Case.5 クラスから浮いた場合
ヒソヒソと、人体にとって有毒なこの音は昔から嫌いだった。
自分の陰口が言われているのかと思って卑屈になってしまう。実際に俺が対象だったことは一度もなかったけど。そもそも噂する程の人間じゃなかったし。
でも、今回は間違いなく俺について。
やはり告白してフラれた噂は広まっていたか。
きっと発信源は俺を振ったあの子だろう。
一年以上かけて築いた立場が一夕にして崩れ去った。
むしろこんなことで壊れるなんて、ははっ、やっぱり分かんないや、人付き合いってのは。
イジられることも励まされることもないまま、昼休みまで俺は孤独に過ごしていた。
「──七海くーん!」
これからボッチ飯か……誰にも見つからないよう隠れて食べられる場所を探さないと……でも、トイレはやだなぁ……。
「七海くんったらー」
いやいや普通に気にせず教室で食べればいいじゃないか。
別に少しすれば今まで通り戻ると思うし、案外誰も気にしてなかったりするからな。
「おいおーい、七海くん聞こえてるー?」
とか言われているくせに、机の周りには誰もいないんだけど。教室にいる生徒はみんな隅の席に固まってお弁当を食べているし。
今まで一緒に食堂へ行っていた友達は、いつの間にかいないし。
え、失恋ってここまで人を孤独にするの??
「七海くんって、もしかして耳にワイヤレスイヤホン埋まってる? 耳鼻科行った方がいいよぉ!!」
「うるせぇな! 聞こえてるよ!」
今日、初めて話しかけてきたのは、つい昨日知り合った奴だった。
「おぉ! それは良かった!」
出会って一日も経っていないが、とにかく騒がしい奴だってことは分かった。
身長は150cmあるかないか。女子高生としては低い部類だろう。
首辺りまである髪の長さに、トレードマークともいえる太陽のヘアアクセサリー。
パッチリとした目。黙ってれば美人そうだが、握り拳が入るくらいに口を大きく開けて「わー!!」とよく叫ぶ。やかましい。
「七海くーん! やっぱりボッチだね!」
「うるせぇよ! 大声で言うな!」
「陰口よりかは直接言った方が心象は良くない?」
「傷心しきってるんだよ、こっちは! 応援する組織なら励ませ!」
と、日向と話し出した頃から、周りがまたヒソヒソと喋り出す。
「……もう新しい子?」「……誰彼構わず話しかけてみてるみたい」「……必死だな」「……あの子って、一組の日向さんじゃない?」「……シンプルに七海無理」
とは言ったものの、よく聞こえるんだよなぁ……!
自分への悪口って世界一よく聞き取れるから。
それともう一つ、俺の他に日向の話題も上がっていた。
こいつって有名人なのか? 俺は全然知らないけども。
まぁ、こんなに騒がしいのがいたら目立つだろうな。
「七海くん旗は?」
「家だよ。持って帰るのめちゃくちゃ恥ずかしかったぞ」
「そっかー。持って帰ってくれたんだね。ありがと」
日向は少し大人な感じで微笑みかけた。こいつ、こんな顔も出来るんだな……。
「ま! ワタシの家にいくらでもスペアあるからいいんだけどねー!」
こいつ……! なんちゅうゲス顔で笑ってんの!? じゃあ捨てればよかったじゃん!
と思ったが、不法投棄になるのでその選択肢はなかった。
「にしても浮いてるねー」
「お前が来て余計な」
もう堪えた涙で目元の塩分濃度が高まっている。死にたいほど気持ち沈んでるのに、死海ぐらい浮けるから今。
「お弁当はどこで食べるのー? トイレー?」
「真っ先に決めつけんな。……いや、まぁ候補地として挙がっていたけども……」
「じゃあ本部で食べよう! 本部で! これからのこと話したいし!」
「本部? あ、てか俺入ったことになってるけど、それ、やっぱなかったことにできねぇかな……?」
「え? 昨日はあんなにワタシとビショ濡れになりながら動いて、最後には入れたのに?」
ザワッと空気が広がった。
「いや、それはあの時のノリで」
「告白して、フラれて、そのあと誰もいない場所であんなに叫んでいたのに。結構惨めな感じで。二人で濡れながら(はしり)抜いたじゃん」
なんで、走りだけ声を小さくした!?
「ワタシ、入れるの初めてだったのに……」
「メンバーがね!?」
「無理やりだったし……」
「そっちが強引にね!? その表情と言い回しで惑わすのやめろ!」
そんなスカートギュッとされたら、どう考えても周囲に誤解されるだろ!
「てへ」
「てへじゃねぇ!」
「さ、これからのことを話すために本部に行こっか。ちゃんと責任取ってよね?」
悪意しかないぃぃぃ!
日向は俺の手を無理矢理取り、本部に連れて行く。
あぁ、後ろ目痛い……。
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