Case.4 加入させられる場合


 日が沈み、夜空へと変わりかける頃。

 明石海峡大橋の真下をゴールテープに、走り切った。

 が……


「はぁっ、んはぁっ……しんどっ! あと寒っ!」


 この時期にビショ濡れで走れば、当たる風は冷たい。

 満遍なく付着した砂は鉛のように重く、体力を全て持って行かれた。


「ふぅ〜、いい運動だったねー!」


 同じく一緒に走った日向は息切れ知らず。

 濡れた上に寒いはずなのに、そんなことはつゆ知らず立っていた。


「どう? 失恋更生した?」

「失恋更生……はよく分かんないけど。まぁ、心が軽くなった気がするよ。明日からも何とか頑張れそうだ」

「ほんと!? じゃあ失恋更生大成功だー!」


 日向はバンザイして、無邪気に笑った。


「日向、だっけ。ありがとな、励ましてくれて」

「お礼なんて別にいいよ。失恋更生委員会として当然のことだからね!」

「そうか。まぁ、失恋してるとこにいきなり押しかけるのはもうやめた方がいいぞ」

「あー……うん、わかったー」

「分かってないよな!?」

「時には強引なのも必要だからね! ワタシが来なかったらまだウジウジ泣いてたくせにぃ〜」

「そ、そんなに引きずらねぇし!」


 嘘である。

 きっと誰もいない密室に一人引きこもり、号泣して溢れ出た涙に溺死するのがオチだった。


「でもでも、七海くんが元気になってくれて、ワタシはすごくうれしい!」


 今度もニパッと日向は笑ってくれた。

 もし、こんなかわいい子が彼女だったら、毎日明るく過ごせたりすんのかなぁ……。


 いやいやいや!?

 流石に会って一日だ。失恋で頭がおかしくなってる。


 でも、彼女も言っていた。

 新しい恋を明日から始めたっていいのかもしれない。

 俺の恋は今日終わったんだから。



「……ねぇ、七海くん。お話があるんだけど、いいかな?」

「……え? お、おう……」

「えっとぉ〜、えへへっ。ちゃんと言おうとすると恥ずかしいなぁー」

「い、いや知らんけど。俺まで照れてくるだろ」

「たしかにー。七海くん顔真っ赤っか!」


 耳まで真っ赤になったお前に言われたくねぇよ。

 でも、そういうツッコミをする空気じゃなかった。


「じゃあ言うね。あ、あのね、ワタシと──」


 ま、まさかこれって……告白!?

 ここまでは全て壮大なる告白の前置きだったのか!?

 確かに失恋したばかりの奴は、崖っぷちに立つ奴より落としやすいと聞いたことがある。

 だとしても、いつの間に俺のことを好きに……!?

 もしかして一目惚れってやつかな、へへっ。

 まぁ、高校生になってからは色々と見た目には気を遣ってきたからなっ!


 まぁ身を任せて落ちてみるか。俺だって初彼女欲しいし。

 こんな可愛い子なら全然構わない!

 これで俺も花の高校生活の始まりだ!



「──失恋更生委員会として、一緒に失恋を更生させていこう!」

「あぁ! こちらこそよろしく……」


 ……まぁ、そんな気はしてた!


「って、え、なに? 失恋更生委員会に入る? 俺が?」

「よぉし! メンバーゲットー! ふぃ〜緊張したー。いやー、やっぱり今日失恋するだろうなと張ってて正解だったよ。失恋臭凄いし」

「失恋臭ってなに!?」

「じゃ、また明日ねー。あ、明日絶対クラスで浮くと思うけど、めげずに頑張ってね。結構キツイ目に遭うと思うけど! ばいばーい!!」

「ちょっ、最後に傷を抉っていくなぁ!?」


 日向はここから一番近い駅まで走って行った。

「あ、それよろしくねー!」と残した言葉と、デカい旗。

 え、これ持って一人で電車乗るの? せめて一緒に帰ってくれてもよかったんじゃないの?


 こうして俺は、失恋更生委員会の旗持ちとなったのであった。

 ……そういや、ポケットに入っていたスマホ、防水仕様じゃなかったなぁ。

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