Case.32 テストが終わった場合
「いや〜ごめんねー。教科書借りちゃってー」
「ううん、大丈夫だよ。こっちこそありがとう」と初月は日向に古文の教科書を貸し、化学の教科書を借りた。
二人とも家に帰れていないため、今日の授業分の用意がない。
クラスが違えば時間割も違うので、補うように貸し借りをした。
「そ、そぅぃぇば昨日の夜、七海くんと何かぁったの……?」
超極小の声で初月は気になっていたことを聞くと、日向は「えぇっ!?」と大音量で反応した。朱色で装丁された古文の教科書と同じくらい顔を染める。
「い、いやぁ〜? 何もなかったよー??」
明らかに目が泳ぐ日向。
嘘が下手すぎると初月は見抜くも、それ以上踏み込む勇気まではなかった。
「ごめんね……変なこと聞いちゃった」
「ううん! 気にしてないよ! じゃあ、また放課後ー!」
ピューン! の効果音と共に彼女は走り去った。
氷水に見られたら注意されたことだろう。
(本当に何もなかったのかな。けど、ひなたちゃんって七海くんのこと──。だとしたら、お似合いだと思うなぁ……。いつも楽しそうだもん)
初月はそんなことを考えながら、一日授業を受けた。
もうすぐテストだというのに、今日学んだことは何も身に付いた気がしない。
これなら教科書を借りなくても良かったかもしれないと彼女はそう復習しながら思った。
◇ ◇ ◇
──テストはあっという間に全て終わり、作戦決行日。
他の生徒は解放感から我先にと学校を出ていく。
友達と打ち合わせてカラオケにでも行くんだろうな。一昔前の俺ならその輪に入っていた。
だが、今の俺は違う。
そんな当たり障りのないように程よく盛り上がる曲を歌っていたあの頃とは違い、俺には使命がある。
氷水沙希を脅し、失恋更生委員会の存続を認めさせる……!
──使命って、別にカッコよく言っているが、日向にやらされているだけなんだよな。
本当ならカラオケではしゃぎたいよ。
「七海くーん、テストどうだったー?」
日向が手を振りながら、俺がいる七組の教室に入って来た。
……会うのはあの時以来。あの朝を思い出してしまう。
おっぱ──女子の胸部をお目にかかるのは初めてだったので、テスト期間中は邪念が入って勉強に身が入らなかった。両親からもあの日はどうだったのか執拗に聞いてくるし。
それでも自分の顔面を殴って誤魔化し、回想を振り払いながら、なんとか今日まで戦い抜いたのだ。
「ま、まぁ、ボチボチだな。赤点はないと思うけど」
「あぁ……七海くん、赤点ない感じかぁ、あ、そっかぁ……」
「……」
「…………」
「お前、まさか赤点か」
「い、いやぁ? ま、まだ分かんないもーん! 運が良ければだいじょーぶ! 奇跡、信じてみよ⭐︎」
「今回のテスト記述式ばっかだったけど」
「あぇ〜? で、でも全部埋めたし。てか七海くんのせいだからね!!」
「なんでだよ!」
「さ、さぁ! 生徒カイチョーのとこにいこー!」
「おぉい!」
なんなんだこいつ……?
どうやらまったく勉強してなかったみたいだな。もしくはもう勉強しても手遅れなほどアホなのか。
今日上手くいったとこで赤点だったらどうすんだよ。
やれやれ……とにかく気持ちを切り替えて、作戦に集中しよう。
**
初月とは南校舎とC棟を繋ぐ渡り廊下で合流し、そのまま作戦の打ち合わせを始めた。
友出居高校の校舎は、教室や職員室がある南校舎。
実験室や音楽室などがある実験棟。
そして、図書室や食堂、生徒会室があるC棟の三つで構成されている。
名称統一しろよ。
「作戦を説明する! まず、ワタシと七海くんでいい感じに生徒カイチョーを追い詰める! その様子をういちゃんが隠れてスマホで撮っておいて、さらに追い詰める! 以上!」
「雑っ! 最後の作戦会議だろ、もうちょっと細かく詰めないとダメだろ」
「いやー、そんなこと言われても、適当にあしらわれる可能性があるからねー」
「じゃあ、どうすんだよ」
「ふっふっふっ、七海くん。ワタシはちゃんと保険を用意しておいたのだよ。何があっても動揺する秘密兵器をね〜」
「秘密兵器、だと……!? ごくり……」
「はい、これ」
俺は日向から白色の布を渡された。
「なにこれ」
「生徒カイチョーのパンツ」
「どわぁっしゃい!?」
パンツを上に放り投げたらそれが偶然初月の顔に被さってしまった。
彼女は無音であたふたしているところを日向に取ってもらう。
「何で氷水のパンツがここにあるんだよ!」
「これはワタシが潜入した時にこっそり持ち帰ったものだよ」
「だからなんで持ち帰ってんだ!」
「生徒カイチョーの弱みを握るためだよ〜。これを七海くんが被って踊ってることに動揺した生徒カイチョーを動画におさめるのさ!」
「弱み握られてんの俺なんだけど!?」
「えー、どうせ一つ二つあったところで同じでしょー?」
「軽犯罪を含むなよ!」
ったく、考えてきた作戦がそれかよ窃盗犯め。
そんなアホなことを思いつくくらいなら勉強をしろ。それとも勉強してないからそんなアホなことしか思いつかないのか?
『ひなたちゃん、さすがにそれは……。下着はダメだよぉ、返そぉ……?』
初月がオロオロとしながらも止めようとしてくれる。
こいつのせいで、一人ベッド下にて怖い思いをさせられただろうに。俺も悪いけど。
「えー、そっかダメかぁ〜。じゃあいっそ超えてハダカ……んっん! とにかくこれで七海くんがなんとかして!!」
「んな適当な!」
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