人形師の助け

 下に降りると、エスターはクレアと一緒に困った様子で門前に立っていた。


「エスター!」

「ああ、マルヴィナさん! どうしましょうか。クレアのメンテナンスに来ただけなんですけど、クレアがここから一歩も動いてくれなくて……」

「門前に人が大勢いらっしゃいます。ここから動く訳にはいきません」

「困りますよぉ。朝っぱらからこんなところで立ち往生なんてー」


 エスターはあまりにもマイペースだし、そもそも自動人形のクレアは設定された行動を無視する人間的な行動はできない。

 私はどうしたものかと思いながら、周りを見回した。

 記者たちからしてみれば、取材はしたいものの、人形師が来たことで及び腰になっている。人形師は魔女がなる職業だから、魔女は宮廷魔術師以外はなんとなく嫌がられるのだから、当然といえば当然か。

 ……うちの故郷でも魔女に関しては「あんまり関わるな」と教えられていたからなあ。彼女自身は無茶苦茶いい人だから、なにがそこまで怖がられているのか、いまいちわからないけど。

 私はひとまず周りを見ると、エスターに怯んでいた人々が一斉にこちらにカメラを向けはじめた。おのれパパラッチ。取材根性だけは認めてやる。


「おやめください。客人が入れません」

「マルヴィナ・オルブライトさんに質問です! 旦那様の商店不備についてどう思われますか!?」

「輸入品から虫! 食品を扱う商店としてはマイナスに働きませんか!?」


 途端に一斉に私に攻撃がはじまる。それにはさすがにエスターも「はわわわわわわ……」という顔になる。残念。私は女優。面の皮の厚さだけは自信がある。


「主人の仕事は全て一任しております。側室の私がどうこう言える立場ではございません。どうぞお引き取りをお願いします」

「いやあ、紫のバラ。まさかここでお話くださることになるとは思いもしませんでした」


 こちらにニヤニヤ笑いで寄ってくる忌々しい赤毛の男……ディーンは魔女にたじろいで一歩下がった記者たちの合間を縫って門の最前に躍り出てくる。

 ……こいつ、私が家から出てくるのを待ってたなとムッとなる。


「なんでもね、オルブライト氏は結婚してからというもの、商店での売り上げが下がっていたのですよ。その中でも、休みの日には奥方に貢いでいるとかね」

「……主人から劇団の支援を受けているのはたしかですが、劇団にも私事にも無理な散財はさせておりません」

「ええ、ええ。側室であられる紫のバラはそうおっしゃるでしょうねえ。何分、側室なのですから、正室のようにオルブライト氏の商売を支えるほどの立場ではないでしょうが。ですが、正室の場合はどうでしょうねえ」


 ……こいつ。

 私はディーンに謀られたことに気付き、戦慄を覚える。

 ディーンは火の気のない場所に煙を立てる達人だ。こいつは私のスキャンダルを撮って特ダネを上げることで王都新聞でもクビにならないポジションに落ち着いた。

 つまりは。私とセシルの不仲を他の新聞記者たちの前ででっち上げて、堂々と嘘をでっち上げようとしている。嘘でもいいんだ、新聞記事になってしまえば。嘘で、面白かったら一気に広がる。そして広がった記事は、こちらから修正を求めたとしても、出回ってしまったらおしまいだ。一度出た記事を読んだ人は、修正記事を読むとは限らない。そして嘘でも一度読んだ記事は頭の片隅に引っかかる。

 この人は不仲なんだろうかと思ったら、たとえ修正を上げたとしても、不仲のまま留まってしまう。こいつの特ダネのために、私たちの仲をズタズタに引き裂かれるのはごめんだ。王都の芸能界でも勝手に熱愛報道や不倫報道を書かれたことで家庭崩壊してしまった役者はそれなりにいる。次のターゲットが私に回ってきただけだ。

 どうする? ここで下手なことを言ったら、どのみちディーンに下手な記事を捏造されてしまう。私はどう答えるべきかと歯噛みをしている中。

 この辺りの話を一部始終聞いていたエスターが首を傾げた。


「うーんと、この方々がお帰り願えればよろしいんですよね?」

「それがなかなかできないから苦労しているんですが」

「ええっとですね。うちの旦那さん、王都近衛騎士団の方なんですけど、こんな富裕層の住む区画で大騒ぎ起こしてたら、そろそろこちらに危ないからって注意勧告が来ると思うんですけど」


 エスターの言葉に、記者たちが……それこそディーンすら怯んだ。

 ……王都近衛騎士団は王都の一番偉い人……つまりは国王直轄組織の騎士団なんだから、当然ながら治安維持のために強い権限を持っている。


「まっ、魔女が、なんでそんな騎士団の人間と結婚……」


 おい、こいつさすがに差別主義者過ぎやしないか。記者の暴言に、エスターは少しばかり悲しそうに目を伏せてから、にこっと笑う。


「別に呪いとか使ってないですよぉ。ただの恋愛結婚です。所属の騎士団のお名前、正式名称とかおっしゃったほうがいいですか?」


 そこまで言ったら、さすがに騎士団に目を付けられたくないと判断したのか、我先にと記者たちが一斉に散ってしまった。

 私は心底ほっとした顔で、エスターの手を取った。


「ありがとう……本当にどうしようかと思ったから」

「うーんとですね、うちの旦那さん怒ってましたからね。最近の新聞はまともなことを書かずに人の人生台無しにするような嘘ばっかり書くって。そのせいで最近は騎士団の広報新聞以外取ってないんですよね」

「そうなのね……クレアのメンテナンスに来てくれたのでしょう? 入ってちょうだい」

「はあい。お邪魔しまーす」


 エスターはクレアを伴って堂々と屋敷内に入ってくれた。

 こちらを階上から心配してセシルが見下ろしてきた。


「ヴィナ、大丈夫だった? 記者たちから変なことは……」

「大丈夫よセシル。エスターが旦那さんの所属を言って追い払ってくれたから」

「所属?」

「あはははは……私はなんにもしてません。旦那さんが固い所属だっただけです」


 そう言いながら、普段からクレアのメンテナンスに使っている一室に入ると、カーテンで区切りを付けて、クレアの部品をひとつずつ確認しはじめた。

 私はクレアのメンテナンスの音を聞きながら、「あのう」とエスターに尋ねた。


「はい、どうかなさいましたかー」

「少しだけ聞いてみたいの。今回のこと、うちの人とどう対処すればいいのかと」

「あー……なんか新聞にでっち上げられてしまったんですか?」

「そうね、うちの人も怒って今、対処で出かけているから。元がうちの人が店先を貸していた店のミスを、何故かうちの人の会社が受けてしまっている状態だから」

「あー……名前が大きいほうが、そのまんま責められているって感じなんですねえ。うーん……」


 油のにおいがプンと漂う。おそらくはエスターはクレアの部品のつなぎ目に油を差してくれているのだろう。油を差しながら、エスターは答えた。


「あの記者たちもそうですけど、偏見ってなくならないんですよね。魔女は今でも郊外だったら迫害されますし、王都でも一部の区画以外の人たちは魔女にそこまでよくしてくれませんから」

「……ごめんなさいね」

「いえいえ。むしろマルヴィナさんは王都の外からの人ですから、魔女に対してここよりももっときつく関わるなとか言い含められいたでしょうに。私ときちんとお話してくれます。充分嬉しいです」

「だって、あなたはいい人じゃない。いい人をわざわざ責め立てるのは、なんだか違うと思うから」

「はい。多分それで充分なんだと思いますよ」


 意味がわからず、私は思わずエスターを見ると、エスターはニコッと笑った。


「偏見はなくならないです。偏見はない。差別はしない。そう豪語する人のほうが、私は信用できません。でも自分は偏見もあるし差別もするってわかっている人のほうが、行動を自制できますから信じられます。だから……ゴシップ記事で嘘八百書かれたとしても、信じることが一番重要なことだと思います」

「……エスター」


 彼女まだ二十代だろうに。いったい人生何周目みたいな言動はどこから来たんだろう。私はそうぼんやりと思いつつ、「はい、クレアのメンテナンス終了しましたー!」とクレアをカーテンの向こうから出してくれる。

 クレアはまたしてもエスターの好意により、新しいヘッドドレスとフリルたっぷりのエプロンをもらっていた。


「ありがとうエスター。なにからなにまで」

「いえ。たまたま今日のメンテナンスの予定時間に、新聞記者が湧いてただけですから」


 私はクレアと一緒にエスターを見送ってから、自分ができることはなんだろうと考えた。

 ウィルフレッドはいくらなんでもあんまりだし、セシルだって下手な記事を書かれるかもしれないことを伝えないといけない。

 そもそも私がここに閉じ込められていたら、舞台の公演までに舞台上での通し稽古にいつ合流できるかがわからない。考えなきゃいけないことが多過ぎだけれど。少しだけ高揚しているんだから、我ながらどうかしている。

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