リアリスト魔王の人間界攻略計画【桃太郎編】~闇の組織VS闇の組織!? 悪人しか出てこない桃太郎伝説~

毒の徒華

魔王が紐解く 桃太郎伝説




「人間界征服が上手くいかない。何故だ」


 魔王は、今日も上手くいかない人間界征服に悩んでいた。

 テーブルに肘をついて頬杖をついている魔王に、彼の右腕のチーコは一冊の絵本を取り出して魔王に提示する。


「魔王様、今日は人間の作ったこの昔話をヒントに人間界の攻略計画を立てましょう」


 その取り出したる絵本のタイトルは『桃太郎ももたろう』。


「桃太郎?」

「そうです。人間界の日本エリアでは知らぬ者がいないほどの有名な作品です」

「ほう。それはおもむき深い。それだけ浸透しているのなら、人間界攻略のヒントがあるかもしれない」

「では、僭越せんえつながら私が朗読いたします」


 チーコはゴホンと喉の調子を整えて、できるだけ聞きやすい声のトーンで魔王に桃太郎を読み聞かせ始めた。


「昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでおりました。おじいさんは山へしば刈りに、おばあさんは川へ洗濯へ行きました」

「ちょっと待て」


 まだ序盤であるにも関わらず、魔王はひっかかる部分があってチーコの朗読にストップをかけた。


「しば刈りとはなんだ? 山のしばを刈りに行ったのか? それが仕事になるとは思えない」

「一般家庭の庭に植えられている芝のことではなく、しばは雑木の小枝などを指すようです。つまり、燃やして燃料にするための小枝などを山に取りに行ったという事のようです」

「なるほど。その柴を売ったり取引材料として生計を立てているのか。よし、話を続けよ」


 魔王が納得したところでチーコはその続きの話を話し始めた。


「おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃がどんぶらご、どんぶらごと流れてきました。おばあさんはその桃を見て“これは見事な桃だ。持って帰っておじいさんと一緒に食べよう”と考え、川から桃を拾い上げ――――」

「いや、待て」


 再び魔王はひっかかる部分があって話をさえぎった。


「拾い食いをしたら腹を壊すぞ」

「大昔ですから、そういった衛生概念はあまりなかったのかと」

「それに、上流から流れてきたのなら、その桃は岩や倒木などにぶつかって方々が痛んでいるはずだ。持って帰ろうとは思わない」


 桃は傷みやすい柔らかい果物だ。

 仮にある程度固かったとしても、川の流れのままに下ってきたのなら桃は無事ではすむまいと魔王は考える。


「まぁまぁ、ここでおばあさんが桃をスルーしてしまいましたら、おじいさんとおばあさんが天寿を全うして話が終わってしまいます。ここはおばあさんが意地汚かったということで、多少傷んでいる桃でも持って帰ったとしましょう」


 なるほど、おばあさんは意地汚かったのか。

 と、魔王は一先ひとまずそこは納得してチーコの読み聞かせの続きを聞くことにした。


「おじいさんが柴刈りから帰ってきた後、おばあさんはおじいさんと一緒に桃を食べようと桃を切ろうとしたところ、中から元気な赤ん坊が出てきました」

「何!?」


 魔王はあまりに驚いて目を見開いた。

 絵本の絵には桃の中から元気よく飛び出してきている赤子が描かれている。

 なんという摩訶不思議まかふしぎかと魔王は戸惑った。


「私が想像していた“大きな桃”の範疇はんちゅうを明らかに超えている。赤子が入っているのもかなりおかしいが、元気な赤子が入っている程の大きな桃が川を流れている時点で怪しすぎる。絶対に持って帰らない」

