保護した子猫の家族全員に会ったかもしれない。

星町憩

🐈

 二〇二四年八月十三日、つまりお盆が始まったばかりの夜、その子猫はマンションのエントランス、エレベーターの横に保護されていた。

 壁には貼り紙がしてあった。エントランスに迷い込んできていたから住人の誰かに保護されたらしい。盆明けまで管理会社と連絡がつかないから、そこで面倒を見るという旨だ。白いプラスチックのケースの中に水入れとちゅーる入れらしき小さな醤油皿っぽい平皿二枚と共に入れられ、脱走しないようにトレーでゆるく蓋がされている。

 実際にはどうだかわからないのだが私は「この子を保護した人は犬と暮らしてる人か猫と暮らしていてもそんなにまだ慣れてない人なのではないか?」と考えた。だって水入れが平皿なのはさすがに水が足りないだろうと猫と暮らしていたらわかるから(※ここはペット可マンション)。

 今年の夏も暑かったのでエントランスにはごうごうと冷房がかかっていて、その生後一か月前後にしか見えない小さな子猫が体温を奪われないか心配でたまらなかった。私は夜中気になってしまって、ペットボトルとお湯とタオルで湯たんぽを、ティッシュ箱と猫砂で簡易トイレを作り、バスタオルとごはん、ひっくり返りにくい重さと深さのある水入れを持ってエレベーターを降りた。ケースの中を整える間、子猫は私にとてもか細い声で威嚇をしていた。中をウェットティッシュで拭くときに抱き上げたが、力が弱くて爪を立てられてもちっとも痛くなかった。本当に小さい子猫だ。私が楚々とそんなことをしている間に二人組の誰かも様子を見に来て、手に深さのあるプラスチックの入れ物を持っていた。水皿がひっくり返っていたのが気になったらしい。だよね!と私は思った。だよね、それくらいの深さのあるものに水入れるよね! ちょっとそれだとひっくり返っちゃうと思うけど。多分あれはコンビニの、みかん入り牛乳寒天とかが入ってる容器だったと思う。すっごく見覚えがあった。

 その夜私は眠れなくて何度も子猫を見に行ってしまった。貼り紙の感じ、保護主さんが子猫を病院に連れて行ってくれるような気もしなかった。そして結構な住人に撫でられたりしているわけで、人間の匂いのついた子猫をいまさら親猫が受け入れてくれるとも思えなかった。かかりつけの動物病院の盆期間の営業を調べたらなんと十五日に開いている! 予約だけしてみて、様子を見て、もし誰かが子猫を病院に連れて行くのならそれでいいし。……しかし私以外子猫の世話をしてる人はいないようだった。私がやっちゃったから手を出しにくくなったという可能性もある。ともあれ病院に連れて行くのは私だなと覚悟した。そして病院に連れて行くということはもっとちゃんと触るということである。私の家には先住猫がいるし、私は実は汚しがりである(掃除は下手です)。何度か湯たんぽを入れ替えたり様子を見てるうちに、意外と子猫が健康なことには気づいていた。よく保護猫動画で見かけるような猫風邪の酷いのにかかった様子もない。それで私は思った。「よし、シャンプーしよう」。

 家に連れてきてシャンプーをした。力が弱いので抵抗もできない子猫を洗った。めちゃくちゃ黒い液体が洗っても洗っても出てきてびっくりした。一度保護猫の里親になったがその子は保護主さんに綺麗にされていたみたいだったし、他の猫たちもペットショップやブリーダーさんからお迎えした子だったから、シャンプーしたって流れていくのは白い泡しか見たことがなかったのだ。多分六回くらいシャンプーを泡立てたと思う。そしてこの子猫を洗っている間何度もくしゃみが出て、そのうち喘息が出てきた。黒いつぶつぶみたいなのも足とかお尻にいっぱいついていて全部を取り切れない。多分ダニがいてダニの死骸もいっぱい毛の中にいたんだと思う。私はハウスダストアレルギーもちなのだ……

 綺麗にしてから用意していた簡易段ボールハウスに入れた。子猫は震えていたが鳴いてもほとんど聞こえないか細い声だった。段ボールの壁面をよじ登る力もない。子猫が絶対に段ボールの外に出ないからか、先住猫たちは段ボールを気にしてはいたがおおむねリラックスしていつも通り過ごせていた。ちょうど私が五月に別の子猫を新入りさせていて、猫が増えるという体験を直近でしていたから慣れていたのだろうか。

 その後病院に連れて行って、生後一か月くらいだろうと言われたし、男の子だということも分かった。ノミダニ駆除薬をシュッとしてもらったのと、うんちの寄生虫を調べなければならないのでトイレをティッシュ箱ではなくもうちょっとちゃんとしたものにしなければいけなくなったから、いつかの避難のためにと買っていた簡易トイレと一緒にケージに移動させた。一日経ってやっとご飯を食べるようになった。ちなみにノミダニらしき黒いつぶつぶも全部落ちて綺麗になっていた! うんちが出たので後日病院に持っていき、寄生虫がいないと証明された。あとは白血病・エイズ検査であるが、生後二か月後でないと意味がないと獣医さんは言った。つまり一か月間隔離していなければならないということである。一か月も!!

