図書館での体験談②
さて、今回はどこから話したもんかね。まあ大学図書館に向かうところからでいいか。
一限の必修が終わった後、ちょっと時間ができたもんだから大学の図書館に行くことにしたんだよ。
──え?何でって、べ、別にちょっと時間つぶしにと思っただけだよ。特に理由はないけど、文芸部に入ったなら自分の大学の図書館ぐらい見ておいた方が良いだろ?
──いやまあ、確かに今さらではあるけど、別に図書館に行っちゃいけないなんて法律はってちょ、待っ!わかった!わかったからそのスマホから手を離せ!
ったく、相変わらずえげつないことをしやがる。
……ちょっと部室に行くのが気まずかっただけだよ。
新歓コンパからしばらく経つけど、猪狩部長が俺にちょっと良くしてくれるもんだから他の男子部員とか鹿島副部長の目がさ。蝶野先輩とかに睨まれるぐらいなら屁でもないけど、思った以上に猪狩先輩を狙ってたやつが多いみたいでさ。
あの時間は猪狩部長も鹿島副部長も部室にいる時間だから、ちょっと行きたくないなって。
──確かにそんな気にすることないのかもしれないのかもしれないけど、どうも気が進まなくてなあ。
──へ?いやあ……確かに猪狩部長は俺を気に入ってくれてるみたいだし、もしかしたらいけるかもしれないけど……。向こうはちょっとお気に入りの後輩ぐらいの感じでしかないのかもしれないし、俺は別に……。
まあ申川の言いたいこともわかるよ。あんな美人で良い先輩もそういないだろうしさ。俺も他の場所とかタイミングであの人と出会ってたらもしかしたら──って、何でかってお前そりゃあ──い、いや!確かにそうだけど!いやいやいやいや!別にその辺の人たちにも興味は!──ああもう!良いだろ別に!俺が誰を好きだって!
……ったく。まあそんなこんなで部室に居づらいから、ちょっと暇を潰したかったんだよ。
で、俺は今日始めてうちの大学の図書館に入ったんだが、けっこうデカいもんなんだな。うちの地元の図書館なんて目じゃないぐらいの広さだったよ。やっぱり金があるところには本が集まるんだなって実感したね。
俺は特に理由も無くふらふらと図書館の中を散策しはじめたわけだ。大学の図書館なんてのは申川みたいに資料を探しに来るやつとか勉強しに来るやつとかで混み合ってるものだと思ったけど、全然そんなことなかったな。
図書館であるからして中が静かなのは当然なんだけど、日中の時間帯なのに人なんてほとんどいなくてさ。人入りだけだったらうちの地元の図書館の方が多いぐらいだった。
俺も人のこと言えないけど、今時図書館に通うやつなんてそんなにいないのかね。
そんなこんなであらかた館内も回ったところで大体一時間ぐらいかな。随分ゆっくり回ったし途中で気になったタイトルの本を手に取ったりしたからまあそんなもんだろう。
俺はそろそろお昼だし、せっかくだから小説の一冊でも借りていこうかなんて考えて、そこから改めて文庫本のある辺りのエリアを物色し始めたんだ。
まあ当然っちゃ当然だけど新刊なんてほとんど借りられてるか入荷してないかだから型落ち感は否めなかったけど、本自体はたくさん置いてあったからそれなりに興味を惹く小説もあって逆に目移りしちゃってなあ。
あれも良いなこれなんか面白そうだなって考えながら本棚の間をふらふら歩いていたんだが、棚に注意を向けすぎてて人とぶつかっちゃったんだよな。
向こうも俺と同じでまわりを見てなかったみたいで結局お互いの不注意って話なんだけど、問題は俺が男で相手が女の子だったことでさ。
俺はちょっとふらつくだけで済んだんだけど、相手の方はよろけた拍子に転んじゃって、その女の子が呆然とした感じでこっちを見るもんだから慌てて謝りながら助け起こしたんだ。
──はあ……?いや、会話文ぐらいオリジナルでなんとかしろよ。確かにリアルな会話の方が臨場感は出るだろうけど、それじゃ本当にただの体験談──ああはいはいわかったよ。わかったからスマホに手を伸ばそうとするな。
俺は「すみません、全然気がつかなくて!」って言いながらその子を助け起こしたんだけれど、焦りすぎて腕を掴んで強引に引き揚げる感じで立たせちゃって、そのせいでその子の顔が歪んだのに気がついてさらに焦ったよね。
