第26話 深淵の巫女 セリフィアム・エスカ①
長い黒髪に黒いドレスをまとった美しい少女――年齢は不明だが、深淵の巫女セリフィアム・エスカが、リオトに向かい、スカートの裾を優雅に持ち上げ、深々と礼をした。
彼女の動きは一つ一つが完璧に計算されたかのようで、その場にいる全員が自然と彼女に視線を奪われた。
「お初にお目にかかります、リオト様。私は深淵の巫女、セリフィアム・エスカと申します。これからは貴方様のお力となり、忠誠を尽くさせていただきます。どうかよろしくお願い致します」
その言葉に、リオトはごくりと唾を飲み込んだ。
目の前のセリフィアムはゲームの中で何度も見慣れ、愛用してきたキャラクターだった。
しかし、現実に立つ彼女はそれ以上の存在感を放っている。美しさと威厳――彼女が生きていることに、リオトは心の中で何度も確認しようとする。
「リオト様?」
セリフィアムが顔を近づけてきた。彼女の紫色の瞳がじっとリオトを見つめ、まるで彼の心の奥底まで
「あ、えっと……よろしく頼む!」
リオトは大きく息を吐き、笑顔を作ったが、その心は激しく揺れていた。
セリフィアムは彼の反応を見て、口元に穏やかな微笑みを浮かべた。
「ふふ、どうか緊張なさらないでください、リオト様。これからは私が貴方のお力になりますから。何かあれば、どうぞ気軽にお申し付けくださいね」
彼女が目の前にいるという現実に、リオトはまだ完全に対応できていなかった。
――彼女は、俺が愛してやまないキャラクターだった。 リオトは思い出す。セリフィアムはゲームの中で、何度もプレイヤーである自分に向けて、親しみのある言葉を投げかけてきた。「あなたをお守りします」「気をつけてくださいね」
――あの瞬間、自分が特別に選ばれているように感じた。ゲームの中では、彼女は俺だけのものだった。
それでも、リオトは今の状況に戸惑っていた。セリフィアムはゲームのキャラクターではなく、現実の存在だ。彼女にどこか信頼を寄せる気持ちがあるのは確かだが、それがゲーム時代の感情から来ているのか、それとも今の彼女に対してなのか、自分でもはっきりとはわからなかった。
セリフィアムの挨拶が終わった瞬間、背後で「バサッ」という音が響き、リオトは反射的に振り返った。ベルノスをはじめとする深淵の司祭や騎士たちが、一斉に片膝をついて、セリフィアムに向かって頭を下げている光景が目に入った。
彼は反射的に振り返ると、ベルノスをはじめとする深淵の司祭、深淵の騎士、深淵の監視者たちが、片膝をつき、セリフィアム・エスカに向かって頭を下げている光景が目に飛び込んできた。
「巫女様にご挨拶申し上げます。この地でリオト様にお仕えしております、深淵の司祭ベルノスでございます」
セリフィアムは微笑みながら、優雅に一礼した。
「よろしくお願いいたします、ベルノス殿」
その声は柔らかだったが、背後に確固たる威厳が感じられた。
ベルノスは順に他の同席する配下達を紹介していく。
リオトはその光景を見て、自分がこの場の主役ではなく、セリフィアムが支配者のように見えることに気づいた。彼女が彼の配下たちを掌握し、まるで舞台の中心に立っているようだった。
「まるで……俺が従う側みたいだな……」
リオトは無意識にそう呟いた。
セリフィアムはその呟きを逃さなかった。彼女はリオトをじっと見つめ、微笑みながら言った。
「リオト様、それはきっと、貴方が私を信頼してくださっているからです。私がここにいるのは、貴方がそうお望みになったからですもの」
「え......?」
リオトは一瞬戸惑った。信頼? 確かに俺は彼女を信頼している――いや、それはゲームの中でのことだ。でも……今も同じなのか? 彼は心の中で葛藤していた。ゲームのキャラクターとしての彼女と、今目の前にいる生きている彼女の違いを意識せずにはいられなかった。
「……そうか。君がそう言うなら、そうなんだろうな」
リオトは苦笑しながら答えたが、内心ではまだ彼女をどのように受け止めるべきか迷っていた。
リオトは、セリフィアムの完璧な立ち振る舞いに感嘆しながらも、心の中ではまだ整理がつかない感情が渦巻いていた。
彼女はゲームの中で何度も助けてくれた存在。
プレイヤーである自分に親しみのある言葉をかけ、まるで自分だけのために存在しているかのように振る舞っていた。だが、目の前にいるセリフィアムは、現実の存在だ。
