第12話 森の試練 白狼公戦③


白狼公ガルディウスの遠吠えが、森全体に響き渡った。

その一声で、木々が揺れ、風が巻き起こる。


まるで森全体が、彼に応じて呼吸しているかのようだ。

彼に従うダイヤウルフたちの咆哮も重なり、空気が震える。


その圧力にリオトたちは全身に鳥肌が立った。

目の前の敵が、単なる強敵ではなく、途方もなく強大で圧倒的な存在と力を持つことが、彼らの本能にうったえかけてくる。


「深淵の力よ、我が声に応じ、守護の壁を築け――シールド!」


ベルノスの叫びと共に、黒い光が渦巻き、リオトたちを包み込む。

シールドに守られているという感覚がわずかに安心感を与えるが、それでも相手の力が尋常じんじょうではないことは明白だった。リオトの胸には、不安と焦りが渦巻いていた。


(この相手に、本当に勝てるのか……?)


リオトは手札のカードを確認した。

4枚のスペルカード……それをどう使うかが勝敗を左右する。


相手のほうが戦力としても、そして数でも勝っている以上、数を減らすしかない今――手元のスペルカードに視線を移し、リオトは戦術を練り上げる。


彼の頭にはゲーム時代の記憶がよみがえるが、この世界ではその記憶がどこまで通用するかは分からない。


だが、今は迷っている暇はない。


「闇の呼び声を使う……!」


リオトは決断した。

闇の呼び声は、一定範囲内の敵を拘束するスペルだ。範囲は狭く、効果時間も限られている。


だが、この一手で、白狼公ガルディウスの動きを封じ、まずは彼に従うダイヤウルフたちを倒すことができれば、戦況せんきょうは大きく変わる。


「闇の呼び声ッ!」


リオトがカードを発動すると、周囲の空間が暗闇に包まれ、白狼公とダイヤウルフたちを絡め取った。

その闇は、まるで生きているかのように、敵を拘束し、動きを封じ込める。


『ぬぅ……!小癪な……』


「……時間は少ないかもしれないが、今がチャンスだ!」


ガルディウスの怒りの声が森に響く。

だが、彼の巨体ですら、その霧から逃れることはできなかった。

黒い霧が彼の巨体を絡め取り、その動きを封じ続けた。

ダイヤウルフたちも同じように絡め取られ、動きを止めている。


(よし……これで少しは時間が稼げる)


リオトはその様子にほっとするが、まだ油断はできない。


リオトの予想では、ガルディウスだけの動きを封じるはずだった。しかし、ダイヤウルフまで動きを封じられたのは嬉しい誤算だった。


だが、リオトはこの異世界でどれだけの効果が持続するか分からない。ゲーム内であれば数秒から十数秒の拘束だが、この現実世界ではどの程度の効果があるのかは未知数だ。


それでも、今、攻めるしかない。

リオトは決断を下し、仲間たちに指示を飛ばす。


「ベルノス! 邪神のしもべ、ナイトシャドウ・ウルフ! ダイヤウルフを倒せ!」


リオトは剣を握り締め、自分自身も深淵の従僕たちとともに、一匹のダイヤウルフへ向かって突進する。

しかし――


「......くっ!」


ダイヤウルフの鋭い眼差しを前に、リオトは思わず手が震えた。

剣を振り下ろすが、その一撃は思うように力が入らず、相手の分厚い毛皮に弾かれる。


キャインッ。


悲鳴を上げるダイヤウルフの声が、リオトの心に深く突き刺さった。


(無理だ……命を奪うなんて、無理だ……!)


その瞬間、頭痛と共に彼の中で過去の記憶がよみがえる。

かつて育てた子犬――黒いチワワが最後を迎えた瞬間。

その時の後悔が、彼の手を縛っていた。


(くそっ……こんな時に……!)


リオトは頭痛とその葛藤かっとうに苦しむ。

だが、戦場は彼に猶予ゆうよを与えなかった。


「リオト様! 闇の呼び声の効果がっ……!」


ベルノスの叫びに、リオトは現実に引き戻される。

闇の呼び声で拘束されていたダイヤウルフたちが、次々に動きを取り戻し始めていた。


(まずい……! 時間がない)


予想よりもはるかに速い、いや、リオトの戦場での体感時間が甘かった。

周りを見渡すと、何体かのダイヤウルフたちが倒れている。見た限りで四体。

だが、その数は予想以上に少ない。


リオトがうだうだと考えているうちに、深淵の従僕がリオトを後方へと引き戻す。リオトが攻撃に失敗し、とびかかろうとしていたダイヤウルフから彼を守るためだ。


リオトはベルノスの傍にまで引く。


『よくも舐めた真似まねをしてくれたなッ!』


ようやく闇の呼び声による拘束から解放されたガルディウスが怒りをあらわにし、大きく遠吠えをすると、木々から緑色の小さな光が収束し、かの狼の輝きが増す。


(まずい……!強化バフだ!)


生き残ったダイヤウルフ四匹もガルディウスに合わせて今にもとびかかってこようと周りをぐるぐると距離を詰めながらにらみを利かしてくる。


ナイトシャドウ・ウルフや深淵の従僕たちが威嚇しているものの、効果は薄い。


――そして、戦況はガルディウスが駆け出すと共に、戦況が一変する。

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