File05:肥満の呪い

●概要

肥満の呪いは、1950年前後にレゾビド村の関係者を襲った、原因不明の病を指す。

年齢性別を問わず、体の一部や全身が、急激に肥満体質となった。

魔法鑑定での異常は認められず、高度な呪い、風土病、遺伝的な体質なども含めて、様々な憶測が飛び交った。

本稿では、この現象を当時の呼称である「肥満の呪い」として扱う。

なお、肥満の呪いは遺伝や感染が認められておらず、初期発症者以外、同様の疾患は確認されていない。


●事件の発覚と被害者の急激な増加

1949年、王都の西に広がる山林の先、レゾビド湖のほとりにあるレゾビド村の住民A(15歳・女性)が、異様な太り方をしだした。

Aは下半身、特にひざ下のみに多量の脂肪が蓄積され始める。

時間経過とともに症状は進行し、特に足の甲には、厚い脂肪の層が見られた。

なおこの頃のAは、上半身はむしろ細身であり、過食や運動不足が肥満の原因とは考えにくい。


また、1950年には同じ村のB(24歳・男性)が、肥満を発症した。

本人によると、数年前から違和感はあったものの、この年にはっきりと異常を認識したと証言している。

Bは陰嚢のみが肥大していた。

症状は年々進行し、晩年は椅子に座ると陰嚢が床につくほどであった。


こうした局所的な肥満症状は、レゾビド村の住人18人の内、実に13人に発症した。

ただし、王都に居住していた2人の男性(D,E)から、類似の症状も確認されている。

この2人は全身に肥満症状が出ており、後年は自立するのが困難なほどであった。


Dは商人をしており、1937年から1944年にかけて、王都と周辺町村を頻繁に行き来していた。

対象町村には、レゾビド村も含まれている。


また、Eは王立治安維持部隊に所属していた経験がある。

職務は主に近隣町村の実地調査であり、1943年の8月に大雨の被害状況確認のため、レゾビド村に数週間滞在していた。


これらのことから、王都では「肥満の呪い」が噂となり、主に女性の間でパニックに近い広まりを見せた。

もともとレゾビド村は交流の少ない地域であったが、村に行こうとするものはほとんどいなくなった。

また、過去にレゾビド村に行った者や、やむを得ない理由でレゾビド村に入った物は、王都民に迫害されるという事件も起こった。


ただし、レゾビド村関係者が全員「肥満の呪い」を発症したわけではない。

少数の村民や発症者の治療に当たった王都のデック医師、引退したDの後任として1944年以降にレゾビド村で商売をしていた商人は、発症が確認されていない。


●被害者の治療

症状の発覚当初は、単純な肥満であると考えられていた。

このため、当人の意思や親の勧めで、食事制限や運動を行った。

しかし症状の改善は認められず、同郷にて被害者が増加したことで、事態が重く受け止めらる。


1950年5月、王立治安維持部隊は「未知の症状が蔓延している」として、感染性の症状も疑われたためレゾビド村の隔離を決定。

この際、王都のデック医師が症状の治療と研究を志願し、自ら村民とともに隔離された。


全村民に魔法鑑定が行われたが、魔力残差反応や魔力紋は検出されず、謎は深まるばかりであった。


なお、商人であるDが発症しているのに対し、同じくレゾビド村に渡航歴のあるDの後任が発症していないことを受けて、発症者からの感染は可能性が低く「時期的な要因」が疑われた。

これを受け、1953年7月にはレゾビド村の隔離が解かれた。

※同時に隔離されていたデック医師はこの間、看護と症状の研究を続けていた


レゾビド村は1943年の大雨による被害が大きく、住居も湖の氾濫で大半が腐りかけていた。

さらに、肥満の呪いの影響で住人は住宅の保守管理などもままならず、住み続けることが困難であった。

こうした状況を受け、王国は1954年、王都の病院に「特殊病棟」を設立。

レゾビド村の全村民を、当該施設で保護すると決定。

これにより、レゾビド村は完全に放棄されることとなった。


デック医師は自らの意思で特殊病棟勤務に志願し、以後引退まで、村民の治療と肥満の呪いの研究に勤めた。

しかし、デック医師の努力もむなしく、一度発症した患者が、ふたたび元の体型に戻ることはなかった。

ただし、村民たちは親身になって生涯を治療に捧げてくれたデック医師に、心からの感謝を示している。


1976年、Aが心臓病により、42歳で他界した。

Aは肥満の呪いを発症した中で、最後の生き残りであった。

これ以降、王都および近隣町村で、肥満の呪いは確認されていない。


●事件の影響

・「肥満の呪いは感染する」という間違った噂の影響で、特殊病棟に勤める医師団が差別に会う事件が頻発した。

・1954年に放棄されたレゾビド村は、呪いのうわさから現在も人が近寄らない場所となっている。

・なお、村に立ち入った研究者や好事家が、「見たこともない動物」を発見したという噂もあるが、信ぴょう性は定かではない

・特殊病棟は、この事件以降も感染の疑いがもたれる患者や未知の魔法に汚染された者を収容する施設として、現在も利用されている。

・デック医師は、未知の症状に対し恐れずに診療・研究に勤めたことが高く評価された。

・このことから現在では、デック医師によるレゾビド村の急行が5月だったことにちなみ、特別病棟に勤める全医師に対して、「メイ・デック」の称号が与えられている。

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アソルヴド王国 未解決事件ファイル 酒月うゐすきぃ @sakazukiwhisky

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