第10話 森の試練 白狼公戦①


大きな足音が地面を揺るがし、圧倒的な存在感を放ちながら、ベルノスとリオトの目の前に現れたのは、EDDエデドでも最上位に位置するレジェンドユニット「森を守護する神獣しんじゅう 白狼公はくろうこう」であった。


その瞬間、リオトの胸に走ったのは一つの言葉。


圧巻あっかん


森を背にしたその巨体は、ただ立っているだけで周囲の空気を支配していた。

まるで、自然そのものが意思を持って立ちはだかっているかのように。

神々しさと恐ろしさが入り混じり、異質な存在が目の前に居る。


白い毛並みは風に揺れ、黄金の瞳が、静かにリオトとベルノスを見据えている。

その瞳は、まるで彼ら矮小なる存在を価値あるものか、無価値なるものかを見定めるかのように見下ろしていた。


「これが、本物の......白狼公......」


リオトは瞬時に思考を切り替える。


目の前の存在を冷静に分析しようと努める。


だが、心拍は乱れ、手のひらに冷たい汗がにじむ。


視界が歪んでいくような感覚。


呼吸が浅くなり、喉がひどく乾いていた。


彼は、かつてないほどの圧力の中で、どうにか冷静さを取り戻そうと自分に言い聞かせる。


好きなゲームであるEDDエデドで数々の戦いを経験していたが、この「白狼公」はレジェンドユニット――絶対的な力を持つ存在だ。


だが、今はゲームの世界ではなく、目の前の現実の恐怖が肌に染み込む。


彼が冷静になればなるほど、絶望的だった。


「っ……こんな状況で、どうやって戦えっていうんだ……」


ここで戦うとなれば、進化したベルノスでさえも勝てないステータスを持つ相手。

彼は、EDDエデドでの記憶を必死に探りながら、敵の力を推測していく。


だが、現実でその力を目の当たりにして初めて理解する。

ステータスという数値だけでは感じられない、この“圧倒的な存在感”の前に、勝ち目はあるのか。


さらに周囲には八匹の狼。彼らの正体は……自然文明に属する『ダイアウルフ』。リオトの記憶にある通りなら、ナイトシャドウ・ウルフと同等か、少し上のステータスを持つユニットだ。


それも、自然文明のバフを受ける。


「森の加護を受けた奴らに勝てるか……? どうする――」


(白狼公のステータス……忘れたが、あの威圧感とダイヤウルフの数を見れば、まともに戦えば勝ち目はない……!)


圧倒的な数と力の前で、戦術をる暇すら与えられそうになかった。

白狼公が持つ自然の力は、リオトとベルノスを圧倒するには十分すぎる。


逃げるか、戦うか――冷静な判断を下さねばならない。


――そもそも、逃げられるのだろうか?


「ベルノス……!」


リオトは叫んだ。 恐怖を振り払うための叫び声だった。

だが、あれは、ベルノスで対抗できる相手ではない。


攻撃力も体力も、進化ユニットを上回る存在――ゲーム内では、あのレベルのユニットに挑むにはこちらもレジェンドユニットを用意するか、数の暴力で押し切る相手。


「リオト様、これは……厄介な相手です」


ベルノスは冷静に言ったが、その声には微かに緊張がにじんでいた。

リオトも感じ取る。ここで戦うとなれば、あまりにもリスクが大きい。


だが、逃げ切れる保証もない。いや、自身がなかった。

この未知の森で、地形もわからぬ中、白狼公から逃げ切れる確信などどこにもない。


リオトの脳裏に浮かんだのは、ゲーム時代の戦略ではなく、現実の自分に迫る死の影だった。


"ここで逃げることは、死を意味する――"


リオトは自分の選択肢が、戦うことしかないと理解する。


「……やるしかない」


覚悟を決めた瞬間、白狼公が一歩足を踏み出した。


その一歩が、世界を揺るがすかのように響き、空気が震え、森の木々がざわめき出す。


二人に重圧がのしかかる。 心臓が一瞬止まり、全身に冷たい汗が流れた。


"その時――白狼公は喋り出した。"


『人の子よ。見たこともない従者よ。どこから来た』


「ッ……!?」


重厚な声が、森の静寂を破った。その声は中性的で、威厳に満ちている。まるで古代の神話から抜け出してきたような声音に、リオトは驚愕する。


その一言一言が、彼の心臓を締め付けるように響いた。


「……喋れるのか……?」


リオトは動揺を隠せなかったが、無意識に腰に手を伸ばしてしまっていた自分に気づき、慌てて冷静さを取り戻す。


EDDエデドのユニットが現実世界で命を持つならば、言葉を話すことも不思議ではない。


だが――現実の目の前にその力があるという事実が、想像以上の重圧を彼らに与えていた。


ベルノスが静かに杖を持っていない右手の手のひらを後ろ手にリオトに見せる。


彼はすぐにベルノスへと目配せを送り、任せる形で一歩後ろに下がった。


ベルノスも無言で頷き、前に出て静かに口を開いた。


「我々は流浪るろうの者。旅の途中、この森に迷い込みました。貴方の領域に無断で入ったこと、誠に申し訳ございません」


『迷い込んだと?こんな人里ひとざと離れた森にか?嘘を言うな……』


白狼公は目を細め、再度リオトたちをじっくりと見据えた。その黄金の瞳が、一瞬、何かを思い出すかのように揺らいだが、すぐに元の冷たい眼差しに戻った。


まるで何かを探るかのように。


「嘘ではありません。私たちは本当にこの森に迷い込んだのです。どうか、森を抜け出す道を教えていただけないでしょうか……」


ベルノスの言葉に対して、白狼公は冷たく言い放つ。


『教えれば、素直に去るというのか?』


「はい」


その瞬間、白狼公は再び一歩踏み出した。


巨大な前足が地面を踏みしめる音が森全体に響き渡る。その動きは重厚でありながら、どこか軽やかでもあった。


威圧的な、たった一歩――。


リオト達はその光景に圧倒され、息をのんだ。


『だが、それはできぬ。我々の宿命しゅくめいゆえ、お前たちを見逃すことはできぬ』

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