第14話 森の試練 白狼公戦⑤


リオトの目の前にそびえ立つ白狼公ガルディウス。

その巨体は威圧感に満ちているが、何より脅威きょういなのは大きさに見合わぬ現実離れしたその動き。まるで風そのもののように軽やかに、そして凶暴なまでの速さで、リオトとベルノスに襲いかかる。


「ベルノス、俺たちはこの試練を乗り越える!」

「リオト様、共にこの試練を乗り越え、勝利を掴みましょう!我らに与えられた使命を、全うしましょう!」


リオトの決意のこもった叫びに、ベルノスも力強く頷く。

だが、そんな二人を前にして、ガルディウスは獰猛な笑みを浮かべている。


『さあ、試練に挑む勇者達よ。その力、我に示してみよ』


その声には余裕が感じられるだけでなく、リオトに対する何か期待するかのような響きすらあった。

だが、それと同時に、ガルディウスの目には戦士としての誇りが宿っていた。


「行くぞ。ベルノスっ!」

「はい。リオト様!背中はお任せください!」


ベルノスは再び自分とリオトにシールドをかけ直す。

リオトは剣を構え、ガルディウスへと突進する。


だが――


リオトの剣が振り下ろされる寸前、ガルディウスはその巨体とは裏腹に信じがたいほどの速さで身をひるがえし、リオトの攻撃を軽々とかわす。そして、鋭い爪が振り下ろされる。


リオトは咄嗟とっさに剣で防御するが、その一撃の重さにひざが砕けそうになる。


「くそ……! 速くて……重い”ッ!」


リオトは歯を食いしばりながら、必死に踏ん張り、再び立ち向かおうとする。

しかし、ガルディウスはその様子を楽しむかのように吠えた。


『その程度か、勇者よ!貴様が本気でこの試練を乗り越えるというなら、もっとその力を見せてみよ!』


リオトが再度剣を振るうが、ガルディウスは目にも止まらぬ速度で次々と攻撃をかわし、反撃の爪を振り下ろす。


何度もガルディウスの連撃にさらされ、リオトの防御は崩れていく。


『私は試練を課すもの……そう容易く負けるわけにはいかぬ!』


巨大な口が開き、噛みつき攻撃を繰り出すガルディウス。

リオトは何とかそれを避けるものの、巨体から放たれる速さと力の圧倒的な差に、焦燥しょうそう感がつのる。


(この体は元の世界よりも強化されているはず……いや、よく耐えている。それでも、こいつの速度も力も異常だ!)


リオトは必死にかわし続けるが、ガルディウスの攻撃は止まることがない。

剣で反撃しようとするも、次の一撃がすぐに襲いかかり、リオトは追い詰められていく。


『グゥォオオオ!』


ガルディウスが咆哮ほうこうをあげるとともに、その巨体はさらに勢いを増して突進してくる。

リオトは後方へ回避を取るが、振り下ろされる前足が視界いっぱいに迫り、間一髪で後退するしかなかった。


だが、ガルディウスの猛攻もうこうは止まらない。


巨大な前足が地面をえぐり、土の雨と鋭い爪が次々とリオトを襲う。

攻撃の間隔はほとんどなく、リオトは反撃の余地も与えられず、必死に回避するしかなかった。


「くそっ、くそっ……!」


リオトの動きが鈍り、焦燥感が膨らむ。


「どうすれば……!」


リオトは焦りと共にガルディウスの攻撃に対応しようとするが、攻撃の隙が見つからない。


(これがレジェンドユニットっ……!巨体にそぐわぬ速さと、この重さ……これが怪物との戦い……!)


リオトは必死に耐えるが、その体力も限界に近づいていた。そもそも、剣など握ったことがない青年がよく持ったといえるだろう。レジェンド――伝説を冠する怪物を相手に。


しかし、ここで諦めるわけにはいかない。

振るえる足腰に鞭を打ち、剣を杖に何度でも立ち上がる。


『貴様がこの試練を乗り越えるか、それとも屈するか……見せてもらおうではないか!』


ガルディウスの挑発に、リオトは背筋を伸ばし、剣を握りしめた。

この試練はガルディウス自身の誇りをかけたものであり、リオトに対して真剣に向き合っているのだということを、彼は感じ始めていた。


どこかで、リオトは感じていた。

最初は忌避きひしていた命の奪い合い。

殺意というもの。


だけど、この白狼公ガルディウスとの戦いは、一方的だった。

だが、だんだんといなし始め、見えてきて、それでも押される戦いに、リオトはどこかEDDエデドでも体験した、どうしても勝てない場面での攻略を模索もさくするときと同じ気持であった。


――時間をかけた。

ゲームをしているのにストレスを感じながらも幾度となく挑んだボスNPCが率いる勢力との戦い。強化されたレジェンドユニット率いる軍勢との戦い。時間を惜しまず楽しんだ。


楽しい記憶を思い出させてくれた。


もう少し、何か後一手があれば――。


だが、相手は試練を課すものと名乗るモノ。リオトの成長を悠長に待ってくれるほどやさしい存在ではない。


この戦いにベットするのは自分自身の命と仲間の命。


「俺は、負けられない……!」


リオトは自らの王ユニットとしての力を信じ、守りを捨てることに決めた。剣を構え、ガルディウスの突進に向かっていく。


「うぉおおおおおおおおおおお!」


ガルディウスの巨大な爪がリオトに迫る。

リオトは剣を構え、ガルディウスの攻撃を受け止める。そして、踏ん張る足で地面をえぐりながらその突進を止めた。


「まだだ……!」


リオトはそのまま右アッパーを繰り出し、ガルディウスの巨大な顔を殴りつけた。小さな青年の体に宿る力は、王の力。レジェンドユニットを従える力。


『クハッ!?』


ガルディウスは思わぬ攻撃に思わず笑みをこぼしながら食らい、顔を大きく上に打ち上げられ、引っ張られるように上半身が浮いた。


(やっぱり……俺は戦える!)


リオトは確信する。自分の身体能力は、ゲームの王ユニットとしてのステータスを反映している。ならば、高い体力と防御力を押し出して、攻撃に転じるしかない。気力さえあれば、立ち上がれる。あきらめなければ、足は進む。


「うぉおおおおおおおおおお!」


力任せに剣を振り下ろし、ガルディウスの顔に叩きつける。しかし、その分厚い毛皮は攻撃を通さず――だがリオトはお構いなしに打撃武器のように剣を叩き続けた。


ひたすらに。


がむしゃらに!


『どこにこれだけの力を……!だが、いッ!』


ガルディウスは驚き、後方へと飛び退く。

だが、その目にはまだ余裕があり、彼はリオトを見据えながら、再び立ち向かってくる。


『いいぞ......いいぞ、これでこそ勇者よ! これでこそ試練!これこそたたかい』


勇者は剣を構え、駆け出す。


「うぉぉおおおおおおおおおお!」

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