Case.16 傷付くことを望む場合


 ──本当に、これで良かったのか……?


 確かに初月は予定通り雨宮に告白し、そしてフラれた。

 彼女は自分の声で想いを伝えた。

 正々堂々、正面から告白したのだ。

 ここまでなら、美談のように聞こえる。

 ならばどうして「付き合って」の言葉も言った? ただ勢いで言ってしまっただけと考えられるし、元々そうやって告白練習もしていた。

 けれど……初月は最初、こんな感じのことを言っていた。


 フラれることで〝好き〟を忘れたい、と。


 改めて考えても、そんな言葉を付けては告白現場を見ていた奴らから、彼女を奪おうとする悪女だと思われるじゃないか。

 雨宮の手前、黙認された状況ではあるが、本当にこのままで済まされるのか?

 雲名も今は雨宮に見惚れているが、のちに考え直した時に彼女がどう動くか分からない。

 雨宮は自分を好きでいてくれても、害をなす者として初月を貶めようと動くかもしれない。


 これらは全て可能性の話だ。別になんら問題がなく、このまま終わることだってある。

 そうだ、考えすぎだよ。

 

 ──けれど、もしも俺のように噂のような事実が学内に広がってしまえば、尾ひれの付いたデマのせいで、初月が必要以上に傷つけられるのではないか。

 それって、雨宮を好きだったことを一生忘れられないのではないか?


 それに、わざわざこんな人前で実行する必要もなかったはず。

 告白には、告白する人間とされる人間の二人だけで事は成り立つ。第三者はいらない。

 どうして初月がこの場所とタイミングを日向に頼み、その言葉を選んで告白したのか分からない。

 ここまで彼女が傷付く必要はあったのか。



「よしよし、準備は……あれ、七海くん戻ってきたの!?」


 持っていた紙袋の中身をガサゴソと漁る日向。

 俺に気付いてすぐに隠すが、何を企んでやがる?

 ただ、今はこいつのアホな作戦とかどうでもいい。


「日向、初月さんから何を頼まれたんだ」

「えぇっ!? いやー、それはプライバシーというかー女の子だけの秘密というかぁ〜」

「日向」

「っ……。はぁ、七海くんはほんとしつこいね〜」

「うるせぇ……!」

「でも、そういうとこが優しいんだよ。しつこい優しさだねー」

「それ褒めてないからな。モテない奴が一番言われるのも優しいだからな?」

「はいは〜い。手短に説明するよ。ういちゃんの本当の覚悟を」

「本当の覚悟……?」

「ういちゃんはね、別にフラレたから傷付いたんじゃないんだよ。傷付きたいからフラレたんだ」


 ……言っている意味が分からない。

 日向は話す。昨夕、俺を追い出した後に本部で繰り広げられた、秘密のガールズトークの内容を。



   ◇ ◇ ◇



「──えっとー、つまりどういうこと?」

「わたしは自分に罰を与えたいんです。彼女がいる人を好きになってしまった。その罪を償うためにも」

「それでみんなの前でフラれて、傷付くの?」


 初月はコクリと頷いた。


「……やっぱりそうだったんだね。おかしいと思ったんだよ~ワタシたちを見て逃げないなんてさー。どうやら普通はこういうのと関わりたくないみたいだしー。……ずっと何かキッカケを探してたんだね?」

「日向さんたちを利用したみたいですみません……」

「ううん、いいよいいよ! 元々そういう組織だし! ういちゃんの覚悟はわかったよ。でもね、別に誰かを好きになることは決して罪なんかじゃない。恋人がいる人を好きになったからって誰も責めたりしないよ! だから──」

「ごめんなさい」 


 初月は深く頭を下げた。


「こんな感情、わたしと一緒に消してほしい。お願いできますか?」



   ◇ ◇ ◇



「──ういちゃんは自分を罰したいんだ。元々居場所がなくなるくらい、こっぴどくフラれたかったんだよ。彼女がいる人を好きになってしまった。それを罪として、自分に深い傷をつけたかった」


 初月は元から成功も失敗も求めていない。

 ただ、自分を罰したかっただけ。


「何でもっと早く言わなかった」

「言ったところで七海くんに何かできる? 委員長であるワタシでも止められなかったんだから。これは、ういちゃんが決めたことだよ。ワタシたちはただ応援するだけ」


 一足先に違和感に気付いた日向には白状し、それも踏まえた上でこっぴどくフラれるようこの現場を頼んだ。

 俺たちと出会ったことは偶然に過ぎず、きっと罪人が更生するように、彼女の中では既にこうすることをどこかでもう決めていたのだろう。


 これが初月の覚悟。

 彼女がそれを望んでいたこと。

 つまり、俺たちは彼女の望みを叶えたことになる。


 ……だから、これでいい。これでいいんだ。

 彼女が泣こうとも、この先イジメられて孤独になろうとも、俺たちがそばに居て励ましてやろう。

 失恋してしまったけど、きっと次はいい出逢いがあるよ。と。












「──いいわけないだろっ!!」


 それが俺たちのすることか? 違う!

 傷付くことは必要か? そんなものなくていい!


「な、七海くん!?」


 あの日向ですら動揺するくらいだ。

 解散して部活動に戻ろうとした全員の意識を、一斉に俺が引き受ける。

 まだ、この失恋劇は終わらせない……!

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