もうこうなったらお互い様もなにもないからひたすら謝ってさ。幸い相手の子もそんなに……というか全然怒ってなくて、なんなら助け起こしたことに感謝して「いえ、むしろありがとうございます」なんて言われちゃってさ。
そんな感じでなんとか女の子に乱暴する最低野郎のレッテルは免れたってわけ。
──そうそう結局この後その子に乱暴することにって違いますう!同意があったから合法ですう!むしろ相手の方から積極的に……いや、この話はよそう……。
とにかくまあ、そうやって藤野さんと出会ったんだよ。
そこでごめんなさい、良いよで何事もなく終わっていたらその後のあれこれはなかったんだけどさ。
藤野さんがちょっと足首を捻ったみたいだったから近くのデスクに座ってもらって、俺のハンカチを濡らして足首にあてて応急処置をしたんだ。
その時にだんまりだとあまりにも気まずいから名を名乗って改めて謝ってみたりして……考えてみると質の悪いナンパみたいなコトしてるな、俺……。
──いやいやいやいや!ないないないない!た、確かに藤野さんはけっこう可愛いのにおとなしめというか押しに弱そうな感じが男受けしそうだなとかは考えたけど、そういうことは別に──けどこの後ってそれはさっきやったわ!
……ごほん。それで、この時にはじめて藤野さんの名前を聞いたわけなんだけど、俺も申川と同じ勘違いをしてフジノは下の名前だと思ったんだよ。さっきも言ったけど俺は女の子の名前を気軽に呼べるタイプじゃないから、苗字の方は?って聞いたら藤野さんが「苗字が藤野で名前は桐花きりかなんです」って。
……なんだよ、今の流れに笑われるところがあったか?
──違えよ!偶然話の流れでこうなっただけで別にフルネームを聞き出すために惚けたわけじゃねえ!ナンパなんかしたことないし女の子とだってたいして交流したことなかったわ!そんなスキルがあったらこんなザマになる前にもっと上手く……!いや、なんでもない。今さら言ってもしょうがないからな、こればっかりは。
で、藤野さんが歩けるぐらいに回復したタイミングでちょうどお昼休みの時間になったんだ。
それをきっかけに解散できればと思ったんだけど、藤野さんもまだちょっと歩き方がちょっとふらついてたから心配で「もうちょっと休んでいた方が良いんじゃない?」って聞いたんだよ。
そしたら藤野さんが「座っているだけなら食堂でご飯を食べながらの方が良いですので」っていうからさ。じゃあせめてもの罪滅ぼしに食堂まで送ってお盆を運ぶぐらいはさせてくれって申し出たら、「そこまでしていただくのなら、一緒にお昼をいただきませんか?」って苦笑しながら言われちゃってなんだか気恥ずかしいやら申し訳ないやらだったなあ。
それでひょこひょこ歩く藤野さんについて近くの食堂に入って、俺がふたり分の注文をテーブルに運んでお昼をご一緒したんだ。
でさ。お昼に話した会話の内容は要点だけ話すことにするよ。なにしろ会話の内容が藤野さんの好きな海外の小説に片寄ったせいで人命も作品タイトルも正確に思い出せないからな!
──仕方ないだろ!俺は海外の小説は苦手なんだよ!
とりあえずそこで話して藤野さんについてわかったことは、俺たちと同じ文学部ってことと同じ一年生ってこと、後は……実家が県内でそこから通ってるってことだな。
──いや、ホントそれぐらいしか聞いてないんだって!後はどんな本が好きかとかそういう話に終始してたからパーソナルな話はあんまりしなかったんだよ!というか、そんな話初対面の女の子に馴れ馴れしく聞けるか!
──ううん、俺の印象って言ってもろくな情報は入らないと思うけどなあ。
外見は申川だって見てるだろう?華奢で線が細くて、教室の隅でひとりで本を読んでるのが似合うタイプ。服装はワンピーススカートっていうのかな、あれは。ちょっと暗い感じがするけどよくよく見ると可愛い感じで、話し方は控えめだけど会話は苦にならなかったな。
ああ、申川と同じで同学年だってわかっても敬語は抜けなかったな。同じ敬語なのに受ける印象はまったく違ったけど。
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