Case.23 潜入する場合


 その日の放課後。

 俺は氷水家のチャイムを何年振りかに鳴らした。


『はーい。あら周一くん久しぶりね〜。それと……』


 いつも来る時は親と一緒だったが、まさか……


「はじめまして! 七海くんと生徒カイチョーの友達の日向日向です!」

「ぅ、ぅぃ……ですっ……」


 こんな声量が対照的な奴らと一緒にくるとは。


『あら、沙希ちゃんのお友達なのね? ちょっと待ってて〜』


 とインターホン越しに言って出てきたのは、糸目が特徴的な氷水沙希のお母さん。

 昔から思っていたが、本当に綺麗な方だ。うちの昭和の母とは大違い。

 四十代後半であるはずなのに若々しく、今でも街でナンパに遭うとかなんとか……。


「「おぉ……」」


 あと、おっぱいがデカい。

 その存在感に圧倒されて、日向と初月は黙りこくってしまった。

 遺伝子は着々と娘にも受け継がれている。


「お、お久しぶりです。沙希のお母さん」


 普段、あいつのことを氷水と名字呼びであるが、同じ氷水家の人を呼ぶ時は昔から沙希の○○としている。下の名前で呼ぶのはむず痒い気持ちになるんだよな。


「たまたま、あの、美味しいメロンがありまして、よければお裾分けにと思って、来ました」

「あら〜ありがとう〜」


 そんなわけない。これは俺が駅の百貨店で買った物だ。

 後で割り勘になるよな!?


「あ、そうだ。よかったらうちで一緒に食べましょう。きっと沙希ちゃんももうすぐ帰ってくるはずだから〜」


 沙希母の性格上、そう誘いが来ることは読んでいた。

 普段の俺ならここで断るが、


「あ、じゃあお言葉に甘えて……」

「メロン食べます!! わーい!」


 今回はご一緒することに。

 日向は食う気満々で沙希母よりも先にリビングへ。

 一方初月は日向の分も含めて、邪魔にならないよう下駄箱下のスペースに靴をちゃんと並べる。

 おいこら、行儀の良さが出てるぞ。


「じゃあ、早速切り分けてくるから少し待っててね」


 リビングのテーブルを囲んで座った俺たち。

 沙希母がメロンと共にキッチンへと移動する。


「よし! さっそく生徒カイチョーの部屋に潜にゅ!?」

「うるせぇよ……! 沙希母にバレるだろ……!」

『氷水さんの部屋で待てるかお願いしたらダメですかね……?』


 初月の声量なら、鼻歌交じりでメロンを切り分ける沙希母に聞こえないだろうが、一応スマホに入力した文章を見せてくれる。


「それは難しいな。氷水は自分の部屋に友達どころか家族すら入れない。それを沙希母は分かってるから、俺たち三人で行っても部屋に通してくれねぇよ。だから沙希母は俺がリビングで引き止めているから、ちゃっちゃと探りを入れろ。くれぐれも静かにな」


「ぶぶっぶー」って、日向は俺の手で口を塞がれたまま「分かったー」って言った。


「初月さん、もし日向が暴走したら止めてくれ」


 初月は頷くが、本当に大丈夫かな……。


「生徒カイチョーのお母様! トイレ行きたいですっ!!」

「ぁ、わた……」


「どうぞ〜」とメロンを切り終えた沙希母に承諾されて、二人はリビングを出た。

 記憶を頼りにあいつらに伝えた氷水家マップに従うならば、今頃日向たちは廊下にある階段から二階へ上がっているはず。

 上って一番手前にある扉には『SAKI』というネームタグが子供の頃からぶら下がっており、そこがターゲットの部屋だ。

 小さい頃、沙希父に作ってもらったという話を聞いていた。

 高校生になったからといって、それを捨てるようなことをあいつはしないからな。


 無事にバレずに調査を終えられるのか……心配だなぁ……。



「沙希ちゃんは高校ではどう? 周一くんはお話したりするのかしら?」


 沙希母は切ったメロンを並べた大皿を持ってきては、俺の正面に座った。


「いやー、俺はそんなに……最近久しぶりに話したくらいすね。まぁ、向こうは生徒会長でみんなから信頼されてますから大丈夫ですよ」

「あらそう、それは良かったわ。けれど……」

「どうかしたんすか?」

「……ここだけの話なんだけどね。昨夜から、沙希ちゃんなんだか悲しそうな顔しているの。それこそ誰かに相談していたらいいのだけど……」


 さすが母親。娘の小さな違和感に気付いていたか。


「ねぇ、周一くん。何か知っていることはあるかしら」


 日向曰く失恋の原因が昨夜あったようだが、何かまでは沙希母も把握していない様子。

 ……うーん、これ以上情報は引き出せないか。

 ダメだ、何話したらいいか分からずメロン食べbotになってしまってる。メロン美味っ。

 あー、食べ終わる頃くらいには、早くあの二人帰って来ねぇかな。


 ガチャッ


 ……ん? ガチャッって言った? 

 日向と初月は帰って来たのか? ……わけはなさそうだな。振り向いてもリビングに入って来てはいない。


「あら、沙希ちゃんが帰ってきたわね」


 ……えぇっ!? 早くない!?

 生徒会はテスト期間中であろうとも、来月の文化祭準備で仕事があると事前に調べていたのに!?


「ただい……は?」


 出迎える沙希母を追いかけて玄関に向かえば、そこにいたのはやっぱり氷水沙希だった。

 ど、どうする……このままでは氷水の寝室で日向と初月が出くわしてしまう……!

 何か考えなければ……! ヤバいぞ!?


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