2. レティシアとディエゴ

 北緯 42度 15分

 西経 08度 47分


 ポルトガル、リア・デ・ヴィゴに面した港町。午前6時52分



 レティシアと夫のディエゴを乗せた小さな漁船が、リア・デ・ヴィゴの北側、南に開けた小さな港にたどり着く。

 東から開け始めた空は白々と明るく、レティシアたちと同じ頃に出港した船の姿もあちらこちらに見える。

 北西からのやや強い風が、頬に心地良い。今日はいつもよりたくさんの魚が捕れたから、どんな風でもきっと心地良いはずだ。


 港はいつだって、海から来る船たちを歓迎してくれる。


 この町で育ったレティシアにとって、子供の頃は父親の船の帰りを待つ場所であり、大人になってからは幼なじみのディエゴ――5年前に結婚して夫婦になったが、彼と家族になったという事に未だ慣れない――と一緒に海に出て、それから戻ってくる場所になった。


 信心深いディエゴは、港の突端を回るときに必ず、船首の聖母像に感謝の祈りを捧げる。

 レティシアはディエゴほど敬虔な信徒ではないが、海を畏怖し、海の上で働くということに真剣な夫のその姿にいつも親愛の情を抱く。そして夫に並んで十字を切る。


 今日も、無事に港に戻ってこられました。恵みに感謝します。


 船が速度を落とす。足下からぼんぼんと響いてくるエンジン音に混じって、港で働く人たちのざわめきが船の上まで伝わってくる。


 時々は荒っぽいけど、素朴でお人好しな港の労働者たち。

 少々高い値段で朝食を用意してくれている食堂の女たち。

 漁のおこぼれに預かろうと集まってくる海鳥や猫たち。


 小さいけど、お金持ちではないけれど、活気のあるこの港町がレティシアは気に入っている。

 防水加工された腕時計を見る。ちょうどいい時間だ。

 今日はちょっとだけ、朝ご飯を奮発しよう。塩気の効いたスープを出すカタリナの店に行こう。カタリナ、旦那が調子悪いって言ってたからね。どんな様子か聞いて、ちょっとは励ましてあげよう。

 美味しいものをたっぷり食べたら家に帰って、熱いシャワーを浴びよう。それから寝よう。


 いつも通りの日常、その中で跳ねる小さな幸せ。

 レティシアは隣で賛美歌だか流行歌だか分からない鼻歌を歌い出したディエゴの手を取り、その耳元で今日は熱いスープが食べたいわ、と朗らかに口にする。

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