時計が止まる、5分前
黒川亜季
1. 杏那と光希
北緯 35度 33分
東経 139度 30分
東京近郊のとある町の高校。午後1時52分
いつもなら始まった瞬間から眠気が襲ってくる、午後一の授業の時間。しかも古典。
今日は、眠気なんてこれっぽっちも訪れてくれない。ウトウトしてる間に授業が終わってくれたら、楽なのに。
教科書とノートは開いたまま。そこに書いてあるコトも、先生の言葉も、何一つ杏那の頭には入ってこない。
何なの?
そんなに怒ること?
あんな風に言わなくてもいいじゃん。
――私が、悪かったけどさ。
お昼休みの、ちょっとした騒ぎが何度も心の中でくり返されて、授業にちっとも集中できない。
午前中の授業から解放されて、ちょっとだけふざけて、杏那が何気なく口にした言葉。いつも一緒にいる
何が、そんなに気に障ったんだろう?
光希だって、このくらいのコト私に言ってくるじゃん。
私、怒ったことあったっけ?
ないよね?
このくらい、じゃなかったってコト?
いつものおふざけって言えないくらいの?
――妹さんのコトだから、だったのかな…。
*
「うっわ、ひっど。光希、そのお弁当どうしたの?」
「……どうって?」
「いつものと全然違うじゃん? 何かぐっちゃぐちゃって感じ」
「……」
「……アレ? おーい、光希~」
「悪かったね。お母さん、週末に入院したから。妹が作ったんだけど」
「えっ……」
「私、別のトコで食べるわ」
「ちょっと待ってよ、私、そんなの知らなかったし……」
「杏那には関係ないじゃん。ウチのコトだし。ぐちゃぐちゃで悪かったね」
席を立った光希。取り残される杏那。
ドアに向かう光希が、一度だけ杏那の方を振り返って、それから静かに言った。
「私が朝練で忙しいからって、妹が作ってくれた。初めてだったんだよ、こういうの。私は杏那みたいに笑えないし、笑わない。だから別の場所で食べるよ」
気まずい空気の教室で食べたお弁当は――杏那の母がいつも作ってくれている凝ったキャラ弁は――全然味が分からなかった。
お昼休みが終わるギリギリで戻ってきた光希。杏那の方をふり返りもせずに、席についてしまった。
杏那と光希の席は、5人くらいクラスの子を挟んでいる。授業に集中してるみたいに、振り返りもせず、真面目な顔で前を向いている光希。杏那はその背中をじっと見つめるだけ。
――ごめんね、光希。嫌なコト言って、ごめんなさい。
終わったら、光希が教室から出て行く前につかまえて、それから素直に謝るんだ。だから――。
早く終われ、この授業。光希の背中と黒板の上にある時計を交互に見つめながら、杏那は強く念じている。
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