第6話 出会い(1)

 さて次は宿屋の確保だ。

 確かに僕は転移ができる。しかし転移が使えるのは1日2回だけ。緊急事態は常に想定しうるんだ。出来る限り使用は控えたい。

 それに、この世界の物価を知っておきたい。宿屋は冒険者にとっての生命線。こればかりはゲームほど安くはないはず。

 確か城門前の商人たちの話では東区に宿泊施設があったはずだ。取り敢えず東区に足を運ぶとしよう。



 東区は商業区の西区とはまた別次元の賑わいを見せていた。

 商人たちの掛け声が消失する代わりに笑い声、酒盛りの陽気な声、喧嘩の際の怒声等がいたるところから聞こえてくる。

 手頃の食堂に入り、少し遅い昼食をとった後で1か月間の宿泊先の宿屋を探す。

 

 今年から本格的に魔術師の修行を始めたとはいえ、父と兄が生粋の魔術師であったこともあり、自然に高すぎず、安すぎもしないありふれた宿屋を本能的に探してしまっていた。

 看板に《宿屋ルージュ》と記載された建物に入り、受付カウンターへ行く。

 赤髪を御下げにした快活そうな少女が応対してくれた。

 

「宿屋ルージュにようこそ。何泊のお泊りの予定ですか?」


 残り1か月ちょっとであの鬱陶しい学園生活が始まる。40日ほど宿泊することにする。


「40日の宿泊でお願いいたします」


 冒険者が長期に宿泊施設を借りるのは別段珍しいものではないのだろう。少女は淡々と話を進める。


「承りました。1泊1000ジェリーですので、40日間の宿泊で4万ジェリーとなりますが、1か月間長期の宿泊ですので20%引きとなり、3万2000ジェリーとなります」


 これでこの世界の物価のおおよその予測がついた。宿屋は冒険者にとって必要不可欠なものであり相当な価格のはず。

 加えて、この宿屋は中堅。地球なら6000~8000円くらいの値段と思われる。つまり、物価は地球のおよそ8分の1~6分の1ほどだと予測できる。昼食のランチメニューが80ジェリーほどであったのでほぼ間違いないだろう。

 袋の中から金貨を4枚取り出しカウンターに載せると銀貨を8枚渡された。

金貨が1万ジェリー、銀貨が1000ジェリー、銅貨が100ジェリーのようだ。

 御下げの少女から310号室の鍵を渡され、3階の310号室へ行く。

 


 部屋は10畳ほどあり僕一人が住むには贅沢すぎるほどだ。

 木製の窓を開けると涼しくも心地よい風が部屋の中に吹き込んでくる。

 

 設置されたベッドに仰向けになり、今後の僕の行動指針について考えることにする。

 最初に考えるべきは修行場所。

 ロイドの口調からすると僕のこの世界での強さはそれなりだ。迷宮、遺跡、塔等の強力な魔物モンスターが生息する場所で修業をするのがベストだろう。

 僕が行きたいのは最も難易度が高いと推察できる《裁きの塔バベルのとう》。だがこれは冒険者ランクがB以上である必要があり無理。同様の理由で《死者の都》も不可能。僕が短期に立ち入りが許可されるのは《終焉の迷宮》と《永遠の森》だけだ。

 僕が2日間修行していたのが《永遠の森》。これならギルドに加入する必要はないが、魔物のレベルが10を超える場所に移動するのに数時間かかるのはあまりにも非効率的だ。

 ギルドの加入のみが条件の《終焉の迷宮》での修行が望ましい。

 新規ギルドの設立は金銭面の問題が解決した以上、残されている問題はギルドメンバーのみ。これも金があればこの世界独特の方法で解決しえる。

 即ち、奴隷の購入だ。無論、人を購入することに凄まじい抵抗感があるのは事実だが僕は今魔術師なんだ。

 今年の4月に魔術師になった時から自己の強さと真理への探究を求めるためなら倫理観などどぶ_に捨てる覚悟はできている。

 それに、奴隷を購入してもギルドの登録とその継続だけを約束してもらい、少しの金を持たせて解放するつもりだ。買われた奴隷達にとっても悪い話ではないだろう。

 あとはこの世界の情報収集だ。特に《終焉の迷宮》については詳しくしりたい。

 最悪、今日と明日は新規ギルドの登録と情報収集のみに費やしてしまってもよいと思われる。

 こんなところだ。

 では早速、南地区で奴隷を購入しよう。奴隷からこの世界について知りうる情報を聞いても良いだろう。

 

