第9話 試練との遭遇②


しばらく歩いていると、ベルノスが静かに立ち止まった。


そこは、丘を登ったところだった。


木々の密集が少ない上に、この森の中では若く細い木や低木ばかり。


視界も下の大樹が密集している森より、まだましだ。陽の光もよくとおり、明るい。


ぱっと見た感じ、ここに拠点を建てることができそうだ、とリオトは思った。


だが、果たしてこの空を突かんばかりの大樹の森の中で、これだけ過ごしやすそうな場所――何もいないなんてこと、あるわけがない。


まるで一瞬で空気が変わったかのような張り詰めた気配。


ナイトシャドウ・ウルフも不安げに鼻をひくつかせ、耳をピクピク動かしている。


「……何かいます」


ベルノスの表情が硬くなり、リオトに合図を送る。

リオトは、思わず背筋が凍りついた。

体中が急に冷たくなる感覚に襲われ、息を詰まらせる。


それは、まだこの世界に慣れていないから?


視界の開けていない森だから?


だって、そうだろう?


狼か?熊か?もしかして恐竜か?はたまたドラゴンか?


ここは、ゲームの力が使える異世界。


――何が出てきても、おかしくない。


視線を前に集中させ、何が来るのか分からない恐怖が徐々に押し寄せてくる。


(すごく……嫌な感じだ)


周囲の空気が重く、嫌な予感がリオトの背中を押しつぶすかのようだった。


すると、ナイトシャドウ・ウルフが唸りだした。


「ガルルルルルッ!」


ベルノスは冷静な表情を保ちながら、素早く杖を水平に構え、片足を一歩前に出した。


そのまま、地面にゆっくりと杖を突き刺すように押し出し、深い声で呪文を唱え始めた。


杖の先からは黒い煙のような魔力が漏れ出し、瞬く間に周囲を包み込んでいく。


「漆黒の虚空よ――――その一閃で全てを滅ぼせ……アビサルブレイドッ!」


低く重い声で詠唱が響き、ベルノスが杖を掲げると、空気が震えたかのように感じられた。


彼が杖を周囲に振るう。つい数時間前にナイトシャドウ・ウルフをほふった、それよりも力が込められたその攻撃は、周囲半径数メートルほどの草木が音もなく刈り取る。


ベルノスの攻撃に合わせて邪神のしもべ、従僕たちも周りの視界を妨げる密集した低木や茂みに両手の爪を振るい、絡み合うツタや低木を次々と払い、倒していく。


枝葉がばらばらと地面に落ちる音が、周囲の静寂を打ち消していく。



切り倒された草木が視界を少しずつ開き、遠くの木立が見え始めるが、それ以外は見えない。



周囲に残った草木がざわめき、微かに枝葉が擦れ合う音を立てる。



リオトは、最初の襲撃と異なる、ただ『様子を見て待つ』というこの状況が精神的に不安になり、思わず息を飲んだ。


「リオト様、今から何かが来ます。私の後ろに下がってください。」


ベルノスが鋭い声で命じた瞬間、リオトは冷たさが背中に広がり、動けなくなるような感覚に陥る。


前に進もうとした足が止まり、何か大きなものが動く気配を感じた。


「ッ……!」


草むらの向こう、何かが音もなく動いている。

息を詰まらせたリオトの耳には、わずかな揺れと、草を踏む微かな音だけが聞こえた。


――ガサッ。


突然、大きな音が鳴った。周囲の草木がざわめき、リオトの足元まで伝わる振動が、次第に強くなる。


リオトの心臓が大きく鼓動こどうを打った。

脈が早まり、全身に冷や汗がにじむ。


(何だ……この感じ……!)


ベルノスは冷静に状況を把握しているが、リオトは頭の中で混乱し、呼吸が浅くなる。全身が緊張に包まれ、体が動かなくなる感覚。


次の瞬間、周囲の草木が激しく揺れ、いくつもの影が現れた。

大小さまざまな光沢のある銀色の毛並みを持つ狼たちが、音もなく囲み込むように現れる。大きいものはナイトシャドウ・ウルフよりも一回り大きい――全長2メートル以上。


「囲まれている……?」

「はい、リオト様......が一匹、小物が八匹ほどです」


リオトの言葉に、ベルノスが冷静に答えたが、リオトの胸には不安が広がっていく。


それは序章に過ぎなかった――



――森の奥からが姿を現した。



「……ッ!」


リオトの目が大きく見開かれた。


草木を、地面を揺らしながら、森の奥からゆっくりと姿を現したのは、まさに異形の存在だった。


大きな2本の角を頭から生やした真っ白な巨狼が、静かにその巨体を持ち上げ、リオトとベルノスを見下ろしている。


その狼は、周りの狼に比べてサイズ感が狂うほどでかい。おそらく二回り、いや、もっとでかい。全長5メートル近くはあるだろうか、体高もベルノスの身長よりでかく、2メートル以上もあるだろうか......余りにも巨大な体躯を誇り、光を反射しない純白の毛並みと鋭い黄金の瞳、そして首元に光る銀色の装飾品がただの大きな狼ではないと、異様な威圧感を放っていた。


(……あいつは……!)


リオトの全身に鳥肌が立つ。

恐怖ではなく、その圧倒的な存在感に体が震えた。


――EDDエデド


―‐最高位ランクに位置するレジェンドユニット


名前は確か......



「あぁ……まさか......自然デッキのレジェンドユニット............


――森を守護する神獣しんじゅう 白狼公はくろうこう……」



リオトの脳裏に、EDDエデドのゲーム時代の記憶が一気に蘇る。


リオトの使う深淵文明―アビス―とは異なる文明、その存在はまさに自然しぜん文明―ナチュラ―の最上位に君臨するユニットであり、その圧倒的な力でフィールドを制圧する最強の存在。


特に、森林地帯における戦闘能力が上昇する能力を持つ存在。


リオトにとってはあまりにも、わかりやすい強敵。


それが、今目の前に立ちはだかっている――最も敵に回したくない存在が、リオトとベルノスを静かに睥睨していた。


その瞬間、リオトの前に緊急クエストが表示された。



ピコンッ。


――――――――――


《緊急クエスト!

森の試練。森を縄張りとする白狼公の群れを撃退、または討伐せよ!》


――――――――――


リオトの前に、試練が突き付けられた。

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