突然の襲来
劇団ソラリスに騎士団の捜査が入ったというのは、新聞記事に堂々と載ってしまった。それを私は渋い顔で眺めていた。
一度ならず二度までも金庫を盗まれたことで、ウィルフレッドもセシルも異様に私に優しい。
「大丈夫かい、ヴィナ? 金庫の場所を替えたというのに金庫泥棒にやられるなんて、ついてないにも程があるね」
もしも彼と結婚してなかったら、一旦立て替えてもろもろの諸経費を支払うことはできなかっただろう。物販売上だって持ち逃げされてしまったんだから。一方セシルは私に気を遣いつつも、困惑した顔をしていた。
「でも……どうしてトーマスさんの本じゃなく、無名の僕の本が盗まれたんだろう?」
「トーマスの場合は売れっ子だから、いくらでも増刷できるから、将来脚本がレアになることがまずない。その点駆け出しの詩人のセシルの場合は、初版がいつかはレアアイテムとしてオークションで売買されることだってあり得るっていうのは、見る目がある人間からしてみればわかる話だけどね」
「そうなのかな……」
そこなんだよな。私は今回の犯人が、アナベルじゃないかと疑ってはいるものの、セシルの本を盗み出したっていう、その一点だけはなにもわからずにいた。
今日はお休みだし、騎士がまたも事情聴取に来るかもわからないから、それに答えられるよう自宅待機だ。私はクレアに「お客さんが来るかもしれないから、お客さん用にお茶請けの用意をして」と注文してから、ひとりで部屋にいることにした。
本当だったら久々の完全オフ日なのだから、次の舞台の構想を練るために図書館に行ったり、脚本家に構想の相談をしたりしたかったというのに、なにもできやしない。
仕方なく、ノートとペンで、舞台の構想を書き殴っていた。
いくらウィルフレッドにお金を出してもらっているとはいえど、そう何度も何度も出してもらう訳にはいかないから、次は衣装の発注をしなくて済むよう、私服や古着で事足りる演目にしないと。案を何個か書き出し、それを脚本家に見てもらって、一番いい案を発注にかける。
そうひとりでぼやぼやと書いている中。扉が叩かれた。
「はい」
「ヴィナ、大丈夫かい?」
「……ウィル。今日はお仕事大丈夫なの?」
「近衛騎士が君に用があってくるんだから、夫としては心配だからいるに決まっているだろう。商会のほうには既に連絡を入れて、休みを入れているよ」
「そこまで心配しなくても……」
「あるんだよ、たまに。騎士と偽装して押しかけてくる強盗っていうのがね」
「……そうね。これも有名税って言ってしまえばそれまでだけど」
「君は変なところでネガティブになるね」
そう言いながらウィルフレッドは私の部屋に入ってくると、トンとベッドに腰掛けた。そして私のノートを一瞥すると、微笑んだ。
「うん、君は強いよ。二回も金庫泥棒に入られたのに、それでもなお、舞台に齧り付くなんて」
「……強い訳ではないわ。私は劇団を守らないといけないし、付き合ってくれている役者たちに支払う義務があるから。それに」
「うん」
「……そんな何度も泥棒に入られたからって、私が嘆き悲しんで舞台を手放す訳がないでしょ? 私にはそれしかないって思っている訳じゃない。私くらいの役者はいくらでもいるけれど、今王都で一番の女優は私なの。まだ引導を渡されてもいないのに、役者でもない誰かに引導を渡される気なんてこれっぽっちもないわ」
「ハハハ」
ウィルフレッドは私のほうに立ち上がってくると、ポンと肩を叩いた。
「君のその眩しさに目が潰れてしまう人間ってのがいるんだよ」
「……なに、それ?」
「嫉妬というものはね、眩しい人間に目を潰されてからが本番だ。目が見えなくなったのは、君を直視したからで、それが原因で君のせいに責任転嫁してしまう人間っていうのがいる」
「……私、そんなことした覚えは」
「ああ、君はなにも悪くない。君はただ、役者になりかった。女優として王都で生きたかった。それだけなのだから。でもね、ヴィナ。人間、なりたいものに誰だってなれる訳じゃない。君は悪くなくとも、嫉妬を腹に抱えている人間にとってはそうではないことを、覚えてなくてもいいから、心のどこかに留めておいたほうがいいよ」
そうウィルフレッドに言われたところで、門の向こうに馬車が停まったのに気付いた。そこでウィルフレッドが顔をしかめた。
「騎士が来たみたいね。応対を」
「待ちなさい。あれはおかしい」
「……ええ?」
「あれは辻馬車だ。騎士だったら普通に専用馬車を持っているだろう」
ウィルフレッドは私に「応対してくるから、部屋から一歩も出るんじゃないよ」と言ってから、部屋を出て行った。
そうは言っても。昨日の今日で、いきなり騎士のふりをした誰かが来るなんて。私はドッドッと鼓動の音が鳴るのを聞きつつ、扉の向こうに耳を潜めた中。
「アバババババババババババババ……」
クレアの壊れた声が聞こえてきたのに、ギョッとした。
「クレア!?」
「……人形を買ってるなんて、本当に趣味の悪い家」
腰のレイピアを振り回す騎士紛いは、クレアの自動規律の歯車を壊し、そのままクレアは倒れてしまった。普段堂々とした立ち振る舞いをしているクレアは、全く物言わずに崩れてしまっているのに、ぞっとする。
「……君は、なにをやっているのかわかっているのか!?」
「ごきげんよう、オルブライト氏。そして死んで」
そう言いながら、騎士はレイピアをウィルフレッドに向けてくる。
「ウィル!」
「……本当に、やめないか!?」
ウィルフレッドは、クレアが持っていた箒でレイピアを捌いたのだった。あの騎士は誰かに習った技術だけれど、ウィルフレッドのものは下町の喧嘩術だった。足癖が悪く、騎士のほうが身長が低いのをいいことに、足の長さを使って何度も罠にかけ、とうとう騎士を押し倒したのだ。
「……さあ、観念してもらおうか、君はいったい誰だ? どうしてうちに強盗に来た?」
「ククククククク……」
騎士は笑い出したかと思ったら、頭に深く被っていた帽子をそのまんま引き剥がした。その姿を見て、愕然とする。
その姿は、どこからどう見てもセシルそっくり、というよりも、瓜二つだったのだ。でも。金髪碧眼で愛らしい印象のセシルとは違い、彼女の髪の色は明らかにくすんだ灰色に近い金髪で、空の色のようなセシルよりもその瞳の色は冷たい。でも。これは……。
「……あなた、アナベル? でも、あなたにはそばかすが……」
「マルヴィナさん、私のことなんかとっくの昔に忘れたと思ってましたけど」
その声は嘲笑に近いのに、私は戸惑う。あの子はいつも一生懸命学び、舞台裏でパタパタと走り回っていた子だった。でも、それなのに。
「そばかすなんて、化粧でいくらでも誤魔化しが利きますよぉ。それにおべんちゃらも自分を引っ込めるのも得意なんです。でも。私って王都に来るまで、もうちょっと心の広い人間のつもりだったんですけど、まさかここまで嫉妬深いとは思ってなかったんです」
アナベルは私が覚えている子よりも明らかに表情が違う。
この子は……。そう思っていたら、こちらの騒動を聞きつけたセシルが慌てて降りてきた。
「あの、大丈夫ふたりとも……! ……っ!!」
セシルはアナベルを見た途端に、言葉を失ったように立ち尽くす。アナベルはウィルフレッドに押し倒されるがまま、ニコリと笑った。
「お久し振り、セシル。可愛いドレスね。あなたは私よりもよっぽどドレスのよく似合う子だったもの……本当に、忌々しい」
「……っ! 姉さん!?」
その言葉に、さすがに私は言葉に出なかったし、押し倒しているウィルフレッドだって言葉を失った。
つまりは……セシルに起こった悲劇も、私に起こった悲劇も、全てはアナベルが侵したものだってことになってしまうのだから。
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