Case.13 覚悟を決めた場合


「──俺には彼女がいるんだ。だからごめん、ありがとう」

「……ぁ、ぅ……」



「──はい、カーット!! ういちゃん、ここは堪えて~。泣くのはワタシたちが来てから。今は『そっか、ごめんね。変なこと言っちゃって。また明日学校で』的なことを言わないとー」

「……む、むずかしいよ……」

「ここで変に相手に気を遣わせたら、ういちゃんが更生しても相手がずっと気になって気になって、結局浮気とかに繋がっちゃうかもしれないよ。今後、変なもつれを起こしたくなければ、ここでキッパリスッキリさせないと!」

「ぅ……ぅん……」


 発声練習二日目。

 ずっと一緒にいて音量に慣れてきたからか、徐々に初月の言葉が聞き取れるようになった俺たち。

 それでも声はまだ小さく、一部わからないところもあるが。


「はい、もう一回! アクション!!」


 いつの間にやら胡散臭い映画監督の格好をした日向はカチンコを鳴らした。


「……雨宮あまみやくん。わ、わたしは雨宮くんのことが好き、です……」


 集積所で見たあの男は雨宮って名前なのか。

 くっ、羨ましい奴め!


「俺には彼女がいるんだ。悪いが付き合えない」

「……そっか、ごめんなさい。変なこと言っちゃって……い、今のは忘れて……」


「はいカーット!! うん。まぁなんか、いいんじゃないかな」


 なんと最後は適当な……。

 まぁ、フラれる準備と段取りはできたか。


「あり、がとう……いろいろ手伝ってくれて……」

「それが失恋更生委員会ですから! じゃあもう夜遅くなってきたし、今日はここまでだね。応援してるから明日告白してね」


 初月は頷く。

 が、すぐに自分がとんでもない決断をしてしまったことに気付く。


「あ、明日!? いきなり本番って心の準備とかいるだろ……」

「フラれるのわかってるのに準備とかっている? いるのは覚悟だけだよ。覚悟なんて後にも先にも決めれば同じなんだから」

「そりゃそうだが……」

「延ばせばういちゃんはその分ずっと苦しむだけ。告白なんて両想いなことを改めて確認する儀式でしかないからさ。どうせ失恋するならいつでもどこでも変わらないよ」


 そういうものなのか……。俺は改めてあの告白までの自分が自意識過剰であったことを思い知る。


「……します。わ、わたし……明日、告白します」


 初月は既に覚悟が決まっていた。

 なかったのは俺の見届ける覚悟の方だったか。



   **



 一緒に帰宅する前に初月がお手洗いに行っている間、俺は色々と日向が散らかした物を片付けていた。

 日向は教室の椅子をユラユラと傾けながら、机に肘ついて座っている。お前が散らかしたんだから、お前が片付けろよ。



「……フラれるの分かってて告白するなんて、初月さん結構強いよな」

「そだねー」

「早期決着させるつもりかもしれねぇけどさ、結局はうまく行くってこと分かってんだろ?」

「んー? どういうことかな七海くん」

「男ってのは馬鹿な生き物だからさ。どんな奴でも自分を好きでいてくれるのは嬉しいもんなんだよ。ましてや告白までするわけだし。浮気……遅かれ早かれ雨宮って奴が今の恋人と別れたら、次は初月がその枠に入るってことだろ。それってつまり成功とも言い切れるだろ」

「七海くん、最初から何言ってるか分かんないし、つまんない」

「なんでだ!?」

「最初からずっと言ってるでしょ。ワタシたちは失恋更生委員会。失恋した人を応援する組織だよ。恋愛成就させようなんて微塵もないもーん」

「なら、なんのための告白特訓だったんだよ。俺たちは一体何を応援してたんだ」

「ずっと言ってるじゃん。覚悟だって」

「覚悟……? 告白することか? いやそれともフラれる覚悟か?」

「……ま、明日はも用意してるからだいじょぶだいじょぶ! 七海くんは見てるだけでいいからさ!」


 日向はそう言ってケタケタと笑った。

 秘密兵器って何するつもりだ。

 まさか、フラれたのをなかったことにするために爆弾でも投げて、その場をめちゃくちゃにするつもりじゃないだろうな!?

 こいつならやりかねない。冗談が冗談であってほしい。


「それに──あ、おかえりー」


 何かまた話そうとしていた日向だったが、初月が帰ってきたからこの話は終わりだ。

 もう外は真っ暗。一緒に帰ろうと、俺が本部を出ると──


「あ、七海くん先帰ってていいよー。今からワタシたちはガールズトークするから、ねー!」

「ぇ、ぁっ、はぃ……」


 ……なぜか、ハミられた。

 日向が本部の扉を勢いよく閉める直前まで、初月は感謝の意を込めて頭を下げてくれたけど、急にボッチになってしまった俺は悲しい。

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