 これらの旨を貼り紙の横に私も書いて提出したのだが、ありがとうございますの文言だけであり、私が保護するしかないのかなあ!となった。ちなみにうちには既に四匹いる……五匹? 五匹!!

 五月参入の三男猫はこの子猫とケージ越しに大変仲良くしていて、二匹はずっと遊んでいた。どうにか猫たちの寛大な協力によって私はこの子猫を一か月保護することに成功し、白血病・エイズ検査をクリアした! 結果は陰性だった。とてもとてもほっとした。なんて健康な子なんだ!! こんなことあっていいのか!? YouTubeの動画とかだとみんなもっとなんか色々あるのにことごとくない!!

 里親探しをしつつ、ひとまず去勢手術まで面倒を見ようと誓う。

 記憶が曖昧なのだが、まだ八月内だったような気がしている。私は同居人のズボンをクリーニングに出すために外に出た。裏道を通るのだが、道の突き当りに郵便ポストがある。そこから右に曲がるとクリーニング屋さんだ。その郵便ポストの近くで私はサビっぽくて二歳くらいっぽい猫に会った。耳の形とか顔の形とか耳の大きさがめっっっっっちゃくちゃ子猫――サモトラケのニケ→サバトラケのニケ、ニケと名付けた――に似ていた。ニケのおとうさんかおかあさんだろうか? 私は気になりつつもとにかく暑くてたまらなかったので早くミッションを終わらせたくてクリーニング屋に急いだ。そしてレジをしているときふと振り返ると

 クリーニング屋の玄関先に、そのサビらしき猫が鎮座している。というか普通に店の中に入っちゃってる。私を見ている。

 そのすぐ後に金額を言い渡されたため私は手元の財布に視線を移さなければならなかった。会計を済ませてから急いで振り返ったが猫はもういなかった。外を見てもいない。クリーニング屋の中に入っていった? でもいない……ええ…………

 とにかくよく似ていた。私はもしかしたらあの子は本当にニケのおとうさんかおかあさんだったのかもしれないと思って、ちゃんと育てているよと心の中で猫に伝えた。


 そして、先刻、である。十一月五日深夜零時を回りました。私は例のポストにレターパックを投函するために裏道を歩いていた。ら。

 ニケがいる。正しくは、ニケにあまりにも毛の感じが似すぎている体格も同じくらいのサバ白の子猫がいる。

 あれっ!? でも子猫は当然私を警戒して距離を置く。怖がらせてもいけないので、もっとよく見たいけれど、とりあえず投函を先に済ませることにした。深夜の真っ暗闇、しかも私ったらド近眼なのにパソコン用の度の低い眼鏡(手元と家の中くらいしかよく見えない)をかけたままであった。スマホすら持ち出していない。写真も撮れないし子猫のことがマジでよく見えない。

 投函をして戻ってくると、子猫は朝の回収を待つゴミたちが並ぶゴミ捨て場に駆けて行った。改めて近づいてみたら、そこになんと他にも猫がいたのである。めっちゃたくさんいる。数えた。ニケくらいの体格の子がさっきのサバ白ちゃんを合わせて四匹(サバ白の子以外はそれぞれ違う感じの模様のブチ)、そして一歳か一歳半くらいの小柄な白猫(ちょっとだけブチがあるがほとんど白い)が一匹だ。

 それにしたってやっぱりサバ白が似ているし、何より体格が子猫四匹ともニケと同じすぎる。もちろんニケはめちゃくちゃ食べるのでその子たちよりはふくよかなのだが、大きさはまったく同じと言っていい。

 どう見ても私には彼らがニケのきょうだい猫で、そこにいるのがきっとおかあさん猫なのだとしか思えなかった。じゃあもしかしてあのクリーニング屋の猫はお父さんの方だったのだろうか。

 白猫の方に、もしかしたらあなたの子猫がうちにいるかもしれないこと、ちゃんと育てていることを話してみた。白猫は何度も目を細めて話を聞いてくれた。子猫たちは私を警戒して一定の距離を取っている。どのみち野良たちなのである程度の距離がないと本当に逃げてしまう。つまり私のこの眼鏡ではどうやってもはっきり見えないということである。そして多分、家に戻って眼鏡を取ってきたころにはいないんだろうなと思った。猫はそういう生き物なのだ。だから私はその子たちに元気でね、長生きしてね、元気でいてねと何度も声をかけた。まともに話を聞いてくれてるのは白猫だけだった感はある。


 帰宅して、呆然として、記録しておこうと思って、これを書いた。

 完全に私の思い込みなのだろうとは思うのだが、それでもなんだかそういう勘というものもあって――どう考えたらいいのかわからない。でも、一つ言えるのは、あれがニケのきょうだい猫たちだったとして、ちゃんとみんなが元気に成長している、全員が無事で大きくなっているということに、なんだか泣きたくなったから、これを書いた。残しておきたかったから。母親猫らしきあの子が全然まだ小さくて若い猫だということにもなんだか泣いた。うちの一歳をとっくに超えている猫たちはもっと大きいから。

 つい先日私は、ニケを、この子を一生面倒見ようと決めたところです。

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保護した子猫の家族全員に会ったかもしれない。 星町憩 @orgelblue

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