「まぁ、所詮は意地汚いおばあさんですから」


 チーコは完全にさげすんだ目で絵本の中の笑顔のおばあさんを見つめた。


「意地汚いにも程があるぞ。それに桃から元気な赤子が出てくるのは絶対にありえない。これは、裏がありそうだな」


 魔王は自分の顎に指をかけ、なぞるように撫でながら目を細めて試案する。


「裏、と申しますと?」

「例えば、望まぬ子供を秘密裏に捨てるのを受け持つ組織があったのかもしれない。例えば貴族や王族の隠し子など、赤子を殺してしまえぬ事情があったと。そこで、人工的な桃を模したゆりかごを流す……それなら辻褄つじつまが合うな。こんな大規模な赤子遺棄は組織でなければできない」

「そんな大規模なことをせずとも、民家の前に捨て置けばいいだけなのではないでしょうか」

「馬鹿者。そんな姿を誰かに見られでもしたら大事おおごとだ。だからわざわざ川に流して痕跡を消しているのではないか」


 しかし、桃を模した理由は定かではない。

 柔らかい果物ゆえ、中で赤子が保護されていたと考えることもできるが、桃である必要は特にない。


 林檎でも、柿でも、西瓜すいかでも、メロンでも何でもいいはずだ。


 むしろ、メロンや西瓜の方が大きさ的に赤子が入っていても不思議はないのに、何故桃なのか。


「もしかしたら、庶民しょみん愚鈍ぐどん性を利用するために桃に入れたのかもしれない」

「愚鈍性ですか?」

「ただ単に赤子が流れてきていたら、誰かが流したと事件になる可能性があるが、桃から出てくるという意外性を持たせることで愚鈍な庶民は“これは奇跡”などと安直に受け入れてしまうのかもしれない」

「なるほど。意外性で一般教養が普及していない庶民の意表をつき、その子供を育てさせるという計画ですか」


 と、するとこの『桃太郎』という作品、なかなか手が込んでいるな。

 魔王がそう考えて睨むように絵本の中の笑顔のおじいさんとおばあさんを見つめる。


「続きを」

「はい。おじいさんとおばあさんは、子供が欲しいと思っていたので、これは神様が奇跡を与えてくれたと大喜びしました」


 ――やはり愚鈍な庶民の考えだな


 順調に闇の組織の思惑通りに話が進んでいる。


「その赤ん坊に名前をつけることにしました。“名前はどうしましょうか”とおばあさんが聞くと、おじいさんは“桃から生まれたから桃太郎というのはどうだろう”と言いました。おばあさんも“それがいい”と」

「タイトルから想像はできていたが、安直な名前だな。女児であったら桃子にしようと言い出していただろうな」

「そうかもしれませんね」


 林檎だったら林檎太郎、メロンだったらメロン太郎……となるとしたら、語呂の良さとして桃が最適なのかもしれない。

 と、魔王は考えながら話の続きを待った。


 チーコはページをめくって魔王に続きを読み聞かせる。


「桃太郎はあっという間にすくすく元気に成長しました。そんなある日、村人から“最近、悪い鬼が来て悪さをするから困っている”、“悪い鬼は鬼ヶ島という場所に住んでいるらしい”と聞きました」

「居場所が割れているのなら、徒党を組んで制裁を加えに行けばいいではないか」

「はい、この後、桃太郎は鬼退治に行きます」

「1人でか?」

「まぁまぁ、それは続きを読めば出てきますので」


 ふむ、桃太郎は仲間を募って悪い鬼退治に行くのだな。

 1人で鬼を相手にするなど、論理が破綻している。きっと多くの軍勢を連れて鬼ヶ島に行くのだろう。


 と、魔王が想像している中、チーコは話の続きを読み始めた。


「それを村人から聞いた桃太郎はおじいさんとおばあさんに“悪い鬼退治に行ってきます”と言いました。おじいさんとおばあさんは旅立つ桃太郎に“これを持っていきなさい”とキビダンゴを作って渡しました」

