第19話 絆の旗、国の礎②
リオトは、パネルに手を伸ばし、拠点建設のための準備を始めた。
この地に自分たちの国の始まりとなる初期拠点を築き上げるという、リオトにとっても新たなスタートの象徴だった。
パネルを操作し、まずは「初期拠点」を選択する。
周囲に広がる静寂の風景の中、建物の
地形の状態を確認し、最適な場所を決めるために、ゲームのような建築ガイドが緑(可能)、黄色(非推奨)、赤(不可)の3色で表示される。
リオトは少し悩みながら、拠点の設置場所を確定させた。
ピコンッ。
《あなたの勢力の旗を決めてください》
画面に現れたその言葉に、リオトの手が止まった。
「旗」――これから築き上げる国の象徴。それは、彼の新たな決意を映し出すものとなる。
パネルには、いくつもの旗のデザインが表示されている。
一から作ることもできれば、既存のデザインをいくつか組み合わせることもできる。
だが、どの旗も彼の理想とはかけ離れて見えた。
―――ズキッ。
「っ.....ぅ!?」
突然、頭痛が鋭く走った――まるで、過去が無理やり引きずり出されるかのように。
意識が遠のく。
―――なぜ、今、過去が
過去の記憶が、意志に反して脳裏に蘇り、リオトはその深みへと沈み込んでいった。
**********
リオトが思い出したのは、一つのシンボルだった。
ノアの
その中には、渦巻く影と太陽、さらにその中央には、禍々しい眼が不気味に浮かんでいた。
それは、邪教のシンボルにしてもおかしくはないほど異様なデザインだったが、同時にどこか、
それは、リオトがかつてEDDをプレイしていた頃、友人たちと共に作り上げたクランのフラッグだった。
彼らは、たった4人で始めた小さなクランだったが、その旗には大きな意味が込められていた。
クランメンバーは、「BstB」というアルファベットを共通でユーザー名に冠していた。
ストロングボンド。
クランの旗に刻まれた本当の名前は―――
学生が作ったクランにしては、
EDDの世界では、勝利を勝ち取るためには課金と
課金ができない者でも、EDDでは様々な文明を操ることができたが、使いたい文明のカードを必ずしも引けるわけではない。
カードの引きはランダムで、その運命に逆らえない部分もあった。
それでも、リオトたちはエンジョイ勢としてゲームを楽しみながらも、ランキングに食い込むほどの実力を持っていた。
ただ、リオト自身は「ロマン」に振っていたため、戦力的にはかなり弱い部類に入っていた。
それでも友人たちとの時間は、ゲームの結果など関係なくかけがえのないものだった。
―――どうして、俺だけが一人なんだ?
その問いが、リオトの胸の奥を締めつける。
この世界で、彼は孤独だった。
友人たちの姿はどこにもない。
だが、彼は心のどこかで感じていた――もしかしたら、この世界に彼らもいるのではないか、と。
現実へと意識が戻る。
パネルが目の前にあり、国旗のデザインを決めるように迫っていた。
―――もしかしたら、この世界にも彼らがいるのか?
だが、それはただの幻想であり、願望に過ぎない。リオトはそう感じながらも、心の奥底で否定しきれないものがあった。
彼が自分に言い聞かせる。「この世界にいるのは俺だけだ……」
**********
「......リオト様?大丈夫ですか?」
ベルノスの声が、リオトの耳に静かに届いた。
ふと意識が現実に引き戻され、リオトは周囲を見回す。いつの間にか、思考がどこか遠くへ飛んでいたようだ。
「あれ?......何してたんだっけ?」
ベルノスは首をリオトの様子に首を傾げた後、少し考えこみ口を開く。
「リオト様が、そのおそらく、
「え?......っあ、そうだった!ごめん......ちょっとぼーっとしちゃってたみたいだ」
リオトは苦笑し、再び前に向き直る。
パネルを操作する指に、若干の緊張が戻った。
「確か、国旗を作らないといけないんだよな……それで悩んでたんだ」
「なるほど……国旗ですか。それは確かに重要です」
リオトは深いため息をつく。
「そうだろ?これから俺たちの象徴になるんだから、下手なデザインじゃダメだよな」
ベルノスは少し眉をひそめ、考え込むように視線を落とした。
「急いで決めなければならないのですか?本来、国の
「そう思って、他の操作をしようとしたんだけど、どうやらパネルが国旗を決めるまでは他のことをさせてくれないみたいなんだ」
リオトは苦笑しつつ、パネルを指で弾くように軽く叩いたが、それでも他の操作を拒む反応が返ってくるだけだった。まぁ、実際には叩かれてもいないパネルなのだが、しっかり拒んでくるあたり良い性格をしている。
「それは......困りましたね」
ベルノスも腕を組んで、思案するように「うーむ」と
リオトは、その様子に思わず笑みを漏らした。
「お前も真剣に悩んでくれてるのが伝わってくるよ。でも、どうしたものかな……」
ベルノスはその言葉に深く頷くと、一歩前に進み、慎重に言葉を選んだ。
「リオト様、もしよろしければ、私から一つ提案がございます」
「ん?提案?」
リオトが驚いた表情でベルノスを見つめると、ベルノスは続けた。
「我々がこれから築いていくものは、ただの国や勢力ではなく、種族や立場を超えて結ばれる、血のつながりを超えた絆なのではないでしょうか。リオト様が私たちに示してきたその姿勢こそ、確かに私たちの間にある絆、仲間たちとの信頼が、この国の最も重要な価値だと存じます」
ベルノスは杖を手に取り、リオトの前の地面に何かを描き始めた。
砂や小石が動き、複雑な模様が浮かび上がっていく。
リオトはそれを目を凝らして見つめた。
そこには、鎖、騎士、月と太陽、狼、竜、そして中央には神秘的な眼が描かれていた。
「なんか......ちょっと
リオトは、その率直な感想を口にした。
ベルノスは微笑む。
「このデザインは、血の
リオトはベルノスの言葉をじっと聞き、描かれた地面に視線を落とす。
「リオト様、私は貴方と共に戦い、貴方が私たち、単なる
ベルノスの声には、揺るぎない決意がこもっていた。
リオトの目はデザインに引き込まれ、細かい線やシンボルが彼の心に深く響くのを感じていた。
ベルノスの提案は、まさに彼が悩んでいた答えそのものだった。
「……すごいな、ベルノス。お前は俺の考えていることをよくわかってる」
リオトは深く息を吐き出し、地面に描かれた絵を見ながら、口元にわずかな笑みを浮かべる。
「血のつながりだけじゃない……そしてそれは、種族も関係ない.....俺たちがこれから築く国を支えるのは、共に戦い、共に生きるために築かれる絆.....俺たちの国は、そうした絆を持つ者たちが集まる場所に.........なればいいな」
「せっかくの新たな世界での旅立ちです。
「そのほうがきっと楽しい」、そう言って、ベルノスが
リオトは、その言葉に頷く。
「この
ベルノスは深々と頭を下げ、その言葉に満足そうな微笑を浮かべた。
パネルには、いつの間にかベルノスが描いたデザインが複写され、既に国旗として形作られていた。
後は、《この国旗でよろしいですか? はい/いいえ》の確認待ち。
リオトはそれを見つめ、深く息を吸い込む。
そして、確認画面に浮かぶ『はい』の文字に指を伸ばした。
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