第4話 目覚め④

「よし……これでそなえはできた……」


リオトは自分に言い聞かせるように呟いた。

手札のカードについても効果を確認し、パネルの使い方についても一通り理解した。


司祭がいることで、少なくとも一人で戦うという孤独な恐怖は少しやわらいだ。

だが、その安堵は長くは続かなかった。


霧の中から低く唸る声が響き渡った。

彼は全身の毛が逆立つような感覚に襲われながら、反射的に身構える――何かが近づいてくる、凶悪な気配がする。


「なんだ、あれ……?」


その瞳は獲物をじっと睨みつけ、狂気に満ちたような光を宿していた。そして、次第に霧をくようにその姿が現れた。


姿を現したのは、漆黒の毛並みをまとった巨大な狼。

体長は2メートル、体高は1.2メートルほど。人間の大人よりも大きい。


だが、その黒い毛は光を一切反射せず、木々が生み出す森の影の一部のように滑らかに動き、狼の姿をぼんやりと霧に溶かしている。


その赤い目は血に飢えた捕食者のようで、まるで魂を覗き込むようにリオトを見据えていた。


狂気が宿る瞳が鋭く光るたび、リオトはまるで心臓が鷲掴わしづかみにされたような恐怖に襲われる。


霧の中から現れるたびに、巨大な体が低く構え、まるでその場に吸い込まれそうな静かな威圧感を放つ。


前足は太く筋肉質で、鋭い爪が地面を掴むたびに不気味な音が響く。


黒い狼の動きはまるで影のようで、体躯たいくの大きさを感じさせないほど軽やかだ。


その存在自体が霧と闇の中で一体化し、周囲にただならぬ緊張感を生み出していた。


リオトの心臓は激しく脈打つ。まるで喉元まで跳ね上がり、息が詰まるかのように。


「ッ!.....違う……こんなの、知らない……」


黒い狼の瞳には狂気と戦意が混在しており、そのまま飛びかかってきそうな勢いだ。


「これは……ゲームじゃない!?」


凶悪な牙を見せ、口元からわずかに唾液が垂れる。


それは、今まさに獲物を前にし、捕らえようとする捕食者そのもの。


その時――


ピコンッ!


《緊急クエスト!

ナイトシャドウ・ウルフを討伐せよ!》


リオトは思わずクエスト通知に目をやるが、その緊急性に頭が追いつかない。


「くっ……今さらクエストなんて……!」


「(前もって教えてくれ......!)」


だが、目の前のナイトシャドウ・ウルフが完全に青年を狙い定め、じわりと距離を詰めてくることが、現実を否応なく突きつけた。


彼はその圧倒的な存在感に押され、思わず後ずさるが、逃げ場はない。


ナイトシャドウ・ウルフは、完全に獲物を狙い定め、じわりと一歩、また一歩と距離を詰めてくる――。


その時、深淵の司祭は、青年を守るように素早く彼の前に立ち、狼の前に立ちはだかる。


その動きはまるで無駄がなく、リオトは彼に全幅の信頼を置けることを感じた。


だが、今は深淵の司祭がいる――彼はその存在に頼りつつも、手は自然に腰の鉄の剣へと伸びた。


「俺も、戦わないと……!」


恐怖に震える身体を無理やり動かし、リオトは鉄の剣の柄をしっかり握りしめた。

だが、震える手では鞘から剣を引き抜くことすらできない。


「くそ……!」


焦りと恐怖が絡み合う中、ナイトシャドウ・ウルフはゆっくりと彼に向かって歩み寄ってくる。


全身に冷たい汗が流れる。違う、これはただのゲームじゃない。


これは――異世界だ。そう認識した瞬間、リオトは恐怖で動けなくなった。


「俺……どうすれば……!」


狼がゆっくりと距離を詰めてくる。


青年は深淵の司祭に命じるしかなかった。


「深淵の司祭! あの狼を倒せ!」


「御命令、かしこまりました!」


深淵の司祭は右手に握った漆黒の杖を高く掲げ、呪文を唱え始めた。


「漆黒の虚空よ、永遠の闇を裂きて、我が声に応えよ。深淵の底より生じし力よ、今ここに顕現せよ……アビサルブレイドッ!」


ベルノスの杖が光を集め、その先端に闇が凝縮されていく。


時間が止まったかのような静寂の中、リオトはその瞬間を見逃さないように目を凝らした。


そして、次の瞬間――杖から黒い刃が放たれ、ナイトシャドウ・ウルフを一閃した。


黒い炎が狼の体を切り裂き、地に倒れる。


その巨体は動かなくなった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



リオトは、あれほど大きく恐ろしい狼が一瞬で倒れたことに、驚きを隠せなかった。


「……すごい」


深淵の司祭は、まさにゲーム内で見た通りの強さだった。

いや、それ以上だった。


今はただのキャラクターではなく、現実に存在する圧倒的な力を持つ存在だ。

そして、彼の目の前で血を流して倒れる黒い狼・ナイトシャドウ・ウルフ。


「ここは……異世界なんだ......」


彼はようやく理解した。この世界は、ただのゲームの中ではない。本当に、異世界だったのだ。


結局、リオトは剣を引き抜くことすらできず、ただ目の前の状況に圧倒されていた。

そしてパネルを確認すると、得た経験値や報酬が次々と表示されていくのが見えた。


――――――――――


《ナイトシャドウ・ウルフを倒しました。》

《ナイトシャドウ・ウルフ討伐: +500XP獲得しました。》

《緊急クエスト!ナイトシャドウ・ウルフを討伐せよ!:をクリアしました。》

《クリア報酬:+500XPを獲得しました。》

《クリア報酬:闇狼の討伐者を獲得しました。》

《経験値が一定以上溜まりましたため、レベルアップします。》

《リオトのレベルが1から2に上がりました!》

《討伐報酬:ナイトシャドウ・ウルフの影の毛皮を獲得しました。》

《討伐報酬:ナイトシャドウ・ウルフの黒爪を獲得しました。》

《討伐報酬:真紅の獣眼を獲得しました。》

《討伐報酬:汎用カード・ナイトシャドウ・ウルフを1枚を獲得しました。》

《ボーナス報酬:汎用カード・ナイトシャドウ・ウルフが解放されました。》

《レベルアップ報酬:新たなミッションが解放されました。》

《レベルアップ報酬:デッキ拡張用パック x3 を獲得しました。》

《レベルアップ報酬:指定カードパックx1を獲得しました。》


――――――――――

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