 東地区から中央区にでて、さらに南地区に向かう僕。

 南地区の入り口は娼館が立ち並び、真昼間にも拘わらず、娼館を訪れる人でごった返していた。奴隷市場はこの最奥だ。

 香水の匂いを周囲に撒き散らせつつ着飾った蠱惑的な女性達は道行く男性達に挑発的に一時の夢の旅へと誘う。

 僕もどこぞの豪商のバカ息子と勘違いされたらしく、背中や腰を丸出しにした裸同然の女性に幾度となく言い寄られた。

 これが去年までなら眩暈の一つもしていたのだろうが、今の僕は異性に現を抜かしている場合ではない。仮にこの3年間で首席をとれなければ僕と沙耶は文字通り破滅なのだ。加えて、朱花のおかげで女性に対する幻想はすでに僕の中から完全消滅していることもあり、耳元で甘い声で誘われても豊満な胸を押し付けられても心臓の高鳴り一つしなかった。


 娼館を抜け奴隷市場へ到達する。

 一際巨大な屋敷に入ると、客席と檀上というオペラ劇場のような作りになっていた。

 前方の席につき、司会者の登場を持つ。

 数十分後、司会者が壇上に現れ奴隷の売買が開始される。檀上に並べられたのは人間の男女。

 男は腰みの一枚。女性もやはり、胸当てと腰みのという裸同然の格好だった。

 司会者が紹介を始める。

 男はやれ力が強い、魔物モンスターの盾にはもってこいだとか。女性は御淑やかでメイドにも使える。男を喜ばすのに優れているなど。そんな虫唾が走る話――。

 僕は何時の間にか血が滲むくらい手を強く握りしめていた。

 こんな場所に自ら足を運んでおいて恥ずかしげもなく内心を独白すれば、この場にいる者全てを皆殺しにしたくなっていた。それほどまでにこの場は醜悪だったのだ。

 だがこの場に足を運んだのだ。精々、最大限この機会を利用すべきだ。そうでもしないと何より僕の気が収まらない。

 

 僕は解析により奴隷達の分析を開始する。

 《創造魔術クリエイトマジック》の摂取は黒蜘蛛の体毛でも可能だった。つまり、奴隷達の髪の毛でも取得しえると予想される。どうせなら、特殊スキルのある奴隷を購入し、能力の向上に役立てようという算段だ。

 この人間には特殊なスキル持ちはいなかった。

 次は頭に耳、臀部に尻尾を生やした獣人の男女であったが、彼らもスキル持ちはいなかった。

 その後も、ドワーフと思しき男女、ご丁寧に竜人ドラゴニュートと説明された男女もいたが、やはりスキルは保有せず。

 所持スキルを持つ者がいなく躊躇していたらとうとう、ラストになってしまった。今日を無駄にしたくはない。次はスキルの保有に関わらず問答無用で購入しよう。


 連れてこられたのは、女神のごとき美女だった。

 臀部まで伸びている艶やかな金色の髪に、神の造形と言っても過言でないほど整った顔。透き通るほど白い肌、ほっそりとした首筋にくびれた腰、短衣服が隠している豊かな胸。まさに完成された奇跡の造形美と言っても過言ではない。

 司会者は紹介を開始する。


「最後は本日の目玉商品。長い耳がお馴染みのエルフ。特に美形揃いのエルフの中でもダントツに美しいエルフです。さらに、生娘で男性の経験はまだありません。こんな掘り出し物には二度と巡りあうことはないでしょう。まずは10万ジェリーからです」


 会場の至るところから溜息が漏れ、歓声が上がる。

 僕も彼女から一時も目を離せなかった。

 もっとも、その理由は他の色欲にまみれた客とは異なり容姿などではない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

