Case.11 相手に恋人がいる場合


「えっと……そこの自販機で買ったお茶です」


 公認の部室ではないので、当然お茶セットがあるわけない。

 彼女は財布を取り出して、払おうとしてくれたが、「いいよいいよ! それ委員会からの奢りだから!」と日向が断った。俺個人のポケットマネーだけど。


「じゃあ、まずはお名前を聞こっかな! なんてなまえー?」


 聞き方雑っ。既に友達みたいな言い方だな。


「…………ゥ…………」

「ん?」

「ぅぃ…………」


 声が小さくて聞こえねぇ……。

 恥ずかしがり屋なのかな。それにしても息遣いしか聞こえないんだが。


「んー、なに言ってるかわかんないから半分おさげ……略してハンゲでいい?」

「女の子にそれはなんかダメだろ!」

「はぅっ……!?」


 痺れを切らした日向に対しツッコんだら、その声でこの子をビビらせてしまい、余計に縮こまって喋れなくなってしまった。


「あ、ご、ごめん……! そうだ、スマホ。スマホで名前を打ってくれないかな?」


 俺がそう言うと、彼女はスマホを取り出してくれる。

 ここ、友出居ともでい高校は授業中でなければスマホの持ち込み・使用OKだ。

 入学した当初は持ち込み自体禁止だったので随分緩くなったものだ。


 彼女はスマホのメモアプリに文字を打ち込むと、こちらに見せてくれる。


初月ういづきユウキ……。で、読み方は合ってるのかな?」


 聞くと、初月は何度も頷く。


「そっかー初月さんって言うのか。じゃあ、ういちゃん」


 馴れ馴れしっ! ニックネームで呼ぶの早くない!? 本人もいきなり命名されてビックリしてるし!?

 と、ツッコめばまた初月を驚かせてしまうので押し黙る。



「ういちゃんはさっきまで一緒にいた男の子が好きなんだよね?」


 頬を赤く染め、ゆっくりと頷く初月。


「それで告白してフラれたと」


 今度は難しい顔で首を横に振る初月。


「え、告白してないのにフラれたってことか?」

「なるほどなるほど。そういうことだったのかー」

「どういうことだ?」

「体重の比重が下に固まっている七海くんにも分かるように説明してあげるとだね」


 おい、俺の頭はスカスカなのか。

 こう見えても地に足付けて頑張ってたんだよ。


「ういちゃんは、告白する前から諦めてるんだよ。きっと理由は相手に恋人がいるとか、そんなところかな?」


 溜めて首を縦に振る初月。

 そうか。恋人がいる人に告白してもフラれることは分かっている。相手にとっても迷惑でしかないし、それによって嫌われるかもしれない。

 似たような経験を俺も半月前に体験した。

 もっとも俺と初月は、恋人がいることを知っていたか知らなかったかと大きく違うが。


 だから初月は俺らに頼もうと考えた。

 この気持ちを忘れたい、更生させたいと。


「分かったよ、ういちゃんの気持ち。つまり、どうするべきなのか……」


 ──日向、お前は初月をどう励ます。



「寝取ればいいんじゃない?」

「最悪な答え!? ええええっ何言ってんの!? 初月さんも驚いてんだろ!」

「えー、それが一番簡単だと思うよ。男の子なんて女の子の数増やせるもんなら増やす生き物だし。ハーレム大好きでしょー?」

「そんなことねぇよ! いや、ほんと違うから。初月さんも俺を見て怖がらないで!?」


 知ってただろ、日向はこんな奴だって! 

 デリカシーを海に不法投棄するような奴だぞ!


「まぁまぁ。冗談は捨て置き」


 ほんとに捨てるな。


「好きな気持ちを忘れたい、だっけ。それはね、簡単なことじゃないんだよ。ういちゃん。忘れるためには一度酷く自分を傷つけなきゃいけない。このままずっと何も言わず、苦しみ続けるか。それともいっそ告白して傷ついて死んじゃうか。ういちゃんはどうしたい?」


 日向は真面目なトーンで尋ねた。

 初月は自分の気持ちと相談して、考えて、そして答えを打ち出した。


『傷付きたい。気持ちを伝えて、ちゃんと終わらせたい』

『任せろ!』


 いや、お前は普通に喋れるんだからフリップ使うなよ。どっから出したそれ。


「めーいっぱい傷付こう! その後は任せて。ワタシたちがういちゃんを更生させるから!」


 初月は大きく頷いた。

 どうやら方針が決まったようだな。


 まずは初月が想い人に告白する。

 そして、傷付いた心を俺たちが応援して、失恋更生させる。

 わざわざ俺たちで壊してから直すなんて、無料と称して急にやって来た悪徳業者がエアコンの点検で壊して高額請求してくるようなやり口に似てないか?


「名付けて! 当たって砕けて貼り直せ! ういちゃん失恋大作戦だよ!」


 貼り直すとか、花瓶壊した子供じゃねぇんだから。


「じゃあ行くよー! えいえいおー!」

「おー」

「ぉぉ…………」


 初月も恥ずかしそうに、一緒に拳を突き上げてくれたのだった。

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