「きびだんご?」

「はい」

「途中で腹がすいたときのために持たせたのでしょう」


 それはそれでいいのだが、やけにあっさりしていると魔王は眉間にしわを寄せて絵本のおじいさんとおばあさんを睨む。


「ふむ。大きくなるまで育てていた愛息子まなむすこを、危険な旅に随分あっさりと送り出すのだな」

「左様でございますね」

「分かったぞ。意地汚い婆さんは食い扶持ぶち減らしをしたかったのではないか?」


 川から得体のしれない桃を持って帰って食おうとする意地汚さだ。

 成長期に入ってよく食べるようになった桃太郎少年を本心では疎ましく思っていたのではないか。


 魔王はそう考える。


「特に理由は書いておりませんが、そうかもしれませんね」

「で、続きは?」

「はい。桃太郎が鬼ヶ島を目指すうち、犬に出会いました。“桃太郎さん、どちらへゆかれるのですか”と犬は桃太郎にたずねました」

「犬が喋った!?」


 犬が喋るというのは聞いたことがない。

 古今東西、犬は「ワンワン」とか「バウバウ」とか、そう言った鳴き声を上げるだけで喋るのは明らかにおかしい。


「おい、犬が喋っているぞ。おかしいではないか」

「確かに違和感がありますね」

「違和感ではない。犬の声帯の構造上ありえないことだ。どうなっているか説明しろ」


 チーコは絵本の前後をめくって隅から隅まで見つめてみるが、どうして犬が喋っているのかという説明もなければ匂わせる何かも見つけられない。


「声帯を改造された……とか?」

「なんということだ、この犬は動物実験の産物ということか。人間は恐ろしいことを考える」


 やはり人間は蛮族ばんぞくだ。

 とんでもないことを考える。

 しかし、犬に言葉を発する力を与えてどうするつもりなのだ。

 愛玩動物が言葉を理解したら愛着がなくなってしまうだろう。


 と、魔王が考えている中、もっと別の問題点があることに気づく。


「いや、待て。爺さんと婆さんがこんなに原始的な生活をしているのに、犬を喋れるようにする科学技術がすでに日本にはあったのか?」

「赤子を桃に入れて川に捨てる組織がいるのですから、そういった技術を持つ組織がいても不思議ではありませんね」

「これが貧富の差というものなのか、恐ろしいな」


 方や恐ろしい科学技術を持っている組織と、おじいさんとおばあさんの生活がまるで違う。

 魔王はそれを見ていて「なんとおぞましいことか」と考えていた。


「しかし、犬を喋れるようにさせて一体どうしようというのか。そして何故こんな辺境の村にその犬がいるのだ」

「研究所から逃げ出してきたのではないでしょうか」

「この桃太郎を犬が知っているところを見ると、この村に避難していると予想される。研究所から逃げ出してきたのならまず第一声は“追われています。助けてください”だろう」

「確かに。これも庶民の愚鈍さ故に受け入れられていることなのでしょうか」

「絶対にそうだ。この村の連中は世間的常識から乖離かいりしすぎている」


 そうでなければ説明がつかない。

 魔王は腕組みをしてその絵本の犬を睨みつける。


「それで、続きは?」

「“これから悪い鬼を退治するため鬼ヶ島に行くんだ”と桃太郎が言うと、いい匂いを嗅ぎつけたのか犬は“腰につけている袋の中には何がはいっているのですか”と聞きました。“きびだんごが入っているよ”と桃太郎は答えると“1つくれるなら鬼退治のお供をします”と犬は言いました」

「いや、きびだんご1つで命を張るなんておかしい。どう考えても釣り合っていない。それに、犬が食べても平気な成分でできているのか? 意地汚い婆さんが作ったきびだんごは」


