第7話 出会い(2)
僕が大金を所持していることはすでに大勢の奴が認識している。
そんな中で今日も僕がステラを侍らせて奴隷市場へ向かえば、諍いが起きる危険性は否定できない。
僕の予想では十中八九、昨日のステラの身請けに失敗したカエル野郎が強硬的手段に打って出てくる。そんな中でステラが人質にでもとられれば最悪な事態になる。
そこでステラを強化することにした。僕と同様、兄さんの残してくれた武具を装備させることによる強化だ。
ステラは弓が得意との事なので弓系の魔術的付与を施された武器を、防具は防御力に優れた特殊能力付の衣服を、さらに僕が今履いている【駿靴】がもう3組ほどあったのでそれを渡す。その武具に満面に喜色を湛えつつ兎のように飛び跳ねるステラ。
ステラに渡した武具の詳細は次の通りだ。
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【魔道弓】
★説明:MPを消費し、魔術の矢を放つ。
視認した場所に印をつけ、その印に向けて魔術の矢を放つ。矢は必ず印に命中する。
★武器の性能:魔術の矢の威力は【魔力】に依存する。
★魔力+50
★《連続射出》:複数の印に向け同時に複数の矢を放つ。
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【不可視の魔道衣】
★説明:魔力で編みこまれた耐久力と魔力耐性を著しく増強した女性用の魔道服。
★【不可視】:一定時間姿を視認し得なくする。
★防具の性能:耐久力――+35 魔力耐性――+30
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今は午前7時。《
この世界は地球の中世の文明水準くらいしかないらしく調味料は塩しかない。
しかも、塩も貴重であり、味も半端ではなく薄い。それ故、地球の料理はステラの琴線を著しく刺激したらしく、夢中で食べていた。
朝食後は近くの広場に行き、作戦決行までステラを武具に慣れさせた。
14時ジャスト。作戦決行だ。
壮絶に緊張しているステラを連れて南区へ向かう。 今日は女連れのせいもあり、娼館付近で誘われることはなかった。
奴隷商館に入り、昨日と同じ位置に座る。400万ジェリーほど布袋に入れている。日本円にして約3000万円近く。オークション自体はすぐに終了するだろう。問題はその後。
案の定、ズングリした図体にカエルのような顔をした醜悪な化け者が僕とステラに親の仇でも見るかのような視線を向けてくる。
オークションが開始され、昨日の司会者が再び奴隷の紹介を始める。
ヒューマン、獣人、ドワーフ、そして最後はやはりエルフ。
司会者はエルフの奴隷は少ない旨の説明を長々とし始め、一人の少女を連れてくる。
金色の髪、眉目秀麗の容姿、エメラルドグリーンの瞳は姉妹だけありステラとそっくりであった。
しかし、たれ目気味であるステラとは対照的に、僅かに吊目であり、ショートカットも相まって気が強い女の子であることが窺われる。
司会者が昨日のステラのように説明を始める。
「このエルフは容姿も幼く、若干気も強いですが、それが好みのお客様も多いと思われます。勿論、最高の品質を保証するため処女でございます」
確かにステラと比べると彼女は背も小さく幼児体型気味だ。容姿が幼いというのはそういう意味だろう。
ステラが僕の右手を握ってきた。手は悔しさで震えていた。愛する妹が侮辱されているのだ。そりゃあそうだろう。
僕も妹がいる身だ。その気持ちは痛いほどわかる。だからステラの手を強く握り返す。
「それでは8万ジェリーから」
次々と金額が加算されていく。ついに、昨日と同じカエル親父が60万ジェリーと発言する。
「60万ジェリー。本日の最高額となります。他にお声はありますでしょうか?」
司会者は僕に視線を向ける。その目の中には強烈な期待があった。
そして、それは他の客も同じ。一斉に会場内が静まりかえり、視線が僕に集中する。
「200万ジェリー」
僕の言葉に会場が湧きあがり、客席から客共が立ち上がり拍手が巻き起こる。
付き合い切れない。此奴らは人の売り買いを遊びか何かと勘違いしている。
カエル親父は昨日とは一転して薄ら笑みを浮かべていた。考えていることが丸わかりだ。
昨日とは異なり、周囲には十数人の武装した用心棒らしき屈強な者達がいる。
解析したが一人以外レベルは2~4、能力値の平均が5~20の範囲内にあり、今の武具で能力が増強されたステラより弱い。
この中で最も強いのが黒髪の優男で、レベルが10。こいつは僕が処理すればよい。
僕が今日冒険者組合で新規ギルドの登録をしたらステラ達とは縁が切れる。
ここまで首を突っ込んだのだ。今更ステラ達があのカエルの慰み者となるのは僕だって納得がいかない。あのカエル共が今後ステラ達姉妹にちょっかいを出す気が起きないほど徹底的に痛めつける必要がある。
「200万ジェリー。他にお声はありますでしょうか?」
司会者は会場を眺め、一呼吸を置くと僕の落札を宣言した。
司会者の落札の宣言で僕の右手を握るステラの握力が弱まる。僕はステラの耳元でそっと囁く。
「ステラ。気を抜かないで。今までは前座。ここからが本当のミッションだよ」
ステラは弾かれたように僕に顔を向け、神妙な顔で大きく頷く。
奥の部屋で200万ジェリーを払い契約書にサインをすると、支配人から小声で話かけられる。
「お客様。正面から出ては危険です。裏口を用意しましたのでそこから退出してください」
たった2日で400万ジェリーも彼らは稼いだのだ。彼らからすれば僕は金を落とす金の卵。そう簡単に死なれても困るのだろう。
だが――。
「あの、カエル顔の男のことでしょう? 心配いりませんよ。あの程度なら僕一人で処理できます。僕はグラムに来たのは初めてなのですが、この街では害虫駆除は何処まで許されるので?」
支配人は茫然と僕の顔を見ていたが、突然笑い出した。
「くく……いや失礼。やはり外見とは異なり、あなたは私たち側の人間だ。思う存分やっていただいて結構です。駆除後の処理は我らにお任せを」
支配人が恭しく頭を下げる。奴隷商と同類扱いされるのは納得いかないが、魔術師も自身の目的なら簡単に人の人生を踏みにじる人種だ。その一点では似ているかもしれない。
ステラの妹――アリスが連れてこられる。ステラと抱き合って感動の再会でもするのかと思ったが、俯き気味に僕の前に立つ。
パシッ!
僕の頬を打つ乾いた音が部屋に反響する。無論、打たれたのはわざとだ。
「ボクのお姉ちゃんに何をした?」
目尻に大粒の涙を溜めて僕を睨みつける少女。真っ青な顔でステラがアリスの両肩を持つ。
「アリス! なんてことを! 御主人様、申し訳ありません。この子勘違いしてて――」
必死で謝るステラに右手を上げて制する。この手のリアクションは寧ろ心地よい。自分のことよりも姉を大切に思っているからこその行動のはずだから。
「ご、御主人様ぁ? お前、お姉ちゃんに――」
アリスは暫しステラに抱きしめられてもがいていたがすぐに大人しくなった。
「ステラ、アリスを守りつつ馬鹿どもを殲滅する」
「はい!」
ようやく、ステラが僕に対し嫌悪感を抱いていないのを読みとったアリスが困惑気味の視線を向けてくる。
僕がステラに目で合図すると、ステラは以前僕が渡したズボンとジャケットをアリスに渡し、着るように促す。
これを着ていれば耐久力と魔力耐性だけは30近くなる。外にいる奴らだけなら逃げ出す事くらいできるだろう。
ステラの運命と取り組むような真剣な顔つきに圧倒されてアリスは素直にズボンとジャケットを着た。
「それではまたの起こしをお待ち申しております」
支配人や司会者達が僕に対し一斉に頭を下げる。
僕はステラとアリスを引き連れ昨日と同様、堂々と正面入り口から出る。
店の前ではカエル顔の男と、用心棒らしき者達12人が僕らを待ち構えており一斉に取り囲んで来た。
芸がない奴らだ。脳が全て筋肉ででもできているんだろう。
レベル10の優男はやる気がないようでカエル顔のおっさんの脇で大きな欠伸をしていた。
この優男はまっとうな戦い方をするようには見えない。戦闘では十分に気を付けることにしよう。
「小僧! そのエルフ、儂が2匹とも買ってやる。
痛い目を見たくなくば、大人しく応じろ!」
この発言をしてくることはステラとの昨日の話し合いで予想はしていた。
ステラには僕とカエル野郎が話をしている間に【魔道弓】の印を馬鹿どもに付けるように指示している。
もちろんステラに人殺しをさせるわけにはいかないので利き腕への印になる。
「いくらで買っていただけるので?」
僕のこの言葉にアリスが暴れるが右腕で押さえつける。その間にステラは淡々と印を用心棒の利き腕に付けていく。
「10万ジェリーだ。両方で20万ジェリー。貴様の命と引き換えと思えば安いものだろう?」
「そんな無法が許されるとでも?」
カエル顔のおっさんは醜悪な顔をさらに醜く歪める。
「許されるに決まっておろう! 儂はフリューン王国の貴族。その黒髪、貴様もフリューン王国の人間であろう? なら貴様ら平民の生殺与奪の権利は儂ら貴族にある。大人しく従うのだな!」
眼球のみをステラに向けると、人差し指を立てていた。準備は完了した。後は全て余興。僕は肩をワザとらしく上げる。
