稽古とパパラッチ

 稽古を続け、アクションシーンなどの確認もする。

 終盤になったら物語を引っ繰り返す剣戟が繰り広げられるため、紙でつくられた剣でやり合うシーンが必要になるのだ。

 もちろん本物の騎士ではないのだから、真似なのだけれど、王都にも普通に近衛騎士団はいるのだから、あまり下手なことはできない。この辺りは本当に入念に練習を重ねるのだ。

 その日の稽古が終わり、私たちはパブに来ていた。

 本来、劇団ソラリスの役者たちがパブで集まって食事や酒を飲んでいたのなら、即刻でパパラッチが撮ってあることないこと吹聴し回りそうなものの、そこは常連。個室に通してもらうことで、なんとか回避した。

 稽古疲れの体に、パブで飲むビールとラムのローストがたまらない。イモと一緒にもりもりと食べながら、今回の舞台について語り合うのだ。


「今回は前半が恋愛もので後半が惨劇だからねえ。因習村の惨劇ということで広告は打っているけれど、どうなるかね」

「そうね」


 指についたソースを舐めつつ、ビールで口を潤す。


「あんまり恋愛を全面に出すとおかみに怒られるし、これくらいならちょうどいいんじゃないかしら。恋愛ものを舞台で見たいようなご令嬢ではなく、既婚者が刺激を求めて見に来る舞台になると思うわ」

「たしかに。競馬やギャンブルは今でも女性が出かけると嫌な顔をする中、観劇くらいは女性贔屓の娯楽であって欲しいよ」

「ええ」


 そんな話をしている中、「そういえば、マルヴィナ」と声をかけられた。今回の相手役のアルフだ。


「今度の通し稽古に、今回要所要所に詩を提供してくれた正室を招待したいんだっけ?」

「ええ、そうだけれど……なにか不都合が?」

「いや、珍しいと思っただけで」


 それは前にグレームにも言われたことだ。

 私は自分ではそこまで変わった覚えもないのに、首を捻りながらイモを囓っていた。その中、ビールを飲みながらアルフは続ける。


「正室と側室はもっとビジネスライクなものかと思っていたからね。病弱な正室をわざわざ招待したいっていうのは、公私混同だけれど、そうでもないし。ただ仲がいいんだなと感心しただけだよ」

「そう? それ家族の職場見学と変わらなくないかしら?」

「豪商に嫁いだのに、君のそのノリ全く変わらないね。普段があまりに猫被っているってだけなんだけど」


 こちらもお客様の前で、紫のバラを幻滅させるような真似はしません。素の私は田舎者の女だし、遠路はるばる王都に来てそこそこ名前が売れるようになっただけだもの。根本的な部分はそう大きく変わる訳がない。

 周りがなぜかこちらを生温かい眼差しで見るので、私はなんとなく嫌な気分になり、ビールを呷った。

 酒で失敗するほどは飲まない。ビールは五杯くらいまでは酔わないから、まだ大丈夫。私はビールのグラス数を計算しながら、自分の気持ちを冷ますようにラム肉にまたかぶりついたのだった。


****


 魔法石の灯があちこちで点滅している。

 王都も夜になったら、パブ以外の通りはだいぶ捌け、人通りは家路に急ぐ人以外まずいない。本来だったら私も速めに邸宅に帰るために、辻馬車を使って帰るところなのだけれど、その日に限って、夜風で酔いを醒ましたくて、歩いて帰ることにした。

 当然ながら、劇団の皆は「ちゃんと辻馬車捕まえろ」と怒ったのだけれど、富裕層の通りだったらそこまで混雑はしてないし、パブからもそこまで離れてないだろうという判断だった。

 グルグルと考えるのは、結婚してからのあれこれだった。

 結婚生活は、私の都合に合わせたものだけれど、今の関係がいいものかは、自分でもよくわかっていない。

 ウィルフレッドとの関係は、パトロンと援助対象の関係からあまり変わってない気がしている。今も昔もなんだか気持ち悪いという感情が抜けないんだ。既にやることやっていてもなお、これをそのまんま信じていいのかがわからない。

 セシルとの関係は、思っているよりも良好だとは思っている。最初は男の子が正室ってなにと思ったし、セシルが嫁いだ原因が私だったら、もっと険悪になると思っていたけれど、彼は彼で思っているよりもずっとしたたかだ。


「これ、今の関係でいいのかしら」


 なんとはなしに夜風を浴びながら呟いていると。

 唐突に煙草のにおいが漂った。富裕層ならば葉巻を吸うところ、この煙草はやや安いにおいがする。そしてそのにおいは覚えがあり、私は「げぇ……」と声を上げた。

 普段はクレアが塞き止めてくれているディーンが、まだ富裕層の通りに入ってない路地にひょっこりと立っていたのだ。


「やあやあやあ、お久し振りです、紫のバラ!」

「……あなた、普段はもっと富裕層の路地にいるじゃないですか。どうしてこんなところに」

「いえ、ちょっとした予測ですよ。劇団ソラリスの稽古風景を遠巻きで観察し、今日は比較的時間を取っていたので、きっと行きつけのパブに寄ると。そして酒を飲んだ紫のバラは、大概は考え事をするために夜風に当たって帰るだろうと。たしかに辻馬車で一緒になった皆様に、酔って蒸気した顔を見せる訳にはいかないでしょうしねえ、あなたはそれだけにお美しいのですから!」


 こいつ、ウィルフレッドとは違う方向性で気持ち悪いな。

 赤い癖毛を千切ってやろうかとイラリとしているのは、酔いが残っているからだろう。私が苛立っているのに気付いてか気付いてないか、ディーンは捲し立ててくる。


「いやねえ、おふたり……いやお三方? なかなかガードが堅くって、情報を引っこ抜けなかったんですがね。少ぉしだけ気になる話をお耳に挟みましたので少しだけ」


 そう言ってディーンはニヤリと笑った。煙草を愛用している割には黄ばんでない綺麗な歯なのが腹が立つ。


「かのオルブライト商店の旦那様と側室様はそれはそれは仲睦まじいと。そりゃもう、ふたりを連れだって歩いている方々誰もが口を開けばそう言うんですよねえ……ですが、一部からは『まるで舞台から切り出されたようなふたり』って声が上がっているんですよねえ。私考えたんですけど」


 どこから漏れたかと言えば、ウィルフレッドが連れて行ってくれた会員制商店だろう。基本的に会員制商店の王都民であったのなら、口は硬いが……異国の人だった場合、そうとは限らない。

 ウィルフレッドに文句言ったほうがいいのかしら、そもそも私以外の会員制商店利用者に対しても失礼だろうしと考え込んでいる中、ディーンが続ける。こちらが聞いているか聞いてないかは問題ではないらしい。


「紫のバラ、あなたが仲のいい方々とは飲んで食べてどんちゃんしていることは知っています。この間たまたまあなたの故郷に行く機会もありましたしねえ、気さくなお嬢さんだと評判だったようで」


 なあにがたまたま故郷じゃ、私の記事書くため以外に私の故郷の畑以外取り立てて面白いもんのない場所にまでわざわざ行く訳ないでしょ。金持ちの避暑地も大きな市場もなにもないわ。


「そんなあなたが、結婚相手にも素を見せないっていうのは少々歪に思えましてねえ。仮面夫婦……とまではあなたの性格上まずいかないでしょう。付き人に夜逃げされたからと言って身売りするほど自分を安く買いたたきませんしねえ。となれば、おままごとをずっと続けているおつもりで?」


 それに私はとうとう我慢ならなくなって、彼の少しだけ煤けたブーツを私のヒールで思いっきり踏みつける。途端にディーンは「ギャア!」と悲鳴を上げ、そこでようやく胸がすいた。


「あなたが詮索するようなことなんて、なにもありません。私は夫とも関係良好、正室とも関係良好。それでいいじゃありませんか!」


 私は叫ぶと、そのまま一気に富裕層の通りまで走りはじめた。

 腹が立つ。ムカつく。でも。

 ままごとと言われた言葉は正直堪えた。それは私の中でもずっと疑問に思っていたことだったんだから。

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