             ステータス

【ステラ・ランバート】

★レベル:1

★能力値:HP4/4 MP15/15 筋力1 耐久力1 俊敏性1 器用1 魔力4 魔力耐性4

★スキル:《加護LV1(0/5000)》

★魔術:《精霊召喚術》

★EXP:0/500

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             【加護】

★説明:庇護者は加護者の魔術・スキルを1つだけ使用可能となる。ただし加護を与える事ができるのは1人だけであり、庇護者の魔術・スキルの使用中、加護者は使用できなくなる。

★LV1:(0/5000)

★ランク:至高

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 僕の《進化》と同ランクのスキル持ち。何としても彼女は確保する。


「70万ジェリー」


 丸々と太った図体にカエルのような醜悪な顔を持つ中年のおっさんが手を挙げる。


「お~と、70万ジェリーが出ました。どうです? もう一声?」


 誰も他に手を挙げようとしない。金髪のエルフの女性――ステラはカエルに蹂躙される自身の幸薄の未来を想像してか、顔を絶望一色に染め上げる。


「いらしゃっらないようですのでそちらの紳士に――」

「200万ジェリー」


 僕の言葉が会場に反響し、誰もが無言となる。


「え……え~と、坊ちゃん。ホントによろしいので?」


 司会者の躊躇いがちの声に僕は大きく頷く。

 司会者は僕が200万ジェリーを払えるのか大層疑問らしく、当惑気味に僕とカエルの男の様子を伺っている。

 確かにこの世界の200万ジェリーは日本円にしておよそ1600万円。僕のような貧相な餓鬼に払えると考える方がどうかしているのかもしれない。

 僕が払えなければカエルとの商談がなかったことになり、この司会者は折檻ものだろうし。


「小僧。貴様のような貧乏くさい餓鬼が200万ジェリーも払えるはずもあるまい。難癖はやめてもらおうか!」


 ポツポツとヤジが飛び始める。内訳は僕の罵倒が半分、僕への期待の言葉が半分だ。

 これ以上、下種カエルにかまっているほど暇ではない。隣の席に置いた布袋を持って席を立つ。今日の購入のため、丁度200万ジェリーだけ布袋に入れておいたのだ。

 僕が逃げると勘違いした観客から怒声を一身に浴びせられるが無視して檀上の司会者の下に行き、布袋を渡す。

 司会者は僕から布袋を受け取り、中身を見て一瞬固まるが流石はプロ。すぐに熱気がこもった声で司会を続ける。


「確認いたしましたぁ! このお坊ちゃんから200万ジェリーの声がでました!

 他にお声はありますでしょうか?」


 会場からまるで台風のようなドヨメキが巻き起こる。

 カエルは悔しそうに地団駄を踏んでいた。これで決まりだろう。


「ないようですので、お坊ちゃんの落札となります」


 速くこの薄汚い豚小屋から離脱したい。

 やけに気前がよくなった司会者に奥の部屋に案内され、売買契約書にサインし、その際に奴隷についての簡単な説明を受ける。なんでも、奴隷達の首には逃亡防止用の首輪が嵌められており、主人が『close』と唱えると首が締まる仕組みとなっているそうだ。取り外しは『freeing』と唱えると外れるらしい。宿屋に帰ったら即行で外そう。

 重要な事はこれくらいだ。後は彼女自身の口からゆっくりと聞き出せばよい。

 

 奴隷商の従業員達に王族のような見送られ方をして奴隷のオークション会場を出る。

 震えながらついてくるエルフの女性――ステラを道の隅に連れて行き向き直る。

 水着姿でついて来られては注目の的だ。服を着てもらおう。

 アイテムボックスから上下の紺の衣服を出し、手渡す。


「これに着替えて」


 ステラは目を見開いて自身の手に持つ衣服と僕の顔を何度も相互に眺める。一向に衣服を身に着ける気配がないステラ。どうしたのだろうか。エルフは肌をさらす習慣でもあるとか?

