Case.31 女の子と朝を迎えた場合


 ──気付けば朝になっていた。


 ほぼ同時に寝落ちしてしまった。

 どちらもこの状況にツッコんでいないわけだし。


 だから、どうして、どうやって、どういうわけで──ワタシは七海くんに抱かれているのかなぁ!?

 七海くんめっちゃぐっすり眠っちゃってるし!! 幸せそうな顔してるし! 


 ……七海くんがワタシを抱き枕にして寝たのかな? 困ったもんだね〜! 

 まぁ、ワタシも起きた時、七海くんに抱きついていたけど……。

 しかも、左腕が七海くんの下敷きになってるから抜けないし……。



「────ガッぁ!? ……んぁ?」


 七海くん起きた!? 

 寝たふりしよ──


「……え、こ、これはどういう状況だ……?」


 ふっふっふっ、驚いてる驚いてる。照れてる照れてる。ワタシと同じリアクションだねぇ! 

 こういうのは先に煽るが勝ち……!


「ふわぁ……おはよ七海くん。あれれ〜? なんでそんなに近いの? そしてなんで抱きついているのかなー?」

「はっ!? いや、ね、寝相だろ!?」

「都合のいい寝相だな〜。寝顔は幸せそうだったよ〜」

「んなわけ──なんで俺の寝顔分かんだよ。日向も起きてたんじゃねぇの?」


 ……やっちゃった!?

 寝起きは頭が働かないなぁ……!


「い、いやぁ、委員長として先に起きてても寝たふりしないとだからね……!」

「関係あんのかよそれ?」

「てか、いつまで抱きついてんの!」

「ぐぇ!?」


 ワタシはあいていた右手で七海くんの顔を押しのける。

 もう! 七海くん相手に隙を見せてたよ。危ないなーもうー!


「さっ、さぁ! ういちゃんを助けに行かないとね! もー、きっとういちゃんは助けを求めてるからね!」

「いてて、そうだな。確か氷水は早朝よくジョギングしてたはず。もしかしたら初月さんが出てこれるかも」

「わーおストイック〜」

「あいつはそういう奴だ。ったく、首いてぇし」


 自称イケメンのポーズみたく首を押さえて、本当に痛がってる。

 ごめんね。口では言わないけど。


「じゃあ、さっさと着替えていこ!」

「ちょ、お、おい!?」


 ワタシは七海くんがいても気にせず着替える。

 ま、下着くらいどうってことないよ! 恥ずかしくないし、ついでに「七海くんはムッツリスケベさんだねー」って煽ってやる!


「おやおや〜照れてるの〜? 下着で照れるとか七海くんったらお子ちゃまだなぁ〜」

「そ、それは今の姿を見ても言えんのかよ……!」

「ん?」


 ワタシは腕を上げっぱなしにしながら、下を見る。


 スポーン


 下着……付けてなくない!?


「んんんん!? あ、ぶ、ブラジャーは、夜は付けない派だから、だから……えっと……さすがに恥ずかしいかな……?」


 七海くんは気を遣って、こっちを見ずに何も喋らないし。

 ワタシは急いで借りてたパジャマから制服に着替える。



「じゃ、じゃあ、迎えに行こぉ……! レッツゴォォ!」


 ワタシがすぐに飛び出すと、七海くんも黙って付いてきてくれる。

 とりあえず勢いで誤魔化したけど、顔赤くなったのバレてないよね? バレてなきゃいいなぁ……。




   ◇ ◇ ◇




 ──ということがあった。

 とは初月には決して言わなかった。


 もちろん初月にはお望みどおりすぐに家のトイレを貸してあげた。

 両親がホテルに泊まっててよかった。初月まで見られたら二人の高血圧が加速してしまう。


「トィレ、ぁりがとぅござぃました……」

「ぜんぜん大丈夫だよ〜」

「俺ん家だよ。それにしても初月さんはどこに隠れてたんだ?」

「ベ、ベッド下に……一晩中……」

「おー、なんかスパイみたいだね〜」

「スパイっつーか、ストーカーというか、まぁ犯罪者に変わらないんだけど」

「ぅぅ、わたしはとんでもなぃ罪を……」

「そ、それでも見つからず無事で良かったよ! 悪いな、日向のせいで」


 日向を見れば、わざとらしく顔を背ける。

 初月さんが置いて行かれた顛末はさっき日向から聞いた。

 お前は窓から跳び降りられる野生児でも、普通の女子は無理だからな??



「ぁ、でも。氷水さんの失恋の原因、分かりました」

「ほんとぉ!? ナイスういちゃん!」


 初月は氷水家で知ったことを教えてくれた。

 氷水はとある声優の大ファンであること。そして、その声優が結婚したことがストレスで、鬱憤を晴らすかのように強く注意していたのではないかと推測される。


「じゃあ生徒会長が実はオタクと言いふらすって脅せば……!」

「いやー、それは使えないでしょ」

「どうしてだよ」

「別に何が好きでもいいじゃん。〝好き〟に恥ずかしいなんてことは一つもないから。誰かが好きなものを笑うなんて、好きを否定するみたいでワタシはイヤだなぁ」

「そうか……、そうだな」


 好きを否定するのはなんか違うか。

 なんだかんだで日向は、俺や初月が恋人持ちを好きになったことを否定せず、失恋更生するまで付き合ってくれた。

 きっとそれが彼女のポリシー。

 そして、失恋更生委員会のモットーにも反する行為。

 やめておこう。これは俺の失言だ。


「そぅですよね……ごめんなさぃ。氷水さんは声優さんを祀る祭壇の前で下着姿で号泣しておられましたが、使ぇないですよね……」

「それいいね!!」

「やっぱりど畜生かお前! ってそれはどういうこと!?」


 詳しく聞けば、オタクはオタクでもかなりの限界オタクなようだ。


「好きなものは勝手だけど、好きという表現はほどほどにしないと、周りに迷惑がられたりするからね。特に今は生徒カイチョーとして抑圧されている状況……いつ爆発してもおかしくないよ! その前に失恋更生しないと!」


 日向はもっともらしく言い訳した。

 まぁ、ストーカーとかメンヘラとか、同じ好きでもアプローチの仕方では、犯罪まで繋がることもあるからな。分からんでもないけど。

 あれ、俺たちは……いや一旦忘れよう。



「よぉーし! じゃあまた作戦考えよー! 決行はテスト最終日の放課後ね!」


 テスト期間中にもう生徒会活動はないようだ。

 直帰する氷水とは話せないし、そもそも相手にもしてくれないはず。

 だからテストが終わり、疲労したところを狙うらしい。卑劣過ぎない?


 それに、さすがに俺たちもテスト勉強しないとヤバい。

 赤点を取ったら補習でそもそも活動できなくなるから。初月も塾に行くみたいだし。

 俺も今日は徹夜で頑張るか……。




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