一つの決断
――その小惑星が地球と衝突することがもはや避けられず、そして現在の人類が持っているいかなる技術もそれを回避することが出来ないと判明したとき、この事実を知る少数の指導者と、科学者と、それから彼らと情報を共有する立場にある人たちは、一つの決断を迫られることになった。
議論は、簡単には決着しなかった。残された時間もわずかだ。だが皮肉なことに、決断に際して前提となる一つの予測については、誰一人として異論を挟む者はなかった。
人類の魂は――もう少し普通の言葉で言えば、人々の精神力は――、小惑星の衝突によって自分たちの存在が消滅するという事実を、受け止めることは
この認識の一致は、結局のところ、指導者たちに一つの答えを選ばせることになった。小惑星が頭の上に落ちてくるなどという絶望しかない事実は伏せ、最期の、最後の瞬間まで、人々には自分の人生を生きてもらおうと。
つまりは、
自分や家族だけが助かる道を探すような指導者は、一人もいなかった。科学者たちも、自らに課せられた重責に必死で耐えた。
誰かが言った。絶望よりは、一かけらでも希望の種があった方がいい。
全員がそれに賛同した。月と火星にある有人基地に向けて、可能な限りの物資と、それから哺乳動物と鳥類の冷凍胚を数ダースずつ積み込んだ宇宙船が ”何気ないこと” の様に打ち上げられた。
もう一隻、用意された無人の宇宙船には、人間たちがこれまでの歴史の中で書き残してきた”言葉”を詰め込んだ。
データの管理者として擬似的な人格――所詮は人らしく作られたプログラムの集積だが――を数人分、用意することもした。
彼らには誕生や死を伴う世代交代を仕込んだから、長い旅の間、箱の中でお互いに言葉を交わし合いながら、人格は少しずつ変化し、そしてもし誰かに語りかけられた時には、送り出した人々に何があったかを伝えることになるだろう。
準備は、慌ただしく始まって終わった。後はその日を待つだけになった。
関係したうちの何人かは、自らの命を自らで絶つ選択をした。ただ巻き添えで死んだ者は一人もいなかった。
ある者たちは、酒や薬の力を借りて、自らを酩酊状態に置くことにした。自分が何を話したところで、それが正気の沙汰ではないと人々が信じてくれるように。
そして、残りの多くの「知る者」たちは、今までの日常がこれからも続くと心のどこかで願いながら、今ある人生を今ある様に生きることにしたのだった。
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