第23話 異世界の果てで


邪神を封印するこの地に、自分だけの国を築き上げる――それは、リオトがこの世界に来てEDDエデドの力を手にしたと悟った瞬間から、心の片隅にあった夢だった。


人々が生き生きと生活する光景を目にし、リオトの胸には深い感動が湧き上がった。「ここに来てから、感動ばかりだな……」と、彼は思わず微笑ほほえみをこぼす。


激動の一日が過ぎ、無事に二日目を迎えた。


しかし、残念ながら「人口100人を達成する」というミッションはまだクリアできていない。


最初に作った木の城壁の内側が、国民を住まわせるために建てた家でほぼ埋まってしまい、予想以上に土地を使ってしまったのだ。


これから拠点のランクが上がれば、建設できる建物の種類も増え、軒数も格段に増えるだろう。


しかし、一度建てた拠点を動かすことはできないため、いずれは土地の区画整理が必要になる。


だが、これはリオトにとってストレスではなかった。


建築資材の確保だけが少し心配なだけで、建築自体は彼が持つEDDのシステムによって、あまりにも簡単に進められているからだ。


ただ、懸念けねん点があるのが、果たしてこの世界で文明を広げるにあたってEDDのゲームシステムだけを利用して建物を増やしていていいのだろうか、と。


また、いくつかのサイドクエスト――主に内政に関わるもの――をクリアしたことで、小型倉庫には豊富な資材が揃いつつある。


新しい種類の建物を一つ建てるごとに、その報酬として資材が大量に手に入ったのだ。


特に、獣から取れる素材や石材、鉄鉱石などが大きな助けとなっている。


もっと上位の素材が欲しいところだが、今はまだチュートリアル段階にあるため、初期の素材しか手に入らないのだろう。


しかし、鉄製と革製の武具がそれぞれ10人分、木製の武具が30人分手に入ったことは大きな収穫だ。


今日から木製武器の生産も始まり、武具の貯蔵については問題なさそうだった。


家を増設し、人口が増えたら兵士として徴兵し、協力な兵士ユニットとして運用しなくてはならない。領地を開拓していく段階である以上、戦力はいくらでも欲しい。


目下、戦力としてあてになるのはカードから召喚するユニットだろう。


また、食糧の備蓄についても不安がある。


リオトやベルノスが確認したところ、現在の人口は23人。


今のところは十分な備蓄びちくがあるが、人口が増加すれば、その分だけ食糧の消費も増える。


増加する人口に対応できるかどうかが、今後の大きな課題となっていた。


設置した畑や薬草園や牧畜施設などは、今のところ無事に機能している。


国の民たちは、与えられた仕事に対して特に問題なく取り組んでおり、その動きは非常に手慣れていた。


彼らが仕事に対して十分な知識を持っているのか、あるいはそういった設定がなされているためかは不明だが、すべての作業を無難にこなしている。


その様子を見たリオトは、もしかしたら元は農民や木こり、狩人などの職業についていた人々なのではないかと考えた。


または、EDDの恩恵によって、彼らが仕事を自然にこなせるようになっているのかもしれない。


本来なら、EDDの内政システムには、人口管理や支持率、税金などを管理する画面があるはずだが、パネルを確認してもそれが見当たらない。


おそらく、これもまだロックされているのだろう。

解放されるのは、人口100人を達成した時だと推測している。


だが、土地も領地も今の規模の10倍ほど広がる可能性があり、人口が増えれば拠点のランクも上がり、最終的には小さな城まで築けるだろう。領地もその頃にはさらに拡大しているはずだ。


「もう少し森を切り開ければ、新たに木の城壁を築かないとな……」


リオトは、次に必要な建物や施設の増設を頭の中で思い描いた。


人口が増えると共に、必要な施設も増えていくことになる。どのように配置し、どの施設を優先して建設するか、その計画を練ることがリオトの頭を占めていた。


EDDでは、ゲーム内の時間はリアルタイムではなく、1日が10秒で進むことが普通だった。


一戦で十数年から百年が経過することさえある。

だからこそ、現実の時間感覚に焦りを感じてしまうのだ。


ゲームであれば、もっと早く進めることができるのに、拡張できるのに、と。


しかし、現実の国民には意思があり、それぞれの生活がある。


それが、嬉しい誤算でもあった。


さらに、今後は自動で人口が増える可能性があるという点もリオトにとっては驚きだった。

彼らは決まったデータと数値の上で生まれる魂のない人形NPCではなくなったのだ。


「未来がある、か……」


リオトは、これからこの国がどこまで成長していくのかを楽しみに思い描いていた。


もし、完全なEDDの能力、全ての文明とデッキが解放され、そのユニットや文明の力を使えるようになれば――それは、まさに理想郷のような国を築くことができるだろう。


そして、この世界は、EDDの文明によって圧倒的な力で飲み込まれていくはずだ。



**********



本当ならば、一つずつ人の労力によって築かれるべきなのではないか、とも感じているのだ。


ゲームならば、プレイヤーの手ですべて管理してしまうほうがいい。


だが、ここはゲームキャラクターに命が吹き込まれて存在することが可能な異世界。


リオトの能力で呼び出した彼らがリオトにあったとき、果たして彼らはそのままこの異世界で生きていくのだろうか?