 

「裸のままでいるのが趣味ならとやかく言うつもりはないよ。でも僕と歩くときは服を着て」


 僕の言葉に頬がみるみる紅潮するステラ。それでも衣服を身に着けようとはせず無言で小刻みに震えながら俯くだけ。


「先に断っておくけど、僕は君の身体には興味はないし、危害を加えるつもりも一切ない。その服も確かに魔術は編み込まれてるけど君の身を守る類のものだ。悪いようにはしないから身に着けて」


 少なくともこの衣服を着ても害はない事を感じとったのか、意を決したような面持ちで衣服を着用する。

 紺のズボンに、紺のジャケットのセット。これも兄さんの残してくれた魔術衣。かなりの防御力を誇る一品だ。

 ステラは自身から溢れる力に戸惑っているようで体を軽く動かしていた。

 そんなステラの姿を、頬を染め恍惚に彩られる瞳で見る通行人達。ステラには他者を魅了する不思議な力がある。一年前の僕なら完全に参っていたかもしれない。よくもまあこれまで貞操を守れたものだ。


 ステラを促し宿屋の僕の部屋に連れて行く。

 宿屋の僕の部屋である310号室へ入り、部屋に備え付けられたテーブルの僕の正面の席に座らせる。ステラは不安と緊張で身をブルブルと震わせていた。

 時折、ベッドの方にチラチラ視線を向けていることからすると僕に襲われる事でも危惧しているのだろう。肩を軽くすくめて話を始める。


「まずは自己紹介から僕はキョウヤ・クスノキ。

 短い付き合いになると思うけどよろしくね」

「短い……付き合い?」


 ステラは首をキョトンと傾げて繰り返す。その声は初めて聴いたが透き通るような美しい声だった。


「そう。君とはこれっきり。用が済み次第二度と会うこともないよ。僕はくどいのは好きじゃないんで、あと一回だけ言うね。

 僕は君の身体には興味はない。たとえ頼まれても抱かない。同時に君を傷つけたりもしないから安心して欲しい。あ、そうだ。これもういらないね。

 『freeing』」


 パキーンという金属音と共にステラの首輪が外れてテーブルの上に落ちる。


「え? あ……嘘……」


 呆気にとられたような表情で僕の目を見つめてくるステラ。脳がフリーズしてしまったようだ。話を進めよう。


「君にはしてもらいたいことが4つほどあるんだ。僕もお金を出している。君に拒否権はないよ」

「ステラに……して欲しい事?」


 顔をぱっと紅葉よりも赤くするステラ。この子はなぜ、卑猥な方向へ話を持って行きたがるのだろうか。

 何度も説明するのは僕の趣味じゃない。さっさと用件を言おう。


「君にしてほしいことは。次の4つ。

 一つ目は冒険者組合について。

 僕は新規ギルドを作りたい。ギルドを作るためには3人のメンバーが必要らしくてね。だから君に冒険者の登録をしてもらい、次いでギルドメンバーの登録をして欲しいんだ。その登録が済み次第、君は自由。どこにでも好きな場所に行っていいよ。

 二つ目はこの世界の情報を僕は欲している。それを今から君が知る範囲でいい。教えて欲しい。

 三つ目が君の髪の毛を数本貰いたい。これは君の身には一切関係がない事を誓うよ。

 四つ目、このことは一切他言無用とすること。

 以上だよ。簡単だろう?」


「ほ、本当にそれだけでいいの?」

「ああ、それだけでいいよ。ギルドのメンバーの件は最初既存のフリーの冒険者にでも頼もうかとも思ったんだけど、後で抜けた場合が厄介だ。新しくメンバーを探さないといけないし、ギルドの情報が外部に漏れる恐れもある。さらに、それを商売にしている連中のカモになるかもしれない。この点、君たち元奴隷なら過去がバレるのを嫌い僕が頼まなくても秘匿してくれるし、僕が騙される危険性はゼロに等しい。僕にも大きなメリットがあるのさ」

「……わかったです」


 ステラは自身の髪を数本プチンと抜くと僕の手に載せた。ステラの金色の髪の毛を僕は口に含み飲み込む。ステラは頬を引き攣らせる。僕のこの行為に軽い嫌悪を覚えているようだが構いはしない。どうせ彼女とはこれきり。

