Case.33 幼馴染を引き止める場合


「会長ですか? 今日はまだ来てないですね。でも、おかしいな、連絡もないなんて」


 生徒会室を訪れたら、仕事中の生徒会役員にそう言われた。

 来月に迫った文化祭の準備で、テストが終わったばかりというのに生徒会はもう忙しそうであった。

 まだ来ない氷水を心配するも、部屋から出られないくらいに忙しそうだ。


「もし会長を見かけたら声かけといてくれますか? 会長がいないとできない仕事も山ほどあるので」


 よって、俺らは学校中を探し回った。

 教室、職員室、特別教室に日向と初月はトイレや更衣室まで隅々捜したが見つからない。



「七海くん! そっちはどうだった?」


 失恋更生委員会おれたちが解散を命じられたロータリーでバッタリと日向に出くわした。


「こっちもいないな。帰ったとか……は、ねぇよな。仕事を放って帰るとかしない奴だし」

「うん。用務員さんに聞いたけど見てないって」


 この時間は下校する生徒を見送るがてら、校門周りを掃除してくれる用務員。

 生徒会長の氷水は有名だから、見てないと言うのであればそうだろう。


「学校を出てないならどこにいるんだ? 全部くまなく探し回ったし、どっかで入れ違いしたとしか……」

「もしくは外……あっ! 七海くんあれ!!」


 日向が南校舎の屋上を指差した。

 今にも落ちそうな場所に一人の女子生徒が立っている。


「あれって……氷水!?」


 それは俺たちの捜し人だった。

 急ぎ現場に向かうと、普段は閉まっているはずの屋上への扉は開いていた。

 学校の屋上に立ち入ったことなんて、小学校のクラス別卒業写真を撮った時のみぐらいだ。


 風が強い中、縁ギリギリに立つ氷水沙希は今にも身を投げてもおかしくはなかった。

 もしかして……飛び降りる気か!?


「危ないよ生徒カイチョー!!」

「うわっ、ビックリした……。七海……それに日向さんも……」

「飛び降りとか……何考えてんだ! そんなことをしたって何の意味があるんだよ!」

「いや、別に──」

「みんな悲しむだろ! 家族とか学校のみんな、それに俺だって……お前が死んで涙を流す人たちはたくさん……!」

「だから、飛び降りる気とかないから!」

「……え?」

「落ち込んだ時はよくここに来るのよ。一人になれるし、ここは風が気持ちいいから」


 あぁ、あれか。失恋したら海に行くみたいな……って、俺今だいぶ恥ずかしいことを言ったなぁぁぁ……。熱くなっちゃって……って、そりゃ勘違いするだろぉ!?


「あ、あははー、なんだ〜ワタシたちの早とちりだったかー」


 さすがの日向も本気でヤバいと思ったのか、タラタラと汗を流し、息も浅い。


「ほんと、人騒がせな奴だな。俺はてっきり好きな声優が結婚したから自殺しようとしてんのかと思ったよ」

「……そうね……その好きな人に、私は……!! 私は裏切られたのよっ!!」

「七海くん絶対地雷踏んだ」

「えぇ!? 俺のせい!?」


 フェーダーをいきなりガンッと上げた悲痛な叫び。開けてはいけない内心パンドラを俺はこじ開けてしまったのだ。


「たしかに死ぬのに意味なんてないわよ。ただ生きる意味は見失ってしまった!!」

「い、いいから落ち着けよ……な?」

「私は……私はずっと政宗が好きだった。そう、あれは中一の夏──」


 氷水は崖っぷちに立ったまま、聞いてもいないのに事の経緯を話し始めた。


「毎日毎日夜遅くまで勉強をしていた私は、リフレッシュのつもりだったのかもう覚えていないけど、ふとテレビを付けたの。それはよくある男性アイドルを題材にした深夜アニメ『マジアイドルキラキラサークル』だった。当時、プレッシャーやストレスに心も身体もズタボロだった私の心に、政宗が演じた赤羽根祐介あかばねゆうすけくんのセリフがスッと入ってきたの」


『頑張っている君が好きだ。たとえ誰も見ていなくても、僕は君のことをずっと見ている。僕はいつでも君の味方だからね』


「あぁ、私の頑張りを認めてくれている。画面越しに応援されてるんだって……! それからだった。政宗が出演しているアニメや映画、舞台は全て履修した。演じたキャラクターのグッズは一つも残さずに集めて、ゲームでは出るまで課金をした。少しでも起きていたいから、ショートスリーパーに身体を魔改造した。それに私が友出居高校に来たのも、ここが彼の母校だったからよ。生徒会長にもなったのも権限を手にして自由に学校を変えるため。髪型や制服のアレンジを許したのも、その方がキャラ映えしてアニメみたいな学園生活が送れると思ったからだし、スマホを使用できるようにしたのも政宗の最新情報をいつでも確認できるようにしたかったからだし、今こうして私だけが屋上に入れるのもアニメの名シーンを味わえる気分に浸れるのを独り占めしたいからだし──……

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