Case.27 見てはいけないものを見てしまった場合
……結構な時間が経った。
助けは来ない。
『今日は友達の家に泊まる、かも』と一応母に連絡は入れておいた。
けど帰りたい。初月は泣きそうだった。
そんなことはつゆ知らず、一人黙々と勉強し続ける氷水。
区切りが付いたのか、席から立ち上がって背伸びをした。
氷水の学年順位は常に一桁。ここ最近のテストではずっと三位をキープし続けている。
(努力し続けているなんてすごいな……)と、初月が感心しながらベッド下から覗き込もうとしたら、スカートが急に目の前に落ちてきて声をあげそうになる。
氷水が着替えだし、制服のスカートをベッドに投げ捨てたみたいだ。
見てはいけない……ただ、同性であるから見てはいけないこともないけど、やはり不法侵入している身なので見てはいけない。
でも、チラリと見えた胸の大きさに思わず見入ってしまう。
自分もあれだけ大きかったらな……と、つい羨望の眼差しを向けるが、あったらきっとベッド下には隠れられていない。
……あった方がやっぱり良かったかもしれない。
いまだに初月の存在に気付く様子はない下着姿の氷水は、そのままベッドによじ上る。
壁とベッドに挟まれた本棚を横にスライドさせると、なんと向こう側に空間が出現した。
隠し空間に驚くも、きっとここに失恋の原因があると踏んだ初月が体勢を逆向きに変えると何かを踏んだ。
「…………〜!?」
「……なに?」
声にはならない声に、ベッドを挟んで真上にいる氷水に気付かれてしまった。
(通報されちゃう!? どどどどどどうしよっ!? ひっ!?)
どうすることもできない初月の眼前、氷水の手がベッド下の淵にかかる。
(お、終わった……)
「──なんだ、マサムネか。そんなとこにいたのね。もう、驚かせて」
氷水が見つけたのは初月、ではなく猫だった。
モッフモフの猫。さっきベッド下にいた毛玉の正体はこの子だった。
見つからなかったことに安堵したのも束の間。
「──政宗ぇ……うっ、うぅぅ……!」
氷水は枕に顔をうずめて、号泣しだした。下着姿、猫を抱えて、という何とも言えないビジュアルでだ。
号泣理由はクローゼットの中にあった。
壁や天井にビッシリと貼られたある男性の写真。
男性に関する小物の他にも、様々な男性アニメキャラのグッズが所狭しに飾ってあった。
これはまるで祭壇──氷水が祀り上げている男性に既視感を覚え、彼女の言葉から名前をスマホで検索した。
少年から老人までを演じ分けられる幅広い声域を持つ実力派の超人気声優だ。
祭壇にいたランダムなキャラクターたちの共通点は、その声優が声を担当したこと。
そして一昨日、一般女性と結婚した。
「どうじでぇぇ! どうじぢぇなの政宗ぇぇ……!」
阿鼻叫喚は止まらない。涙に鼻水に汗、身体中から体液が溢れるのも止まらない。
氷水はオタク。しかも限界突破した限界オタクだった。
「沙希ちゃーん、ご飯できたわよ〜!」
「……っ! 今行く!」
一階から呼びかける母の声にピタリと涙を止めた氷水は部屋着に着替えて、自室を出て行った。
大好きな声優が結婚したことによる失恋──そのストレスで他者への当たりが強くなったと考えられる。
これが、彼女の抱える失恋。
母の前では気丈に振る舞うことと厳重な祭壇設備からも、オタクであることを誰一人として打ち明けず、隠し通してきたのだろう。
(早くこのことをみんなに伝えないと……! あ……充電が……。……え?)
氷水がいなくなったのを機にスマホで連絡しようとするも運悪く充電切れ。
さらには猫と目が合ってしまった。
──少しでも動けば襲い掛かるぞ。
そう言いたいかのような眼差しでジッとこちらに狙いを定めている。
ベッド下から出られずにしばらく狼狽えていると、食事を終えた氷水が帰ってきてしまった。
ずっと自室で彼女は日付を跨ぐまで起きていたが、初月に限界が来てしまい……隠れたまま寝落ちしてしまった。
その後氷水に気付かれないまま、ベッド越しに一夜を過ごすこととなった。
**
寝落ちしてしまった初月が目を覚ました時には、氷水はいなかった。猫もいない。
登校時間までにはまだ早いが、このタイミングをさすがにもう逃さなかった。
音を立てずに靴を履き、玄関から飛び出した。
あの日ステージに立った時よりも勇気を出したかもしれない。
「あ、ういちゃん! 良かった無事で!」
隣家の七海宅前には二人が待ってくれていた。
「初月さん大丈夫だったか!?」
初月は激しく二度頷き、そして頭を下げた。
「いやいやそんな謝らなくても……! 日向のせいだからな全部」
「はい。ういちゃん。拡声器だよ」
『あ、ありがとう』
まだ明朝なので、最小音量で拡声器をつける。
『えっと、ひなたちゃんもここにいるってことは、七海くんのお家に泊まってたの?』
「えっ!? う、うん。ういちゃんが心配だったからね……!」
『……? 何かありました?』
「えぇ!? ワタシたちは、特に、なにも、なか……ったから。うん、大丈夫だよ! ういちゃんに何もなくてよかったなぁ〜ははは〜!」
どこかよそよそしい態度の日向。
それと七海もそっぽを向いて顔を赤くしていた。
(あ、これは……なにかあったな……)
色々と聞きだしたい、詳しく何があったか知りたいけど、その前に初月はどうしても……したいことがあった。
『あ、あの……七海くん……』
「えっ、どうした……!?」
初月は左手で七海の腕を掴む。
『と、トイレ……貸してくださぃ……』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます