第5話  冒険者

 冒険者組合第一館は北地区の入り口付近にあった。

 第一館の周囲には屋台が立ち並び、屈強な冒険者が終始出入りしているので公的施設という感じはあまりしない。

 第一館は小さな小学校の校舎ほどもある屋敷であり、柱に刻まれた装飾などこの世界の中ではかなり絢爛な造りをしていることが窺われた。

 建物に入る。

 人が多いせいか熱気が立ち込め、外より温度が5℃は高いような気がする。

 建物の中は右側に巨大な掲示板。左側は休憩所となっており、複数の冒険者が集まって話し合っている。

 正面は受付。最後尾に並んでいると程なく僕の番となる。


「ようこそ。冒険者組合へ。此の度、お話を聞かせていただきますシュリ・ライアーです。どうぞよろしく」


 受付のメガネをかけた黒髪、ショートカットの可愛らしいお姉さん――シュリが眩しい笑顔で僕に自己紹介をしてくれた。

 城門前の兵士の粗雑な扱いと正反対のそのあまりの礼儀正しさに聊かショックを受けていると、お姉さんは話を続ける。


「今日はどのようなご用でしょうか?」

「冒険者の登録に来ました」


 シュリさんは一瞬僕の全身に視線を向けるがすぐに笑顔で僕の目を見つめつつ、説明し始めた。


「では冒険者カードを作成しますので名前、年齢、性別、職業ジョブ、ギルドに所属する場合にはギルド名をお教えください」


 職業ジョブ? ギルド名? 意味不明な言葉が2つも出てきた。

 職業ジョブはゲームなら戦士、魔法使い、僧侶、テイマーなどだ。この世界はとんでもなくゲームチック。おそらくこの理解でいいと思う。

 未熟と言えど仮にも僕は魔術師だ。義務もないのに真実を話す気にはなれない。職業ジョブは戦士にでもしておこう。

 ギルドは全く意味不明な情報だ。これは聞くしかない。


「名前はキョウヤ・クスノキ、年齢は16歳、性別男、職業ジョブは戦士、ギルドについてはまだそのシステムがよくわからず決めかねているので良ければ詳しく教えていただけますか?」


 これなら過度に不審がられることはないだろう。

 確かに現在社会において魔術は公然の事実となっているがそれはあくまで魔術という存在が一般に認知されたに過ぎず、魔術師個人は未だに秘密主義だ。魔術審議会は一定限度でこの秘密主義を打破しようとしているが、そもそも秘匿は魔術師の本能。公開の強制などできようはずもない。

 僕も魔術師。できる限り目立たず、自己の情報は秘匿すべきだ。


「はい。承りました」


 シュリさんも疑問に思っていない様子。ひと先ずは成功と考えてよい。


「では、説明させていただきます。

 初めに冒険者組合の組織について説明いたします。御存知の事かとも思いますが、冒険者組合は冒険者の育成、管理、魔物や災害発生時の冒険者の招集と指揮を任務とする組織です。通常冒険者組合は各冒険者に対し直接権利又は義務を負います。

 ですが、冒険者の数があまりに莫大なため、管理・教育が行き届かない可能性があり、冒険者と冒険者組合をつなぐ中間的な組織として冒険者ギルドが存在するのです。もちろん、冒険者ギルドの加入は強制ではありませんが、加入すると様々な特典が得られますので、冒険者はいずれかのギルドに所属するのが通常です」


 ギルドの加入ね……僕は絶対に既存のギルドには加入しないよ。

 元々僕の最終目標は誰からも支配されない生活の構築。異世界に来てまで倖月家のような奴らの圧政を受けるのは御免被る。だけど、ギルドの加入自体にはメリットもある。この点は考慮しておくべきだろう。


「話の腰を折ってすみません。そのギルド加入のメリットとは?」

「不明な点があればいつでもご質問ください。ギルド加入のメリットですが、それは次の冒険者の権利と義務に直接関わるのでその際に一緒にご説明いたします」

「お願いします」

 

 シュリは軽く頷くと話を再開する。


「冒険者の権利は冒険者組合が管理する遺跡や迷宮等への立ち入り権、クエスト受領権、ランク取得権、紅石・素材売却権から成ります。

 まず、話の前提となるランク取得権からご説明いたします。

 冒険者のランクはIからSSSまで存在し、どれほど力がある人でも冒険者の登録時はIランクからのスタートとなります。

 主なランクアップの方法は、週に1度開かれているランクアップ試験の合格を以てなされます。

 この冒険者ランクは入れる施設等や、個人やギルドで受けられるクエストの難易度等と密接に関係しますのでできる限り早くランクを上げることをお勧めします。

 この冒険者ランクを前提とし、次に冒険者組合が管理する施設への立ち入り権についてご説明いたします。

 冒険者組合が管理する施設への立ち入りは冒険者の権利ではありますが、全ての冒険者に認められるわけではありません。

 具体的にこのグラムの南に位置する《裁きの塔バベルのとう》は冒険者ランクがB以上でかつ、Bランク以上のギルドに加入していることが必要です。

 さらに、北の《死者の都》は冒険者ランクがF以上でかつFランク以上のギルドへの加入。

 東の《終焉の迷宮》はギルドの加入が条件です。

 このように一定ランク以上を有するギルドへの加入が条件なのは冒険者個人の保護と施設内での二次遭難防止の観点からです。

 即ちこれらの施設は魔物モンスター_が強力でなおかつ、設置されているトラップも凶悪なものが多いので高ランクのギルドによるチームでの攻略を強制したものです。

 次がクエスト受領権ですが、あちらにある二種類の掲示板をご覧ください」


 シュリが手を向ける方に視線を向けると、確かに赤色と青色の2種類の掲示板があった。青色の掲示板は赤色の数倍の大きさがある。大体のルールは僕にもつかめてきた。


「あの赤色の掲示板がギルドに所属していない冒険者のための掲示板です。掲示板の小ささを見ていただければわかりますとおり、クエストの数が圧倒的に少ないです。しかも、自己の冒険者ランク以下のクエストにしか参加できません。

 それに対し青い掲示板はクエストの数も多く、ギルドの名で引き受けるため、ギルドランクが規定以上なら冒険者ランクが低い冒険者も参加できる可能性があります。

 もっとも《裁きの塔バベルのとう》や《死者の都》内に入らなければ達成不可能なクエストの場合には冒険者ランクが規定以上なければ参加しえないので、やはり、冒険者ランクはすぐにでも上げておくことをお勧めします。

 次がギルドランクの説明です。このギルドランクは冒険者ランクとは全く別ものとお考えください。

 このギルドランクもIからSSSまであります。

 各ギルドがランクアップの請求をすると、冒険者組合が一定難易度・一定数以上のクエストの攻略の有無、構成メンバーの冒険者ランクを総合考慮して上昇の有無を決定します。

 また、毎年一度開かれるギルド大会に出場して上位入賞を果たしてもギルドランクは上昇します。

 ギルドランクについてはまだまだお話すべきことがありますが、それは実際にギルドに加入なされるときにさせていただきます。

 最後の権利である一定の紅石・素材売却権についてです。

 各冒険者は受付に紅石や素材を持って来れば、相当額で買い取ることができます。

 この紅石や素材は特集な魔法武具や魔法道具の原料ともなるので手に入れましたら是非、受付に持参していただきたく思います。


 最後が冒険者の義務についてです。

 冒険者の義務は災害時や強力な魔物モンスターが発生した際に生じる冒険者ランク、ギルドランクに応じたクエスト受任義務だけです。これが冒険者の唯一の義務と言えます。

 この義務に違反する冒険者やギルドは一定のペナルティーを受けるのでご注意ください。

 以上が冒険者の権利・義務についての説明です。ここまでで何かご質問はありますでしょうか?」


 内容は大方把握した。

 この手の中間搾取団体は大抵上が私腹を肥やしている。働いても全て幹部たちに摂取されるのが落ちだ。既存のギルドへの加入はやはりありえない。

 だが、ギルドに加入していない限り、強力な魔物モンスターのいる施設には入れない。僕のこの世界での目的は修行。それでは困るんだ。

 ならば――。


「少し突拍子もない事かもしれませんが、ギルドって新しく作ることできます?」


 シェリさんの顔色に変化は見られない。それほど奇怪な質問ではないようだ。


「いえ、別に突拍子もない質問ではありませんよ。キョウヤさんのようにギルドを仲間同士で作ろうとする方も沢山いらっしゃいます。では次にギルド新設の条件をご説明いたしますね」


 よし! ビンゴだ。ギルドを自分で作れれば問題は全てクリアできる。


「お、お願いします!」


 僕が身を乗り出すのを見て、シェリさんはクスリと頬を緩めた。


「ギルドを新設するには3人以上のメンバーの登録と登録料として100万ジェリーが必要です」


 100万ジェリーはお金を溜めればよいから障害にはなりえない。問題はギルドメンバーの3人の登録。

 僕のような得体のしれない貧弱な冒険者とギルドを結成してくれる人など果たしているだろうか。

 僕が冒険者の立場ならそんな泥船御免被る。正規の方法では無理。

 方法は一つだけあるが、倫理的な面からあまり気は進まない。しかし、この際致し方ない。

 僕が苦虫を潰したような顔をしている理由を、金銭の問題と勘違いしたシュリは説明を続ける。


「まだ諦めるのは早いです。仲間でコツコツとお金を溜めれば今すぐには無理でもギルドを作ることもきっとできますよ」


 まず紅石を換金してギルド結成に金銭が後いくら必要なのかを確定しよう。倒した【魔双頭鰐】の紅石100個。これがどれほどで売れるかまず確認したい。

 僕はリュックを机の上に乗せる。アイテムボックスのような無茶苦茶なアイテムは十中八九、この世界でも一般的ではない。冒険者になってもいない僕がそんな魔術道具マジックアイテムを所持していれば怪しいことこの上ない。そこで街に入る前に持ってきておいたリュックに紅石を詰め替えておいたのだ。

 

「僕、すでに魔物モンスターを倒してるんですが換金できます?」

「はい。もちろんできますよ。原則、紅石を買い取るのは冒険者からしかできませんが、魔物モンスターを討伐した時期は問題になりません。

 カードの作成中にでも拝見させていただきます」


 シュリは奥の部屋に姿を消し、代わりにメガネを掛けた白髪の御老人が僕の前に現れた。


「冒険者になる前に魔物モンスターを倒した物好きはおみゃあかぁ?」

「はい。これです」


 リュックをひっくり返し、紅石を100個、受け付けのカウンターにぶちまける。

 白髪の御老人は、その量にびっくりしたように目を見開いていたが、メガネをクイッと上げると手に取り調べ始めた。

 

 御老人は虫眼鏡のようなもので暫し観察していたが、徐々に手が震え顔から急速に血の気が引いていく。


「…………ま、【魔双頭鰐】? ば、馬鹿な、Bランク以上で構成された冒険者のパーティーで望むべき魔物モンスターじゃぞ! それをこの数じゃと?」


 独り言を呟き、以後沈黙してしまう御老人。


「あ、あの~、どういうことですか?」


 御老人の姿がよほど意外なのか部屋中の視線が僕らに集まる。

 僕としてもレベル12程度の雑魚魔物モンスターでこんなオーバーリアクションする意味が分からない。混乱気味に御老人に説明を求める。


「そりゃあ、儂のセリフじゃ! この紅石をどうやって手に入れた?」

「勿論、倒してですが」

 

 阿呆らしい。それ以外あるはずもない。

 それとも僕が盗んだとでも言いたいのだろうか? 盗品をこんな目立つ場所で売るはずないだろうに。


「た、倒し……」


 一々絶句する御老人。もうこのリアクションにも飽きてきた。紅石の換金代金が知りたい。


「それでいくらになりそうです?」


 【魔双頭鰐】はレベル12の魔物だ。

 ジェリーの価値がどの程度なのかが不明だが、1ジェリーが1円の価値だと仮定すると、1000~2000ジェリー程度にはなるはず。というよりなって欲しい。

 100ジェリー程度では100個でも1万ジェリー程度にしかならない。

 それでは100万ジェリーを稼ぐのに途方もない年月がかかってしまう。


「8万ジェリーじゃ」


 8万ジェリー……。1個800ジェリーというところか。

 所詮、レベル12の雑魚。妥当な線かもしれない。

 もっと強い魔物がいる穴場を探す必要がある。

 

「では、それ換金でお願いします」

「…………」


 御老人は無言で頷き紅石を専用の箱に入れると部屋の奥へ姿を消す。

 

 数分後、血相を変えてシェリさんが僕の前に現れた。


「キョウヤさん。部長が会いたいと仰っているので少しお時間いただけませんか?」


 御老人から何を吹き込まれたか知らないが焦りすぎだ。ここでごねて、目をつけられるのも馬鹿馬鹿しい。誤解は解いておくことにしよう。

 僕が頷くとシェリさんはほっと胸を撫で下ろした。


 シェリさんに案内された先は2階の応接間だった。

 長方形の豪華な装飾がなされたテーブルに純白のクロス。そのテーブルに形の良い椅子が備え付けられている。

 その椅子の一つに座るように勧められて待つこと5分。ゴリラのような容姿の筋肉達磨のおっさんと黒いローブを着用し水晶を手に持った骨と皮の骸骨のような青年が応接間に入ってくる。ゴリラのようなおっさんが僕の正面に、骸骨のような青年が僕の左隣に座った。