「う~ん。色々勘違いしているみたいなんで、忠告も含めて言っとくけどさ。
僕はそのフリューンとかいう雑魚っぽい名前の国の人間じゃないよ」
雑魚っぽい国という言葉にアリスが思わず噴き出した。囲まれて剣を向けられている状況での態度だ。何とも図太い神経の持ち主らしい。
「ざ、雑魚……わ、我が国を愚弄するかぁ!!」
「もう一つの勘違い。ここはグラム。君たちの雑魚国ではない。虚勢を張りたいなら自国に帰ってからしなよ」
茹蛸のようになるカエル顔のおっさん。レベル10の優男は面倒くさそうに僕に視線を向けつつ目を細める。
「ラーズ。この餓鬼を殺せ!」
「よろしいんで? 契約書にサインさせてから殺す手はずでは?」
「構わん! 冒険者組合の幹部には知人がおる。後で揉み消せる」
「悪いなぁ、餓鬼! そういう仰せだ。恨んでいいぜぇ!」
「恨まないよ! だって君らの負けだから」
僕が右腕を上空に上げる。黒髪の優男――ラーズが剣を鞘から抜き僕に向ける。
「ファイアー!」
僕が指をパチンと鳴らすと、ステラが【魔道弓】の《連続射出》により印に向け12本の矢を放つ。
魔矢はいくつもの線となり高速で男たちの利き腕に命中しその肉を抉り取る。
用心棒たちから劈くような絶叫が上がり、血肉がまるで桜吹雪のように空に舞い上がり地面を真っ赤に染める。
優男――ラーズは耐久力と魔力耐性が伴に100近くあるせいか利き腕はかすり傷程度しか負っていなかった。
一方、他の用心棒11人はステラのたった一撃で地面をローリングしている。どう見ても戦闘不能だ。
「な……なあぁぁ!?」
カエル顔のおっさんは自身を守護していた者達が瞬きをする間もなく戦闘不能となったことで驚愕に蒼ざめながらもわなわなと震えている。
これに対しラーズは眉を僅かにしかめただけだ。
どうやら自身の強さに絶対の自信があるようだ。たかがレベル10程度でよくもまあこれほど自信を持てるものだ。
MPが残り僅かになり、地面に崩れ落ちそうになったステラを左手で支え抱き寄せる。ステラは僕が予め渡しておいたMP回復薬を飲むとすぐに生気を取り戻す。
「あとは君らだけ。僕は同じことを繰り返し言うのは趣味じゃない。だからこれが最後通告。君らがステラとアリスから一切の手を引くと約束すれば君らの命は助けてあげる。さらに、そいつ等の傷を回復してあげる。でも、約束をしなかったり、約束を破れば君らは1匹残らず駆除するよ。ねえ、レベル10のお兄さん。君に言ってるんだよ!」
初めてラーズの顔が驚きで歪む。
「餓鬼……なぜ俺がレベル10だと?」
「さあてねぇ。それを懇切丁寧に教える必要ある? でもたかがレベル10でよくもまあそんなに自信持てるねぇ。強力なレアスキルや魔術を持ってるならまだわかるけどさ。それもない。君、このままだと死ぬよ」
ラーズの顔からは先ほどまでの余裕は綺麗さっぱり消失し、代わりに怯えのしわが顔一面に張り付いている。あと一押しだろう。
【蜘蛛糸】の《可変糸》と《変硬糸》を発動し、高速でラーズの右手に持つ剣に最硬糸を絡ませバラバラに切断する。
「ひっ!」
手に握る愛剣の刀身が細かな破片となり地面にバラバラと落ちる。その非常識な光景を目にして尻餅をつくラーズ。
「さぁて、まだやる? あっそうだ。君らにもう一つ忠告があったんだった。君ら忘れてるみたいだけど、ここはグラム南区だよ。法が及ばない無法地帯さ。ここで13人がいなくなっても誰も疑問にすら思わないんじゃないかな?」
僕の口角が気味悪いほど吊り上る。カエル顔のおっさんは滔々精神に限界が来たのか泡を吹いて気絶してしまった。他の戦闘不能になった用心棒たちも痛みも忘れて震えている。
これ以上、脅かす意味はない。恐怖の演技はこれで終わり。次は天使の演技の開始だ。
ステラに再度目で合図をすると、負傷した用心棒たちに近づき僕があらかじめ渡しておいた
泣きながらステラの慈悲に感謝する用心棒たちの様子からも、二度とステラやアリスを襲おうとは思うまい。
「じゃあ僕らは行くけど、そこのカエルをちゃんと調教しておいてね。君達の顔は覚えたし、そのカエルがまだバカな事考えるようなら今度は一切の容赦はしないよ」
「わ、わかった。だが、心配いらねぇよ。このおっさん、小心者だからな。あんたのような化け物と事を構えようとは思わねぇさ」
真っ青になって震える用心棒たちを代表しラーズが答える。
「その言葉、信じたよ」
二人の手を引いてこの場を僕は後にする。
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