第15話 森の試練 白狼公戦⑥


「うぉぉおおおおおおおおおお!」


剣を構えた青年が、雄たけびを上げながら巨大な狼に立ち向かっていく。


ベルノスはリオトの成長を目の当たりにし、彼が戦士として覚醒していく姿に目を見張った。


リオトとガルディウスの戦いを見守りながら、隙をうかがうベルノス。しかし、満身創痍まんしんそういの彼では、もはや彼らの激しい戦いに付いていくことができない。それでも、可能な限り、リオトにシールドとヒールをかけ直し続けた。


戦いに入れない自分に悔しさを感じつつも同時に、あのガルディウスの猛攻を凌ぎ、そのなかでも対応しつつあるリオトの成長にベルノスは鳥肌を覚える。


(戦いの中で、成長なさっておられる......!)


ガルディウスの猛攻。

地面は抉れ、土塊が雨となり降り注ぐ。

その動きの一つ一つが風をまとい、暴風となって土煙を巻き上げ、戦場を包み込む。


その砂嵐の中、白い巨体に向かい、身一つ剣一本で真っ向から立ち向かうリオト。

彼の剣は猛攻を受けて傷だらけ、踏ん張る両足は地面に埋まり、抉れた地面と二足の深い足跡が軌跡をのこし、それを中心として四本の強大な爪痕つめあとが、円形の幾何学模様きかがくもようを描き、戦場に荒々しい地上絵を作り上げる。


それが、この戦いの激しさを物語る。

まさに、神話に登場する化け物と英雄の戦いだった。


――だが、今回は分が悪かった。


リオトは一つ、忘れている。


EtherealエーテリアルDeckデックDominionドミニオンにおいて、白狼公は『森を守護する神獣 白狼公』であって、という名前などない。


かの世界でも、この世界でも、おのれだけの名を持つ存在は、他のケモノとは一線をかくす。


そして、ステータスの上昇。

それは、単純な足し算や引き算ではない。


リオトは忘れていた――いや、理解しきれていなかったのだ。

今、彼が立ち向かっているのは――


もしEDDゲームで遭遇したなら、モニターにはこう、表示されるだろう



――ネームドボス 『 白狼公ガルディウス』。



それは、リオトの想定を超える試練だった。



**********



リオトはいつの間にか、ベルノスが切り取った森の外縁にまで押しだされていた。

彼の呼吸は荒く、全身が痛みで悲鳴を上げている。それでも、彼の目には決して諦める姿勢はない。だが、彼の身体には確実にダメージが蓄積ちくせきし、動きが鈍くなっていた。


風が激しく森を吹き抜け、木々がざわめく。リオトの足元では、無数の小動物が震えながら茂みに身を隠し、空では鳥たちが不安げに鳴きながら飛び回る。森の生き物たちも、この戦いの異常さを感じ取っていた。


彼の心には、またしても孤独な戦いの記憶がよぎる。どこから来たのかもわからず、何もわからぬままこの異世界で生き延びてきた。


だが、ここで倒れるわけにはいかない――まだ見たい、この世界を。まだ生きなければならない。自分が愛したEDDエデドのキャラクターたちが命を得たこの世界を。

その思いが彼の胸を燃やし、ぼろぼろの体を何とか動かしていた。


「くそ……どうすれば……!」


リオトは焦りながらも、ガルディウスの圧倒的な力の前に立ち向かう術を探していた。


白狼公の一撃一撃は、地面を抉り、空気を切り裂く。それに対して、リオトの攻撃は届いてはいるものの、その巨体に刻まれた傷は浅く、致命傷にはほど遠い。


『よくやるな、勇者よ……だが、私を倒すにはその程度では足りぬ......』


ガルディウスの声には確かに挑発の響きがある。しかし、その声の奥には、どこか哀愁あいしゅうのようなものがにじんでいた。


「リオト様、まだ終わっていません!今、助けます!」


ベルノスがすかさずガルディウスの背後に回り込み、杖を振りかざす。

彼の呪文が再び唱えられ、黒い炎の刃がくうを裂いた。


「アビサル、ブレイド......っ!」


黒い炎の刃がガルディウスの巨体を襲う。

だが、攻撃が届く前に、ガルディウスは瞬時にその場を離れていた。


ガルディウスは、リオトを待っていたのだ。自分を倒し、運命を切り開くモノを。

だが、まだリオトは未熟だった。彼が宿命を果たすには、もう少し時間が必要だ。

しかし、ガルディウスはその戦いを望み、同時に終わりを恐れていた。


『貴様がこの試練を乗り越えるか、それとも屈するか……獣か、人か。試練か、勇者か。さぁ、答えを!』


ガルディウスの咆哮が響き渡り、森の木々が震え、鳥たちは空高く逃げ去っていく。リオトのぼろぼろの体もその声に震える。


(この試練、乗り越えなければならない……ここで終わるわけにはいかないんだ!)


「リオト様、大丈夫ですか!」


ベルノスが声をかける。だが、リオトは苦しげな表情のまま、静かに答える。


「問題ない……!」


そう言いつつも、彼の疲労は限界に達していた。

森を吹き抜ける風が冷たく肌にしみ、彼の額には汗がにじんでいた。


あとどれだけ持ちこたえられるのか?せいぜい数分だろう。ベルノスの援護を受けているが、彼も限界が近い。


頭に上っていた血が徐々に冷め、リオトは急に冷静さを取り戻す。


自身の心臓の鼓動だけを静かに感じていた。


――カードを切るしかない。


リオトはパネルを開き、手札を確認する。


「深淵からの贈り物」か、「邪神の封印」か。


深淵からの贈り物は、一時的にユニットを強化するが、その代償として、効果が切れた後のステータスが大きく下がる。今、誰もが傷を負い、限界に近い状態では、リスクがあまりに大きい。


(深淵の贈り物は、今使いたくない……となると、これしかない!)


リオトは迷うことなく、パネルに映し出されたカードに目をやった。


(だけど、これはけだ。俺はあのユニットカードの効果も覚えていない。だけど、一つだけわかるのは......)


この状況を打破する可能性があるとすれば、これしかない――。


もし、このカードでもダメなら、全員で総攻撃をかける覚悟で挑むしかない。

だが、それでは誰かが死ぬことになる。

そんなことは絶対に避けたい。だからこそ、この賭けに出るのだ。


リオトは息を呑み、決断した瞬間、緊張がピークに達する。心臓が激しく鼓動し、鼓膜にまで響くようだ。だが、全身が痛みに悲鳴を上げる中でも、彼の目は決して揺らがなかった。


「……邪神の封印!」


リオトの震える声がその場を切り裂くように響く。ガルディウスを睨みつけたまま、彼の指先がパネルのカードに触れる。手の中の熱が伝わるように、確信と共に力強く選択する。


「……来い、邪神ッ!」


瞬間、闇の気配が空間を満たす。リオトの宣言と同時に、まるで世界そのものが応えるかのように、空気が一変した。大地が低く唸りを上げ、空が黒く染まり始める。空を切り裂くような深紅の閃光が四方八方に走り、辺りの木々が音もなく揺れ、まるで生命そのものが逃げ去るかのように、静寂が訪れる。


目には目を、歯には歯を、運命には神を。


――深淵アビスの神を、この世界に召喚する。

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