 食べ物のひとつやふたつで命がけの戦に出るなど、到底考えられない。

 それともこの犬は数日何も食べずに飢えていたからそんな要求をしたのだろうか。

 だとしたら、そんな飢えている犬が鬼退治に向いているとは思えない。

 相当弱っているはずだ。


 絵本の犬は元気そうな笑顔で描かれているが、犬が笑っている時点で不気味だと魔王は嫌悪した。


「さぁ……きびだんごとしか書いておりませんからね。細かい成分表はありません。ちなみに、この後同じような流れで猿ときじが仲間になります」

「何故だ!? その猿と雉も声帯が改造されているのか!?」

「そのようですね」


 パラパラとチーコが絵本をめくると犬と同様に猿と雉も言葉を喋り、きびだんごを要求し、1つ与えると鬼退治の仲間になっている様子。


「待てよ、もしかしてそのきびだんご……依存性の高い成分が含まれている可能性があるのでは?」

「と、おっしゃいますと?」

「きびだんご1つで命を張るのは割に合わなすぎる。しかし、これが強い依存性のある薬物が混ぜ込まれていたらどうだ? この声帯を改造された動物たちは声帯を改造されるだけでは飽き足らず、依存性の強い薬物で薬漬けにされているのだ」

「なんと恐ろしい!」


 人間はどこまでも恐ろしいことを平然とやってのける。

 魔王軍が人間を懐柔かいじゅうできないのも納得だと魔王は考えた。


「つまり、この婆さんと爺さんはヤバい薬のバイヤーということになるな。そうなると色々と辻褄つじつまが合う。おかしいと思ったんだ。山でほぼ無限に取れるようなしばの売買だけで生計を立てていけるわけがない。この爺さんと婆さんは薬のバイヤーが本業に違いない」

「随分きな臭い話になってきましたね」

「恐らく、この動物たちは研究所から逃げられたと思わせて、この爺さんと婆さんに薬漬けにされて逃げられないようにされているのだ。だからきびだんご1つで命を張る。禁断症状が出ているに違いない」


 魔王の話を聞いていたチーコは和やかな絵とは裏腹の陰険なストーリーに、苦虫を噛み潰したような表情をして嫌悪感を露わにした。


「川で大きな桃を見たり、その桃から赤子が出てきたことに違和感を覚えない婆さんと爺さんは、薬のやりすぎでどうにかなってしまっている」

「すると、この桃太郎も同じように依存性の強い薬を投与されている可能性がありますね。本人に自覚があるかどうかは別にして、この怪しいきびだんごを持たされているわけですし」


 仮に途中でお腹がすいたときに食べる物なら、日本で言えばおにぎりが代表格だ。

 なのにこの話ではおにぎりではなくきびだんごだ。

 きっと、おにぎりではその薬物を隠遁いんとんできないため、きびだんごであるのだろうと魔王は考えていた。


「あり得る話だ。そうなるとこうも考えられないか? 本当は犬や猿、雉は喋っていない。ただの桃太郎の幻聴かもしれないと」

「しかし魔王様、それでは話がちぐはぐになってしまいますよ」


 確かに動物らがきびだんご1つで命を張るから薬物の線を導き出した説明の前提条件がくつがえってしまうが、別の考え方もできる。


「いや、そんなことはない。おそらく動物たちはその薬物の匂いなどを嗅ぎつけて勝手についてきたとも考えられえる」

「現代の日本における違法薬物の怖さがよくわかりますね。そんな恐ろしい話だったとは。この絵本は子供に読み聞かせることも多いと聞きましたが」

「物事の表面だけ見れば美談なのだろう」

「まさか、そんな闇の組織がこの物語の裏に暗躍しているとは」

「最近流行の闇バイトというやつに似ているな」


 闇バイトという言葉を思い出して、魔王は鬼たちの話を思い出して別の試案をする。


「もしかして、人間の村を襲っているのも鬼の闇バイトなのではないか?」

「鬼も闇バイトですか?」

「魔族の鬼は結構賢い部類だと認識している。こんな真向切って人間に喧嘩を売るような馬鹿な真似をするのはおかしいと思っていたんだ。おそらく、あまり賢くない鬼を上層部の鬼が指示して人間の村を襲わせているのでは?」

「この時代の人間の村を襲っても大したものはありませんよ。強いて言うなら人間そのものを食べるか……もしかして、この薬物目当て……とか?」

「人間など食べても美味くはない。となると薬物目当てなら不自然ではないな。人間をさらって、薬物を使って薬漬けにして強制労働をさせる……とか」


 なんという悪辣非道な手段だ。

 と、魔王は自分の口元を抑えて絵本の桃太郎を見つめた。

 こんなに明るい絵柄で書かれているのに、裏側は恐ろしいことになっているなんて。


「黒幕の爺さんと婆さんは自分たちが鬼に支配されるのを恐れて、この桃太郎を差し向け鬼を潰してしまおうと考えた……と、したらこころよく送り出したのも納得できる」

「しかし、桃太郎は村人からたまたま鬼の話を聞いただけで、おじいさんとおばあさんから直接聞いたわけではないですよ」

「村人は爺さんと婆さんからの刺客。サクラだったとしたら……?」

「なんと! 薬物売買のみならずそのような卑劣ひれつな手段を使うなんて!」


 どんどん物語の辻褄つじつまが合ってきた。

 魔王はより鋭い眼光で桃太郎の絵本を睨みつける。


「鬼退治に行く動物が犬と猿と雉では心もとなさすぎる。動物を連れていくのならせめて鬼を実際に退治できるような、象、河馬かば、ゴリラを連れていくべきだ」


 犬と猿と雉でどうやって鬼をやりこめるのか分からない。

 仮に桃太郎が強いと仮定しても、この動物たちがそれほど複数の鬼に対して有効とは考えられない。


「そちらの方が断然強そうですね」

「しかし、恐らく桃太郎が優位な立場で交渉できる動物が犬と猿と雉だったから、話の都合上その動物らになったのだろう。いや……待て、犬というのは比喩ひゆか?」

「比喩でございますか?」

「あぁ、よく“国家権力の犬”などという言い方をするだろう。そこから察するに、実際は国家権力の犬、警察を連れていったのでは?」


 国家権力の犬なら、普通の犬よりも役に立ちそうだ。


「この時代に警察らしきものはいないのでは?」

「確かに、闇の組織や依存性の強い薬物が跋扈ばっこしていることを考えると警察がいるとは思えない。だが、後に警察の基盤を作ることになった者を連れて行ったというのなら納得できる」

「警察の卵というやつですか。そうなると猿と雉はなんなのでしょう」


 魔王は日本文化の猿と雉について考え始める。


「黄色人種の蔑称べっしょうとしてイエローモンキーという言葉があるだろう? 恐らく猿は黄色人種の人間なのやもしれない。雉も何かしらの比喩ではないか」

「雉ですか。確か、雉も鳴かずばうたれまいということわざが日本にはありますね」


 確か、派手な見た目の雉であっても、鳴き声をあげなければ撃たれることはないという意味。

 その意味は、余計な行動を避けることで災いを回避できるということ。

 不必要なことを発言したばかりに災いに見舞われるという意味だ。


「この雉だけは“本当のことに気づいても黙っていれば危害を加えない”という読み手へのメッセージなのではないか?」

「なんと!? この闇の組織を黙殺しろという圧力!?」

「この『桃太郎』の話を作った者はこの闇組織の存在を誰かに伝えたかったが、公にすれば自分も周りも命が危ないと感じ、雉という描写を入れることで警鐘けいしょうを鳴らしているのかもしれない」