「俺は冒険者組合管理部部長のロイド・バートラム。このガリガリの奴がジキル・プート。よろしく頼む」


 ゴリラのおっさん――ロイドさんの言葉にジキルさんの眉がピクッと動く。一応気にしているらしい。


「キョウヤ・クスノキです。よろしくお願いします」


 ロイドさんは僕を舐めまわすように観察すると、ジキルさんに指示する。


「ジキル、頼む」

「了解。キョウヤ殿。この水晶に右手の掌を当ててもらえますかな?」


 この水晶は高確率で魔術的儀式に用いる小道具。魔術師としてこの申し出は断固として拒否したいところだ。

 しかし、一応疑問口調の形式をとってはいるが、有無を言わせぬ雰囲気を醸し出している。ここで拒否した方がより面倒な事になるような気がする。

 まあ殺されはしまい。いざとなったら自宅に転移すればよいし、ここは乗ることにする。


「こうですか?」


 右手の掌を水晶に触れると一瞬ピリッとするが意識を失ったり激痛が走ったりすることはなかった。

 ジキルさんは水晶を眺めていたが、先刻の白髪の御老人同様、顔面蒼白となる。


「レベル26……。HP790/790 MP250/800 筋力262 耐久力264 俊敏性263 器用264 魔力265 魔力耐性260……」


 ジキルさんの言葉が紡がれるごとにロイドさんも顔を次第に引き攣らせる。


「レ、レベル26? んな、馬鹿な! レベル20を超えてる奴はAランク以上でも限られた奴しかいねぇ。とても新米冒険者の強さじゃねぇぞ」


  ちっ! まいったな。この水晶、【解析の指輪】の解析のような能力を有する魔術道具マジックアイテムのようだ。やはり、僕が雑魚鰐100匹を倒したことは疑われていたみたいだ)


「申し訳ありませんが話を進めていただきたいです」

「すまん、すまん。だがよぉ、新米冒険者が【魔双頭鰐】100匹倒したって言ったら、普通信じねぇだろう?」

「所詮、レベル12の雑魚鰐ですよ。100匹くらい一日、二日あれば楽勝で倒せます」


 現に後50匹以上倒したし。

 ロイドさんは肩を竦め大きなため息を吐く。


「レベル26にもなればそうかもしれんがなぁ。

 普通はそう簡単にいかねぇんだよ。最適な武具・道具、人員、作戦。この3つをそろえて臨む魔物モンスターなんだ。

 兎も角、これでお前の身の潔白は証明された。暫しまて。冒険者カードと共に、紅石の換金代金をここに持って来させる」


 ジキルさんが水晶を持って部屋を退出し、その数分後冒険者カードとパンパンに膨れた布袋を持ったシェリさんが姿を現す。


「冒険者カードと、【魔双頭鰐】の紅石100個の換金代金800万ジェリーです。

 お確かめください」


 800万ジェリー? ということは1個で8万ジェリーってこと? 

 新米冒険者が800万ジェリーと換金しえる紅石を所持していればそりゃあ疑われる。目立ってしまったのは多少マイナス要因ではあるが、何れにせよ紅石を換金しないわけにはいかなかったのだ。これは通過儀礼とでも考えておくべきだ。それにこの世界の通貨を得たのは大きい。ギルドの登録料100万ジェリーの問題も楽勝でクリアだ。残された問題はギルドメンバーだがこれも気は進まないが当てがある。

 

 冒険者カードとやらを手に取ってみるが、厚さ1mmほどの鉄板に名前、年齢、性別、職業ジョブが刻まれていた。ざっと見たところ、この世界は中世と同程度の文明水準であり、鉄版にこれほど精巧に文字を刻む技術があるとは思えない。この精巧さは魔術的な加工を施していると思われる。

 こんなところだろう。時間も無限にあるわけではない。さっさと次の行動に移そう。


「それでは僕はこれで失礼します」


 カードをポケットに入れ、金のパンパンに入った布袋を肩に担ぐ。


「おう。よい冒険を祈ってる!」

「よい冒険を祈っています!」


 ロイドさんとシェリさんに一礼し屋敷を後にした。

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