彼女はゲームのキャラクターではなく、今は自分と同じ生きた存在なんだ……。
リオトはその事実を自分に言い聞かせた。ゲームの中では、彼女に何でも頼ることができた。だが、今のセリフィアムは、ただの「従順な配下」ではない。
彼女自身の意志を持ち、生きているのだ。
そんなリオトの葛藤を感じ取ったかのように、セリフィアムは優雅に一歩近づいてきた。その瞳には変わらぬ静かな光が宿っているが、リオトには彼女が今も自分を守ろうとしているように感じられた。
「リオト様、これからどうか、私を『セフィ』とお呼びくださいませ。長い名前は少々
セリフィアムが少し茶目っ気を含んだ笑みを浮かべた瞬間、リオトは一瞬戸惑った。セフィ――ゲームの中では親しみを込めてそう呼んでいたが、今ここでそう呼ぶことに不思議な違和感を覚える。
――いや、普段から、ずっと、もっと自然に彼女をそう呼んでいた気がする。
「セフィ……か、いや、そうだな。それがいいかもしれない。これからはそう呼ばせてもらうよ」
リオトは力なく頷いたが、その言葉にはまだ微妙な距離感が感じられた。
セリフィアムは、そんなリオトの態度に気づいたかのように、少しだけ微笑んで彼を見つめた。
「ありがとうございます、リオト様。それでは、今後ともどうぞよろしくお願いいたしますわ」
「……ああ、こちらこそ」
リオトは軽く頭を下げながらも、内心ではまだセリフィアムと自分の関係に対する戸惑いが消えないままだった。彼女をどう扱えばいいのか、自分がどのように接するべきか、まだはっきりとはわかっていなかった。
その時、ベルノスが前に出て、リオトに向かって頭を下げた。
「リオト様、これからの国づくりの件について、セリフィアム・エスカ様のご助力をいただけることは、我々にとっても大変心強いことでございます」
リオトはベルノスの言葉に軽く頷きながら、心の中で再び考え込んだ。セリフィアムは自分にとって、ただの配下ではない。彼女はゲームの中で何度も自分を助け、守ってくれた存在。そして今も、リオトのために全力を尽くすと言っている。
俺は、彼女に期待している。
彼女がこれからも俺を支えてくれると……でも、現実の彼女はゲームの中の存在とは違う。俺が彼女をどう扱うかによって、彼女の行動も変わるんだ……。
リオトは少しずつ、彼女との新しい関係を築くための心構えを決めつつあった。自分がただ彼女に頼るだけではなく、彼女を支え、互いに信頼し合うことが必要だと。
「セフィ、これからも頼りにしているよ。俺一人じゃできないことも多い。君の力が必要だ」
リオトがそう口にした瞬間、セリフィアムの瞳に一瞬、微かな驚きの色が浮かんだ。しかし、すぐに柔らかな微笑みを浮かべ、
「もちろんです、リオト様。私は貴方のお役に立つためにここにおります。どうか、何でもお申し付けくださいませ」
リオトは、彼女の言葉に少し安心を覚えながらも、自分自身にも新たな責任感が芽生えたことに気づいた。
ゲームの中のセリフィアムと今のセリフィアムを区別しなければならない。彼女をただのゲームのキャラクターとして扱うのではなく、今や現実の存在として、彼女の意志を尊重しなければならないのだ。
そしてそれは、セリフィアムだけではない。 あらためて、リオトは思い至った。
自分の召喚した配下たち――ベルノスに他の深淵の司祭や騎士、すべてのユニットたちも同じだ。
彼らはゲームの中の
「俺は……これから彼らをどう導いていくべきなんだろうか?」リオトは自問しながらも、少しずつその答えを見つけ始めていた。自分が彼らを信頼し、尊重することで、彼らもまたリオトを信頼してくれるはずだ。
リオトは深く息を吸い込み、決意を新たにした。セリフィアム、そして他の配下たち――彼らすべてを信じ、支え合うことで、この新しい世界でリーダーとしての役割を果たしていく覚悟を持たなければならない。
「セフィ、そしてみんな……これからも頼りにしているよ。俺も君たちを信じるから、共にこの国を作り上げていこう」
その言葉に、セリフィアムは穏やかに微笑み、静かに一礼した。
「もちろんです、リオト様。私たちはいつでも、貴方様のお力となるためにここにおります」
リオトはその言葉に微笑み返し、彼の中にある迷いが少しずつ晴れていくのを感じた。そして、この新しい世界で、彼と彼の配下たちが共に進む道が見え始めた。
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