そのほうがいい。


自分が背負うには重過ぎる。


だが、それは現状も同じだ。


つまるとこ、リオトが居なくなった場合、またはリオトがどうしても能力を行使できない状態にある場合、それは外交に出ているとか、意識不明におちいってしまったとか、そういった場合だ。


そうなると、彼らには彼ら自身の手で文明を築いていってもらわねば困る。


だがそれは、贅沢な悩みだ。


今すべきことは違う。

一刻も早く、外敵に怯えることのない外壁と軍事力と、自国のみで自給自足が可能な理想の国家にならなくてはならない。


それがたとえ、すべてリオトの能力で生まれた夢幻かもしれないものでも。


これについては、いずれ知能の高いユニット、もとい国民が集まり次第考えるべきことだろう。



**********



3日目


ピコンッ!


《デイリー報酬:デッキからカードを一枚ドローします》


ピコンッ!


虚空こくうの盾を一枚、手札に加えました》


「スペル.....カードっ!」


今日も、リオトの不貞寝ふてねから一日が始まる。


――――――――――


虚空の盾

種類:スペル(ハイレア)

効果: 指定した味方ユニットに2ターンの無敵効果を付与する。ボス戦で非常に有効。


――――――――――


**********



リオトとベルノスは初期拠点やかたに居た。

もうここは、リオトとベルノス森の試練を乗り越えた者たちにとって家であり、会議室である。


周りの地形や生態系の偵察に出ていたダイヤウルフ3頭が帰ってきており、ベルノスから報告があるということで、リオトが来た形である。


リオトが席につき、一息を入れた。タイミングを見計らってベルノスが報告を始める。


「まずは調査結果ですが、近くに大きな河が流れていることが確認されました。と言いましても徒歩で5分から10分といった距離です。魚などの食料を確保するには十分な規模です。ただし、森の生き物たちもその水場を利用しているため、周りが安全とは言い切れません。また、河はかなり深く、水棲生物もいるようです」


リオトが「おや」と反応する。表情からは興味津々ということがうかがえる。


「水棲生物、か……攻撃的かどうかはわかっているのか?」


リオトは興味深げに問いかけるが、ベルノスは少し困った表情を浮かべた。


「申し訳ございません。まだ詳細は不明です。報告はダイヤウルフたちからのものなので、私が直接確認したわけではありませんので」


「そうか......」


ベルノスの申し訳なさそうな様子を見て、リオトは納得しつつも、この状況では仕方がないと判断した。


ベルノスの言葉通り、リオトの支配下にあるユニット同士は、言葉を介さずとも互いに意思疎通ができるようだ。


それは、ジェスチャーや直感的な伝達に近いものであり、リオト自身も何となく理解できる。


しかし、それでも完璧な情報伝達にはほど遠い。


「(ベルノスは今動かせないし、動かしたくない。となると、やっぱり、言語を話せるユニットが欲しいな……)」


そう考えながら、リオトは頭を軽く振り、欲張りすぎだ、と自分に言い聞かせる。


「水棲生物か……本当は俺たち深淵文明の領分だな」


ベルノスが微笑みながら言う。


「そうですね、深海神殿の支配領域です」


リオトは頷いた。


深淵文明――邪悪な力を司る邪神文明には、もう一つの要素として得意属性に水が存在する。この文明は、闇の底にある深淵や海の深み、あるいは星の中心を象徴していると言われている。


これはファンの間で議論の的になっていたが、いくつかの邪神がその象徴であることは間違いない。


「(EDDでは、水中戦ができるユニットは少ないんだよな……)」


海上戦は船で可能だが、実際に水中で戦えるユニットは珍しい。


だが、深淵文明だけは水中戦能力が突出とっしゅつしており、ユニットの種類も豊富だった。


EDDのプレイヤーたちからは「水泳文明」と皮肉交じりに呼ばれることもあった。


「水泳部はプールに帰れ!」という海に出れないトラウマかかえたプレイヤー達の雑言が、しばしば戦場のチャット欄で飛び交うことさえあった。


「もし、大きな湖か海があれば、僕たちのものにできるかもしれないな。でも、そう簡単にはいかないか……。唯一の敵は、古龍こりゅう文明ぐらいだろうけど、この世界については未知だからなぁ.......ごめん、今は関係ないね。それよりも他に問題は?」


ベルノスは一瞬考えてから報告を続ける。


「近くに攻撃的な生物が何匹かいるようですが、ダイヤウルフ3匹、もしくは私一人で十分に対処できます。距離もまだ離れているため、今すぐ襲われる危険性は少ないでしょう。ただし、素材はともかくとして、食料としてむやみに狩るわけにはいきません」


「わかった。それで十分だ。」


リオトは状況を把握し、冷静に対処する。


ベルノスからの報告には他にも細かな情報があったが、特筆すべきものは特に見当たらなかった。



―――それから約2週間後、リオトの手に運命を左右する「一枚」が引き当てられる。

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