Case.2 フラれた現場を見られた場合


「好きだ──ぉ、俺と付き合ってください!」



 あれは必死の告白だった。


 足はガクガクと震え、全身の穴という穴から汗が噴き出て、心臓がミンチになるほどに苦しかった。

 今朝から、なんなら『放課後、校舎裏に来て欲しい』と連絡した昨日から、いいやもっと前に告白しようと決心したあの時から緊張で死ぬかと思った。


 そして名の通りに、必然的に死を迎えた。


「あー……、私、彼氏いるけど」


 呆気なくフラれてしまった。


「えっ、あー、そうなんだぁ〜……へー。ち、ちなみに付き合ってなかったらどうだった……?」


 みっともない、往生際が悪いと思われてもいい。


「んー、ないかな。七海は」

「マ、マジ!? あー、どの辺とかある!?」

「いや、別になんとなく」

「細かいことでもいいんだけどさ。なんかこう、参考になればって、あははー」

「え、しつこい」

「あ、はい……」

「私部活あるから。じゃ」


 粘ってみたものの、振り向いてくれる様子は微塵もなく彼女は校舎裏を去って行った。


 彼女のことが好きだった。

 高校一年生で同じクラスになった時からずっと。


 席が隣で喋ることが多かった。

 授業で分からないことがあったら教えてあげたり、教えてもらったり。

 HRホームルームの時間はちょっと他愛ない話をしたり。

 そもそも最初に彼女から話しかけられた時には、もう好意を抱くようになったんだっけな。


「バカだなぁ、俺は……」


 彼女は誰にでも優しくてノリがいい。

 俺はその〝誰にでも〟の一人にしか過ぎなかった。


 辛い……それだけでなく怒りも沸いてきた──自分に対して。

 なぜなら俺は彼女のことを何も知らなかったからだ。

 どうして彼氏がいることを俺は知らなかった。

 毎日会話を重ねていたのに、俺に何で教えてくれなかったんだ。


 ……いや、俺が知ろうとしなかっただけか。

 それこそ大バカ野郎だ。

 結局俺は、彼女の表面的な所しか好きになっていないんだ。彼女のことを何も見ていない。

 そんな盲目な自分に腹が立つ。


「明日からどんな顔して学校行けばいいんだよ…………」


 必然的に訪れる未来から目を背けたくて、俺は項垂れることしかできなかった。

 これが、失恋かぁ……。





「──顔を上げて!」

「……え?」


 聞こえた言葉に思わず従うと、いつのまにか目の前に知らない少女が立っていた。

 中学生──いや、同じ制服だしここの高校生だよな。敷地内だし。あと……なんか旗持ってる。


「キミは今、告白して、そしてフラれたよね」

「あ、あぁ……あぁ!? み、見てたのかよ!?」

「うん!」

「いつから!?」

「『き、来てくれてありがとっ!』ぐらいから!」

「最初から!?」


 こいつ、俺の失恋現場を見てたのか……!?


「なんだよ……も、もしかして言いふらす気か……!?」

「ううん。そんなことしないよ」

「そ、そうか……」

「そんなことしなくても、どうせ明日には広まってるよ」

「ドゥベシ!!」


 自分でも驚くくらいアクロバティックなブッ飛び芸を披露してしまった。

 なんてことだ……フラれたことがみんなにバレてしまう……!

 が、冷静に考えれば、人気ひとけのない校舎裏であっても誰かに見られている可能性は十分にある。

 それに、彼女がその付き合っている彼氏に報告するよな……。


「……はぁぁ」


 溜息が気にせず溢れる。

 一つつけば幸せが逃げていくと言われているが、既に何十もの幸せを喪失したようなものだ。今さら一つ消えたとこで気にしない。


「ねぇねぇー。失恋したんだよね。ね? ね? したよね!?」

「何でそんなに嬉しそうなの!?」


 人の不幸を見て笑うタイプかよ、ド畜生だなおい!


「明日、学校行くの怖い?」

「まぁ、何言われるか分かんないし。結構頑張って関係を築いてきたからさ……」


 高校でこそはボッチにならないよう、周りの空気に合わせて過ごしてきた。

 話題のトレンドは抑え、身なりは整え、派手にならぬ程度に茶髪にも染めた。喋り方も気をつけて、気持ち悪い自分語りはしないように聞き役に徹していた。

 この一年の努力で、そこそこ友達はできていた……はず。


 けれども、今日で全て崩れたかもしれない。

 気持ち悪がられてしまうだろうか。重い、ねちっこいとか、キモい、勘違い野郎と揶揄されるだろうか。

 まだ、イジッてくれる分にはいいが、ガチ引きや自然と無視されるのはたまったもんじゃない。

 明日からでも同じように接してくれる友達は、俺には果たしているのか……。


「失恋、辛い?」


 俯く俺に覗き込むようにして聞いてくる。


「あ、あぁ……まぁ、ネガティブなことしか考えられないくらいにはな。やる気が何も起きん」

「ふむふむ、それは負のスパゲッティだね」

「負のスパイラルって言いたいのか?」

「賢いじゃ〜ん」

「何でドヤってんだよ」


 ……何だこいつ。とりあえずクラスにはいないよな。一年の時も見かけた記憶はない。

 後輩? いやこう見えて先輩だったりするのか?


「さてさて! ここでワタシの出番!」


 急に大きな声を出した彼女は、唐突に自己紹介を始める。


「ワタシは日向日向!!」

「え!? お、俺は七海周一……。え、なに?」

「ふっふっふっ、聞いて驚くなかれ。ワタシたちは! 失恋で傷心した人を救うため! 理不尽な絶望に打ち克つため! 秘密裏に結成された秘密結社──〝失恋更生委員会〟!」

「し、失恋更生委員会……!?」

「ちなみにメンバーはワタシ一人のみ! メンバー絶賛募集中!」


 風ではためき出した旗には〝失恋更生委員会〟の文字がかなり太字で書かれている。

 秘密結社の割には顕示欲強めだろ。てか、なんだよ失恋更生委員会って。


「じゃあ早速だけど七海くん!」

「な、なんだよ……」

「海行こう!」

「……はい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年11月30日 06:00
2024年11月30日 21:00
2024年12月1日 06:00

失恋更生委員会 杜侍音 @nekousagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画