Case.15 みんなの前で告白する場合


 体育館にいる全員が初月に注目している。

 そのことを確認した彼女は、両手で拡声器を口元まで上げる。


『あ! はぅっ!? うぅ……っ』


 思ったより音が大きく出たのか、初月はビックリして、拡声器の音量を調整する。

 そして、もう一度息を整えて、心を落ち着かせて、彼女は想いを口に出し始めた。


『あ……雨宮くん。あ、あの……こんにちは。二年六組の初月ユウキです』


 最初に何から切り出したらいいか分からない初月は、自己紹介してしまった。


『わ、わたしが今こうして立っているのは、その、雨宮くんに伝えたいことがあって……わ、わたしは去年の体育祭のときから……、えっと……』


 初月は想いを語り出すものの、肝心の〝好き〟という二文字が出てこない。

 しどろもどろになる初月を見て、次第にクスクスと嗤いだす人や、疑問と侮蔑を混ぜたような表情を浮かべる人が徐々に伝播していく。


 だが、こうなることは目に見えていた。

 いきなり部外者が出てきたと思えば、アワアワしながらただ突っ立っているだけ。

 こんなのおかしいに決まっているだろ。

 もし俺もそこにいるなら、周囲に合わせて嘲笑っていたに違いない。

 きっと雨宮も同じ。


「みんな、少し静かにしてほしい」


 だが、初月の想い人はそんな人間じゃなかった。

 彼の一言に皆がすぐ黙る。


「彼女は、僕に何かを伝えるために今あそこにいる。きっとそこへ立つまでに相当な覚悟があったはずだ。だから笑って欲しくない。彼女の覚悟を笑う人は僕が許さないよ」


 驚いた。そんなことを平気で言えるのか。

 けれど、雨宮は本気でそう思っている。相手の努力を認め、そして讃えるような人間であった。

 そりゃ、これだけ真っ直ぐに言える人に優しくされたら好きになっちゃうか。


 雨宮は初月の方へ改めて向き直ると、きっとその表情で何人も落としてきただろう微笑みで優しい言葉を使いだした。

「もう、大丈夫だよ」「もし初月さんの気持ちが整ったらゆっくりでいいから話してごらん」「しっかりと想いを受け止めるから」などと甘い言葉をかける。

 彼もこれから何を言われるのか察している。


 初月は胸に手を当て、深呼吸をする。

 それから拡声器を床に置いた。


「……ずっと……ずっと前から好きでした……! わたしと、付き合ってくださぃ……!!」


 初月は何にも頼らず、自分の声で想いを伝えた。



「──ありがとう初月さん。けれど、ごめん。僕には彼女がいるんだ。彼女のことを大切にしたい。だから初月さんの気持ちには答えられない。ごめん」


 初月は頷き、黙ってその言葉を受け止めた。


 初月ユウキはたった今、好きな人にフラれた。


 分かっていた。付き合っている彼女を捨てて自分に振り向いて貰えるなんて、そんな甘い話も奇跡もない。そんなことをしない人だと分かっていた。

 けれど、辛かった。

 泣きそうになるもなんとか涙目で堪える。


 しかし残酷なようだけど、そんな初月のことをもう雨宮は見ていなかった。

 彼の隣に立っている人こそ、バスケ部のマネージャーでもあり彼女でもある雲名奏音くもな かのん

 雲名も最初は浮気や略奪されるかもと色んな感情に押し潰されそうになっていたが、杞憂に終わった今はうっとりとした表情で雨宮と見つめ合ってんんんっ!?


「どうしたの七海くん。そんな顔したってゲルニカの一員にはなれないよ?」

「あ、雨宮の彼女って、雲名さんなの……!?」

「うん。……あぁー、そういえば七海くんが告白したのってだったねー」

「し、知らなかったぁぁぁ……!!」


 結局、あの後も誰と付き合っていたとか調べていなかった。

 だって知ってしまったら、嫉妬に狂った俺がその彼氏に何するか分かんないからだ。


 じゃあ、俺と初月はとあるカップルをそれぞれ好きになっていたってことかよ!?

 くっそぉぉ〜、あそこが別れたり、そもそも付き合っていなかったら、カップルは二組になっていたのに! 幸せは多い方がいいだろ! 

 ……って、いやいや彼氏彼女がいないからって付き合えるわけじゃないんだ。自惚れんな俺。

 それに、俺にとってはもう過去の女……! これ以上気にすることも関わる必要もない。


「ぐっ……まぁいい。とりあえず当初の目的は達成したから、次は励ますんだろ? 何するのか決めてるんだろ?」

「もちろん! あっ、七海くんは先に本部に帰ってていいよ。ういちゃんはわたしが迎えに行くねー」

「分かった。じゃあ後でな」


 フラれた彼女を全力で励ます。

 ここからが失恋更生委員会の本領発揮だ。


 まぁ、また無茶させられそうだけど……ひとまずは告白を終えたんだ。

 一旦、一件落着ということで。

 俺は体育館を後にしようとして踵を返し──数歩進んだ先で、足を止めた。


 ……あれ、何で止まったんだろう。それは、俺の中で納得いかない部分があるからだ。

 本当に、これで良かったのか……?

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