 身体が徐々に発火し燃えるように熱くなる。どうやら成功のようだ。これだけで、200万ジェリー以上の価値はある。

 だけど、今回の《創造魔術クリエイトマジック》の発動はきつ過ぎる。少し身体を休めたい。ベッドに横になると意識はストンと失った。


 瞼を開けるとステラが心配そうな顔で僕を覗き込んでいた。ここは奴隷の売買があるような異世界。寝ている間に殺されていても文句は言えない。

 さらに逃げられるのに僕の看病までしてくれたようだし、ステラは信用に値する人物であると判断する。

 しかし、次からはもっと慎重に行動しよう。行き当たりばったりでは命がいくつあっても足りない。

 重い身体に鞭を打ち、椅子に座る。身体中が汗だくで気持ちが悪い。水を浴びたいところだがここは異世界。シャワーすらないのがキツイ。


「ありがとうございます」


 ステラはテーブルに額を擦り付けるほど頭を深く僕に下げてくる。


「礼を言う必要はないよ。これは契約。僕は慈善事業をしているわけではない。

 じゃあ、さっそくこの世界について君の知っていることを話しておくれよ」


 ステラは頷き、たどたどしい言葉で話し始めた。

 ステラ・ランバートは今年、20歳。

 20歳といってもエルフの寿命はゲームや小説と同様、1000歳らしく20歳という年齢は子供中の子供らしい。

 ステラは父、母、妹と共にエルフ国ミューの地方都市で暮らしていたが、丁度半年前、帝国に攻め入られ、混乱の中妹を連れて山へ逃れたところ、女性でのみで構成される盗賊団――桜花に捕らわれてしまう。おそらく貞操が無事だったのは全て団員が女性だったからだろう。

 その後、奴隷商に売られるもその価値を見出されて最高の商品としてステラ達姉妹は扱われた。そしてこのグラムに連れてこられ売りに出されて僕に買われたというわけだ。

 帝国はエルフ国ミュー、獣人国ガルに攻め入るに当たり、エルフや獣人を捕えて本国に連行し奴隷としているらしい。やっていることは盗賊と大差ないヒューマンの僕をステラが過剰に警戒するのも十分合点がいくというものだ。

 

 魔術についても多少聞き出す事ができた。

 この世界では魔術ではなく《魔法》と総称するらしい。精霊に力をお借りする、自然の力を利用する、神の力をお借りするといった言葉からすると、自然操作系の黒魔術か、精霊や霊を物に降ろす降霊術、五界のシステムを一部流用する青魔術に近いのかもしれない。

 僕が必要な事で聞き出せたのはここまでだ。これ以上はステラの個人的な恋バナになりそうだったので強制的に切り上げた。


「それで御主人様は明日も奴隷市場で奴隷を買うおつもりでしょうか?」


 何度も僕はこのステラの御主人様発言を訂正しているが悉く無視されている。

若干、いや、確実にからかわれている。この娘も本来の調子を取り戻してきたのだろう。僕としても、辛気臭い顔でいられるよりはずっと良い。


「だから御主人様じゃなくて僕はキョウヤ。明日奴隷市場に行くのかという質問はイエス。あと一人ギルドメンバーが必要だからさ」


 急に敵地に足を踏み入れたような険しい顔をするステラ。理由も察しはつく。もじもじと手を弄りながら、必死に言葉を発しようとするが声が出てこない。そんな感じだ。


「わかってるよ。君の妹さんの事だろう?  明日、君も市場に僕と一緒に行く勇気があるなら、君の妹さんを身請けするよ」


「ほ、ほんとですか! ありがとうございます! ステラ、この恩一生忘れません!」


 ステラは僕の両手を握りしめ、嬉しさに涙をはらはらと流す。

 

「まだ身請けできると決まったわけじゃない。喜ぶのは身請けしてからね。繰り返しになるけど、これは契約。僕にもメリットがあるからしているに過ぎない。君にお礼を言われる筋合いではないよ」


 って、聞いちゃいないな。こりゃ……。

 その後、興奮気味なステラを引きずって夕食に繰り出した。

 ステラは本来話好きなようで最初の無口が嘘のように終始話し続けている。

 まあ所々でこの世界の情報が聞けるので僕にもメリットはある。大人しく耳を傾けていた。故郷が焼野原なら当分はグラムの街に住む必要があるかもしれない。

 30日分の部屋代を払い、ステラに鍵を渡す。それから再び僕の部屋に戻り明日のステラ妹身請作戦につき二人で話し合った。

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