 なるほど。

 だから絵本という子供にも親しみやすいスタイルを取っているのか。

 それに加えてソフトな話にすれば普及しやすい。


 と、魔王は考える。


「それで、話の続きはどうなっている? もう細かい部分はいい。概略だけ話せ」


 もうここまで分かってきたのならオチは大体読めている。

 絵本もそれほど分厚いわけではない。

 起承転結として、もう結に入る部分だ。


「簡単にまとめると、犬、猿、雉をつれた桃太郎は鬼ヶ島に行き、悪い鬼をらしめて、鬼たちから宝物を持ち帰ってめでたしめでたしになっておりますね」


 大筋魔王の想像の通りの結末を迎えているが、「宝物」が何かは分からない。


「宝物とは何のことだ? 絵では金銀財宝が描かれているが、貧しい人間の村から金銀財宝が元々あったとは考えにくい」

「もしかして、この『桃太郎』の鬼というのは魔族の鬼とは異なるものなのではないでしょうか?」

「鬼も比喩だと?」


 確かにここまで隠し要素があるのなら、鬼も比喩や隠喩であっても不思議ではないと魔王は首をかしげて考えた。


「日本では憎しみ、嫉妬の念を強固に抱くことによって人が鬼に変化するという言い伝えもあります」

「つまり、この悪事を働いているらしい鬼はたけり狂っている人間であると?」

「あくまで可能性の話です」


 てっきりこの話の鬼とは魔族の鬼族のことだと当然のように魔王は思っていたが、それが違うとなるとまた前提条件が変わってくる。


「ふむ、仮にそうだとしたら……もしやこの鬼とは闇の組織そのものを指しているのか?」

「なんと! 自分を捨てることに加担した闇の組織に復讐を果たすという話ということですか!?」

「鬼の語源を調べてみよう」


 魔王はモニターを操作して鬼の語源を調べ始める。

 鬼は「おぬ」が転じたもので、元来は姿の見えないもの、この世ならざるものであることを意味するとの説が古くからある……と一説に書いてある。


「これを見ろ」

「姿の見えないものですか」

「すると、鬼は隠喩で闇の組織を示すと考えても不思議はない。隠れている組織だからな。自分を捨てることにした親、本来であれば裁かれぬ立場の者ということも考えられる。爺さんと婆さんは薬物でやられている部分もあるが、桃太郎が自身の出生に疑問を持ち、やがて本人が闇の組織に気づき、復讐に向かうと気づいて快く送り出したのかもしれない」

「もしや、きびだんごは桃太郎が食べる用ではなく、敵に使うためのものだったとか……?」


 そうだとしたら爺さんと婆さんは薬物のバイヤーでありながらも、桃太郎視点で見るならそれほど明確に悪という訳でもないのかもしれない。

 一応は育ての親であるし、桃太郎の味方であろうと魔王はおじいさんとおばあさんを見直した。


 ――ただの意地汚い婆さんだと思ったが、意外と見込みがあるな


「しかし、それらの宝物とは?」

「権力そのものか、あるいは単純に金か。地位、名誉……他の闇組織の情報とも考えられるな」

「もしかして、国家権力の犬がのちに警察の基盤の存在になったのはそういった経緯からでしょうか」

「あり得る話だな。闇の組織に鉄槌てっついを下した英雄としてまつり上げられたのかもしれぬ。しかし、闇の組織に鉄槌を下したまでに桃に赤子を入れて流した数は数知れず。この桃太郎は氷山の一角の物語だ。桃太郎及び桃子はまだまだこの世界に点在しているはずだ」

「それはいずれ大きな波乱になりそうですね」


 パタリ……とチーコは絵本を閉じた。

 表紙に書かれている勇ましい表情をした桃太郎を見て、少ししんみりとした気持ちになる。


 魔王も、自らを捨てた闇の組織との闘いに身を投じる桃太郎を見て、その心意気やよしと考えていた。


「『桃太郎』か、なかなか恐ろしい話であったな」

「いかがですか魔王様、人間界を征服するヒントになりましたでしょうか」


 人間社会の闇の縮図が詰まっている話だと感じた魔王であったが、それを今掘り返すのは魔王軍としても準備が足りない。

 人間界の制服が上手くいかないのはおそらく、こういった細かい部分を知らないからだろうと魔王は考えた。


「いや、この事実を知ったことを奴らに知られたらどんな卑劣ひれつな行為をされるか分からない。私たちが人間社会に巣くう闇の組織に気づいたことは内密にし、大昔からある強大な闇の組織に立ち向かうための十分な準備をする必要がある」

「かしこまりました。そういたしましょう」

「よし、チーコ。私が訳した新約桃太郎伝説を聞いてくれ」




【魔王解釈:新約桃太郎伝説】


 昔々あるところに、依存性の強い薬物を売買してジャンキーを増やし生計を立てている爺さんと意地汚い婆さんがおりました。

 世間の目を欺くため、表向きは爺さんは山に柴刈りに行き(この際、薬物の元になる草を秘密裏に栽培していると思われる)、婆さんは川に洗濯をしに行きました。


 婆さんが川で洗濯をしていると、川の上流から通常では考えられない程の大きさの、明らかに不自然な桃が流れてきました。


 通常であれば違和感を覚えたり、衛生観念的に持ち帰ろうとは思わないはずですが、婆さんは長期間の薬物使用により頭がハッピー状態であったため、特に何も考えず意地汚い婆さんはその桃を持ち帰り食べようと考え、持ち帰りました。


 爺さんが草の世話を終えて家に帰ると、婆さんが川で拾ったという大きな桃を食べることを提案してきました。

 爺さんも頭がハッピー状態なので、その桃の違和感に気づきませんでした。


 婆さんが桃を切っていくと、中に不自然な空洞があり、そこから元気な赤子が出てきました。

 どう考えも異常な光景ですが、ハッピー状態の爺さんと婆さんは「子供が欲しいと神様にお願いしたから、神様が与えてくれた」などと考え、その赤子を育てることにしました。


 赤子は桃から生まれたため、桃太郎と名づけられました。


 桃太郎はたくましく成長していく過程で、自分の出自について調べるようになり、ついに桃太郎は赤子を桃に入れて川に流す闇の組織の存在に気づきました。


 こんな闇の組織を放っておくことはできないと考えた桃太郎は、仲間を募って闇の組織の総本山『鬼ヶ島』に悪者退治に行くことにしました。


 爺さんと婆さんにその話をすると、爺さんと婆さんは「これを持っていきなさい」と依存性の強い薬物(摂取すると一時的にドーピング作用がある)を練りこんだキビダンゴを持たせ、旅に送り出しました。


 桃太郎は正義感の強い村人のケン(犬)と、エン(猿:黄色人種と思われる)をキビダンゴを取引材料として仲間に引き入れました。

 ケンとエンは爺さんと婆さんのせいですっかり薬物中毒であったため、どうしてもキビダンゴがほしかったので、簡単に仲間に入れることができました。


 道すがら、桃太郎は死んでいるきじを見つけました。


 それを見た桃太郎は雉の声の幻聴が聞こえてきました。


「やめておきなさい。暴いてはなりません。暴いては私のように殺されてしまいます」


 桃太郎は一瞬、畏怖いふの念を抱きましたが、闇の組織を放っておくことはできないと確固たる決意をもって薬物ジャンキーのケンとエンを引き連れ、鬼ヶ島に到着しました。


 ついに桃に赤子を入れる作業をしている現場を押さえたのです。

 ケンとエンと桃太郎は闇の組織の悪い奴らを片端からボコボコにしていき、その組織は解体されました。


 しかし、その現場の人間はただの闇バイターであり、元締めがいるという情報(宝物)を得て帰還し、桃太郎は元締めの闇の組織の調査を続けましたとさ。


 ケンは後に警察の基盤となる組織を立ち上げ、エンはこの情報を人々に伝えるために『桃太郎』という絵本を書いて広めました。


 俺たちの戦いはまだこれからだ!


 めでたしめでたし……?




【桃太郎編 完】







 ――――――作者からのお願い――――――


 最後まで読んでいただきありがとうございます!


 リアリスト魔王の深読みが面白かったと思う方、別の昔話を深読みするリアリスト魔王が見たい方は是非ブックマーク、評価、レビューお願いいたします!


 需要があったら別の絵本をネタに短編集を書きます!


 改めまして読んでいただきありがとうございました!



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