下す。

 このままでは失恋更生委員会の解散どころか、また停学、いや最悪退学になってしまう!


「パンツの件は、その……すまなかった! ただ、俺たちが活動はしっかりしているところは伝えたい! だからどんな方法で失恋更生したいか教えてくれ!!」

「政宗」

「……え?」

「政宗が私を失恋更生してくれたら、考えてあげてもいい」


 無理難題な依頼だった。

 柴崎政宗は現在いまを彩る超人気声優だ。俺たち一端の高校生が呼べるような人物ではない。

 けど、何とかするしかない。

 俺たちはスマホを取り出し、まずその声優をよく知らないので調べるところから始める。


「ふむふむ、この人が柴崎政宗かー。なんだか七海くんに顔が少し似てるね」


 声優のリアルイベントの切り抜き動画を俺のスマホで観ながらコメントする日向。

 別に似てないと思うけど……。


「はぁ!? 七海と一緒にしないで! 政宗はピーピーうるさい男と違ってダンディーな渋い声を出すんだからぁ……!」


 後半うっとりとした表情でヨダレを流す氷水、ってさっきから喜怒哀楽豊かだな! 不溶の女王の肩書きはどうした、表情筋がドロドロになってるけど!?

 あと誰がフエラムネだ!?


「ふーん。七海くんちょっと低めに声を出してみてよ」

「は? なんで」

「いいからいいからモノマネできたら解決じゃん!」

「あのね、政宗は特別な存在だから彼にしかあの声は出せないの。いわば神聖な声優。神声優しんせいゆうなのよ。たかが下着泥棒如きがお近づきになろうとする行為自体が愚か。罪をさらに重ねることに──」

「あーあー、えーっと、『こ、こうか?』」

「はぁぁん!!」


 ……なんか早口で捲し立てていた氷水が急に海老反りした。何やってんのこいつ。

 あ、え、もしかしてこの声なのか……? 

 この声に反応してんのか?


 ──試してみた。


『今まで応援してくれてありがとう沙希ちゃん、これから先もよろしくね』

「ハァァン! ましゃむねぇぇ!!」


 目がハートになり、溶けるように崩れてその場でのたうち回る氷水。

 ど、どういうことだ……お、俺の声が柴崎政宗の声と同じだと言うのか……?


「やっぱりね! 七海くんとこの声優の骨格が似てるな〜って。意識して出せば同じような声を出せると思ったんだよ!」

「どんな超常現象だ!!」


 声一つで氷水が悪魔に取り憑かれたみたいになってんだよ!


「……はっ!? 油断した……! 認めない……認めないよ私はぁ……!! 七海が政宗の声と一緒だなんて、そんなはず……!」

『沙希ちゃん』

「らめぇ! 政宗ぇ! しゅきなのぉ!! あっはぁ♡」


 荒ぶる氷水はそのままピーンと硬直して、後ろに倒れた。

 縁に立っている時にこの声出したら危ないな。命を奪い取るところだった。


「あちゃぁー、どうする七海くん?」

「とりあえず起きるの待つしかないだろ」

「だねー──あっ!」



   **



「ぷはっ!?」

「あ、起きた」


 十分後。

 氷水はようやく目覚めた。


「うぅっ、頭が……あなたたち、私に何を……!?」

「お前が勝手にぶっ倒れただけだが!?」

「ぐっ……! たとえ政宗の声が出せるからといって、本人じゃあるまいし! こんなので認めるわけには……! 生徒会長の名にかけて!!」

「もう威厳保ててねーよ」

「うるしゃい!!」


 さっきまでは涙でビショ濡れだったのに、今は汗でビチャビチャじゃねぇか。

 足もガクブルで真っ直ぐ立ててねーし。


『諦めろよ』

「んんんんんっ!? はぁはぁ……慣れてきた……」

「もう耐性がついたのかよ。さすがは生徒会長だな……」


「……ふふ、これで、もう醜態を晒すことは……んん?」

「……ぁ」


 日向の隣に初月が立っていた──スマホのカメラを構えながら。

 実は柴崎政宗とは誰か調べる際にスマホを取り出したタイミングで日向は初月に連絡を取っており、俺が声優の声真似をした段階で彼女は屋上に到着していた。


「あ、へ?」

「ふっふっふっ〜、生徒カイチョーの変な姿はバッチリ捉えたよ!!」


 そしてここまでの醜態を隠れていた初月によって撮られていたことを知り、氷水は再び膝から崩れ落ちる。

 こんな映像を撮るつもりじゃなかったけど、大スクープだよなある意味。


「さぁ生徒カイチョー! 大人しくワタシたちの活動を認めろー! さもなくばこの動画を学校中にバラ撒くぞー!」

「わかった! わかったわよ! 認めるわよ!!」


 手口が実に卑劣。

 もう完全に俺ら悪の組織じゃん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る