第2話「なりたくない」
私は彼と同じく金髪碧眼で、目も大きくつり目で派手な美貌を持っている。それは幼い頃からでもわかるくらいだ。ああ。将来は魔性の美女になるのだろうなと、今から思わせてしまうほどに整った容姿。
幼い頃に記憶を取り戻す悪役令嬢ものを読むたびに、私は常々こう思って居た。
完璧ヒーローなら、悪役令嬢だったとしても話を聞いてくれるはずだし、彼の幸せやメリットを説明すればわかってくれるのでは? と。
今、実際にここで実践している訳だけれど。
私の主張を聞いてランベルト様は右手で額を押さえて、いかにも頭が痛いと言わんばかりだ。すべて事実なのですけど。
「ああ……すまない。あまりにも衝撃的な話が続いて……」
「ええ。そうですわよね。お気持ちは、お察しします。ですが、私たちはお互いにそうする道が良いと思うのです」
「イリーナはここで婚約しない方が、将来的に僕ら二人のためになると……?」
ランベルト様にそう問われたので、私は胸に手を当てて自信満々に答えた。
「ええ。いずれ私はランベルト様より婚約破棄されることになりますし、そもそも婚約しなければ良いのですわ! これこそが未来迫り来る、悲劇の事前回避です」
「僕が君に、婚約破棄を……? 信じられないな。王族と貴族間での婚約破棄など、よほどの出来事がないとあり得ないと思うのだが」
ええ。そう思われると思いますが、ランベルト様が私と婚約すると、その『よほどの出来事』が起こってしまうのです……。
「王太子殿下から婚約破棄されたとなれば、私だって嫁入り先に困りますし……エリサ様が現れるまでの一時的な婚約者ならば、私以外にしてください。大変、申し訳ないんですけれど……」
「……ああ。事情はわかった。今ここで婚約しないとは、明言することは出来ない。僕も父上から婚約者には君が一番良いだろうと薦められているし……君の父上アラゴン公爵はディルクージュ王国社交界でも筆頭とされるほどの権力者だ。二人の意向を、僕は無視出来ないんだ」
王太子なのに、婚約者も選べずになんと不自由な……と、前世の記憶を持つ私は思ってしまうけれど、そういう政治的な意味を持つ側面があるから、彼と私と政略結婚するだったのだ。
「……ですが、私は殿下の婚約者にはなりたくありません」
ここは自らの主張を、ハッキリさせておこうと思った。
ランベルト様は正統派メインヒーローで、誠実で真面目で一途な性格。だとしたら、私を婚約者にすると恋愛感情はないけれど、大事にしとこうと思うでしょう?
そして、彼のことを好きになった私は、嫉妬に狂う悪役令嬢になるの。ヒロインエリサは悪くないのよ。彼女の登場に嫉妬に狂ったイリーナがエリサを虐めて、それをランベルト様が助ける悪循環。
これが、すぐそこにある悲劇。回り回っても悲劇になるなら、開始しなければ良いのよ。回避したいと思うことは、ごく自然な事のはずよ。
「……だが、そのエリサという女性がいずれ現れるという確証は、何かあるのか? 君の話はやけに具体的なようだが、彼女についての情報が、あまりにも少なすぎる」
ランベルト様は私の話を聞いて、エリサの存在が気になってしまったようだ。そして、私も彼の主張を聞いていてとあることに気がついた。
そうよ。エリサは別に異世界転移ヒロインではないのだから、今から迎えに行けば良いのだわ。
「ええ。エリサという女の子は、今は辺境の村に居ます。だから、ランベルト様がすぐにでも迎えに行けば良いと思いますわ。そうすれば、彼女と婚約すれば良いのです。いずれお二人は結婚するのですから」
私の言葉を聞いてランベルト様は苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「……それが、僕にとっては一番に良い事だと、イリーナは思うのか?」
「ええ。ランベルト様はディルクージュ王国王太子で、私たち貴族が尊びお仕えしているお方……いずれ結ばれる女性と幼い頃から一緒に居られるなら、それが一番良い事かと」
「……しかし、わからないな。君が婚約者になってエリサという女性が後に現れる。もし、二人が恋に落ちても、示談金付きでの婚約解消という話なら、まだ僕も理解出来るのだが、イリーナは何も悪くないのに、どうして婚約破棄という結果になってしまうと言うんだ」
ランベルト様は私と婚約していたとしたら、何故『婚約解消』ではなく『婚約破棄』になってしまうのかという理由が知りたいようだった。
未婚の女性にとっては『婚約破棄』は、最大の不名誉。する側だって出来るだけ、それをするのは避けたいと思う事は普通だろう。
「ランベルト様とエリサは、恋に落ちて……私が彼女に嫉妬して、彼女に嫌がらせをするようになるんです。それがだんだんと|酷くなって(エスカレートして)しまい、彼女を殺そうとまで企むほどに思い詰めるのですわ」
それが、悪役令嬢イリーナ・アラゴンの役目。
素敵な攻略対象者ランベルト様ほどの人と婚約してしまえば、恋敵を殺してしまうまで恋をして思い詰めてしまうしかないのだ。
これは、ランベルト様が人外とも言えるほどに魅力的な男性でないと成立しない。しかし、乙女の夢を体現している彼はそれだけの多大な魅力を、創造主という神より与えられていた。
「……それは、君が僕の事を、激情と呼べるほどに好きでないと、成立しない事のように思うんだが」
「ええ。私とランベルト様が婚約すると、そうなってしまいます。誰もを驚かせてしまうほど、おかしくなるくらいに激しく好きになってしまうのです。ですので、私と婚約することを避けて欲しいのです。どうかお願いします」
よく考えれば凄いことを言っている気はするけれど、事実なのだから仕方ない。すんなりと言葉を返し、私はランベルト様の青い目をじっと見てお願いをした。
それを聞いた彼は、これからどうするべきかと悩んでいるのか、無言のままで見返してくる。
しかし、私はここで引き下がる訳にはいかない。
不幸な未来しか待って居ない悪役令嬢になんて、絶対になりたくない。
ここはもう王太子と婚約するしかないなどという方々から掛かる圧になど、負ける訳にはいかない。
「ああ……わかった。しかし、ただこうして話しただけでは到底信じられるような話ではない。君の話の裏は、細かく取らせてもらう。イリーナの知っている限りの情報を、僕に提供してくれ」
ランベルト様はため息をついてそう言い、主張が認められた私は、思わず手を叩いて喜んだ。
良かったわ! ……私は悪役令嬢イリーナ・アラゴンに転生したけれど、無事に悪役令嬢ではなくなった。
立場的にイリーナがとても美味しい事は、誰も否定しないでしょう。
未来の王太子妃となるならと選ばれるからには、容姿だって派手だけど優れているし、ディルクージュ王国随一と呼ばれるほどに権勢を誇り、裕福なアラゴン公爵家に生まれている。
これで、王太子ランベルト様とはご縁は切れてしまっても、私は後悔しない。
すごく好きになったのに婚約破棄されて、お先真っ暗な不幸になって死んでしまうより、断然ましだもの。
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