Case.34 気付いてもらえない場合
──けど、私がどれだけ完璧になっても政宗は振り向いてくれない、くれるわけがない。そんなことは分かっていた。それでも私は身も心も時間もお金も全て政宗に捧げてきた……それなのに、結婚って……それにできちゃった結婚って!? どういうことなのぉぉぉ!?」
話数跨いでまで長々と語りやがったなこいつ!?
ナイアガラの滝みたいに泣き崩れる氷水の悲鳴と嗚咽。学校どころか街中に響き渡りそう……。
てか、途中何言ってるか分かんなかったけどさ……こいつとんでもねぇ独裁者じゃね!?
まぁもっと上の高校に入学できる氷水が、わざわざ偏差値ちょい上くらいの
「ふむふむ、いわゆるガチ恋勢ってやつだね」
「政宗って下の名前で呼び捨てしてるあたりヤバいだろ」
「好きな人に裏切られた私はもうこの世で生きていけない……!! ハッ……今死ねば、転生して政宗の子供として産まれるのでは? あ、死のう」
氷水は振り返ると、縁の外へ一歩踏み出そうとする。
「ちょっと待てぇい! お前の気持ちは分かるけどさ、別に死ぬほど大したことじゃ──」
「はぁぁ!? 私にとっては大惨事なの!? 分かんないわけぇ!? 七海には分かんないでしょうねぇ!?」
「バチーン!!」
「いったぁ!? 何で!?」
「ほんと何も分かってないなー七海くんは」
厚顔無恥たる日向に無知扱いされたと思ったら、突然ビンタされた。
「好きな人に裏切られたんだよ。そんなのこの世から消えたくなっちゃうよ」
「裏切られたも何も相手は声優、つまり芸能人だろ? そもそも住む世界が違うっていうかさ……」
「好きになるのに相手が何がとか関係ないんだよ。芸能人とか、アニメキャラや動物、無機物にだって恋する人はいる。それに彼氏持ち相手にとかね♪」
ぐっ……痛いとこ突かれた。
「大事なのは相手がどうかじゃない。自分の気持ちだよ。好きになる理由だって、死んじゃう理由だって、みんなそれぞれ違うんだ。エピソードに大きいも小さいもないんだよ。訪れる出来事にみんな全力で真正面からぶつかるんだから。だから何が当たっても、痛いんだよ」
確かに、日向のビンタは痛かった。
そして、フラれた時も心が痛かった。
どちらが痛いだとかは、物理と精神だから比べられるものではないが、どちらにせよ痛い。
痛いから、辛くてしんどい。
「でも、生徒カイチョーからの〝好き〟も含めて、ファンからの愛は全力で受け止めてるとワタシは思うよ。でもその中で選ばれなかった。別に生徒カイチョーを裏切りたいわけじゃない。生徒カイチョーも、知らない間にその人にフラれちゃったんだよ。好きな人への想いが届くことなく溶けて消えた、マシュマロみたいな失恋をね」
不溶の女王の心は、既に別世界の人間によってとっくに溶かされていた。
優秀ですごいと褒めるではなく、自分の頑張りを認めてくれる存在が彼女には必要だった。
心ここにあらずと追いかけた好きな人に自分の存在を知られることはなく、相手は別の人と結ばれていった。
ほんのり甘い、溶けては存在しないマシュマロみたいな恋。
「そっか、私は失恋したのね……」
氷水はその場に蹲る。
届くはずがないことは分かっていたのに、彼女はその事実をずっと受け入れられず、ただ現実逃避していた。
自分が好きな人の隣に立てないということを。
「──ほら、これ」
俺はポケットに入ってた白いハンカチを氷水に渡した。
「……何。失恋した人に優しくしたって、惚れたりするほどそこまで甘くないから」
「そういうんじゃねぇよ。……ただ、俺は幼馴染だってのに何も知らなかったんだなって。何が好きだとか、プレッシャーを感じてたとかさ。まぁ、俺は人を見る目ってのはないんだろな。けど、まぁ、頑張ってたのだけは知ってたつもりだ」
「……知ったかぶりね」
「ああ、俺は知ったかぶりなんだ。だからこそ、ちゃんと確認しないとなんだよな。言葉で伝えてみないと何も分からないままだって俺も最近知ったんだ」
頑張ったことを誰かが伝えてあげないと、存在しないものとなってしまう。
好きは好きだとぶつけるように。
他の言葉だって思ったのなら言わないとダメだ。
「俺たちは応援する。失恋更生委員会は失恋したやつの背中を押すのが活動目的なんだ。氷水が失恋更生するまで、俺たちがとことん付き合ってやるよ」
「うんうん! 何でも言ってね! ワタシたちが生徒カイチョーを励ますよっ!」
氷水がハンカチで涙を拭う。
いつぶりだろうか、彼女の笑顔を見たのは。
「……ありがとう。また辛くなったらいつでも頼るわ、失恋更生委員会」
「うん! ドーンと任せて!! これにて失恋更生完了! いや、失恋更生開始だね!」
日向はバーンと自身の胸を叩き、声高に宣言した。
いついかなる理由だろうと、たとえ相手が誰であろうと励ます。
年中無休、送料無料、完全なる慈善団体である失恋更生委員会は──
「──ねぇ、これハンカチ?」
……そういや俺、ハンカチなんて持ってたっけ?
氷水が受け取った白い布を広げると、それはパンツだった。
パンツ……? 日向から強引に渡された氷水のパンツ!? ポケットに入れっぱなしだった!?
「ねぇ、どういうこと?」
再び見せる氷水の凍りきった表情。
たった一枚のパンツが、事態を急変させる。最悪だ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます