Case.25 仲間を置いてきた場合
「──はい」
「え……」
目の前に数学の参考書がある。
あー、えっと氷水を呼び止めるために偽装告白して、フラれて、それを沙希母に詰められて……何で参考書?
「え、って何。参考書借りたいんじゃないの?」
「いや、な、なんでもない……」
「あっそ」
あーそっか。氷水はただ参考書を取りに行っただけか。
え、何事もなく??
てことは、どうやら日向たちが部屋に侵入したことはバレてない……?
すると、階下からトイレが流れる音が聴こえてきた。
「ふ、ふぅ〜! スッキリしたー。今回のはすっごい大物だったなー。あ、おトイレありがとうございましたー!」
日向が階段下に現れた。
どうやってか部屋を脱出しトイレに駆け込んだみたいだ。
「いいえ〜」とこちらもいつの間にか背後に回り込んでいる沙希母が返事をする。
なんだ……夢か?
「あー、じゃあ、お邪魔したし今日は帰ろっかー!」
「は? メロンは?」
「いや、テスト期間だし勉強しないとまずいしなー」
「七海くん七海くん。ワタシはメロン食べたいよ」
「いいから帰るぞ! じゃあお邪魔しましたー!」
逃げるように階段を下りて、食い意地を張る日向を外へと押し出した。
「周一くん」
だが、沙希母が俺を呼び止める。
金縛りに遭ったみたいに体が動かなくなった。
一段、一段と下りてくる沙希母……背中にズッシリと大きな二つのメロンがのしかかる。
硬直したままの俺の耳元で、再び囁く。
「これからも沙希ちゃんをよろしくね」
「あ、はい」
「それと……沙希ちゃんに近付く男がいたら必ず私に報告してね。沙希ちゃん自身に恋する気が今はなくても、今後もしかしたらそのような相手が現れるかもしれない。もし、報告を怠ったり、あるいは周一くんが裏切って手を出そうものなら……このこと、周一くんのお母様に言うからね」
「誠心誠意努めさせていただきます!!」
氷水家に来て、弱みを握られたのは俺の方だった。
**
「ふぅ、何とかバレずに済んだみたいだね」
「あ、あぁ。そうだな……てかいつの間にトイレにいたんだよ」
「生徒カイチョーが帰ってきたのに気付いて、すぐに窓から脱出したんだよー」
「えっ、二階から跳び降りたのか!? よく無事でいたな」
「ふふん♪ 失恋更生委員会の委員長として鍛えてるからね!」
「全然筋が通ってねぇんだけど。それであとは隙を見て玄関から入ってトイレに一度隠れたのか」
「そゆことー! ……ん? なんか臭くない? これって失恋しゅ──」
「体臭だ。そういえば初月さんは?」
「んぇ? 後ろに……」
日向は振り返るが、そこに初月はいない。
しばらく立ち尽くす俺たち……え、嫌な予感するけど。
出会ってから初めて口を噤む日向は、汗を流しながらこっちに向き直る。
「……置いてきたかも」
「置いてきたかもって……はぁ!? まだ氷水の部屋にいるってことか!?」
「うーん、そういうことになるね」
「どうすんだよ!?」
「そりゃもちろん、助けに行かないと!」
「けど、どうやって──」
「あ、ういちゃんからRINE!」
日向のスマホの通知音が鳴り、急ぎ内容を確認する。
『まだ部屋にいます。けれど見つかっていないので、隙を見つけて抜け出します……!』と顔文字付きで送られてきた。
初月はRINEでは絵文字や顔文字をよく使う。
「ういちゃん……キミのことは忘れないよ……」
「お前が置いていったんだろ」
「だって、生徒カイチョーがこんなに早く帰って来るって思わなかったもーん!」
「まぁ、俺たちにテスト期間活動するなって言ってたくらいだし、少し考えれば分かったことだったな。とにかく初月さんと連絡は取れるし今んとこバレてないようだけど、心配だな……」
「うーん、そだねー。とりあえず七海くんがもう一度家に行って、二人の気を引いてきて!」
「ぜっっったいやだっ!!!」
あんなトラウマ級に怖い目に遭ったというのに、行けるか!!
「えっ、何でそんなに震えてるの?」と日向が少し引くくらい、RINEでスタ連された時のスマホくらい俺の体は震えていたらしい。
「うーん。じゃあ、ういちゃんがいつ出られてもいいように近くで待ってないとね。とりあえず七海くんの家に行ってもいい?」
「まぁいいけど。……え?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます